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間章2【マリア様は今日も呑気】
【幕裏2】11.真竜
しおりを挟む「…………さて。ジェルマン侍祭のことはさておいてじゃな、巫女の婚姻に関する詳細を詰めねばならん」
気を取り直して、咳払いのあとミゲルがそう発言した。それでようやく、マリアも安堵の吐息を漏らした。
ここまでの流れで巫女に婚姻を認めるのはほぼ決定事項である。あとはその相手を教団の都合で決められるようなことがないよう、しっかり注視しなくてはならない。
『お取り込み中のところ悪いんだけどさ』
不意に声がして、マリアは隣を見た。視線を下げるといつものようにジズがそこにいた。
『マリアの“兄さん”、ちょっとピンチじゃない?』
『えっ?』
マリアの“兄さん”といえばこの世にはアルベルトだけである。こちらの世界ではマリアに兄弟はおらず、こちらでの父母もすでに他界していて、従兄弟などもいない。
まさか、と思いつつもマリアは詠唱して[追跡]を起動させ、そしてマーキングしたアルベルトの霊力を探した。彼は今旅を進めて、蒼薔薇騎士団ともどもアナトリア皇国の皇都アンキューラに滞在しているはずだ。色々と問題の多い国とはいえ大国で、政情も比較的安定していて、命の危機になどそうそう遭わないはずだが。
だがそうして探ったアルベルトの霊力は、確かに揺らいで輝きを失っていた。怪我か病気か分からないが、ちょっと通常では考えられないほどの霊力の減衰量で、間違いなく加療が必要なレベルにまで落ちている。
だが、それだけではなかった。
その彼の周囲には比較的安定した霊力がみっつ。ひとつは元気そうだが残りのふたつは疲弊しているようで反応がやや小さい。その小さな反応の片方に自身の霊力を感じて、これはイリュリアの首都ティルカンで癒やしたミカエラの霊力に間違いないだろう。
『あれ……?でもそれじゃあ……』
アルベルトとミカエラがいるのなら、残りふたつの霊力はいずれも蒼薔薇騎士団のメンバーだ。だがそれだと、レギーナの霊力が見当たらないのだ。その違和感に気付いて、マリアは詠唱とともに[感知]を強めに発動させた。
「……巫女?」
「マリアさま?」
「マリアちゃん、どげんしたとな急に詠唱やら始めてから」
ミゲルが、アグネスが、ファビオが、マリアの異変に気付いて声をかけるが、彼女は聞いていない。
『…………見つけた!』
距離のせいもあるだろうが、マリアの[感知]をもってしてもほとんど拾えないほどの微弱な霊力反応が、ふたつ。どちらもどう見ても瀕死の状態で、すぐにでも[治癒]しなければ危険なほどだ。
もしもそのうちのひとつが、レギーナであるとするならば。
「……大変!」
急に慌てた様子で声を上げて立ち上がったマリアに、訝しげな視線が一斉に向けられる。
「大変て、なんがね?」
「蒼薔薇騎士団が、ピンチ!」
「…………は?」
「私、ちょっと行ってきます!」
「な、なんば言いよっとねマリアちゃん?」
「説明の暇が惜しいです!レギーナちゃんが死にそう!」
「「「「……はあ!? 」」」」
蒼薔薇騎士団が指名を受けて東方まで蛇王の再封印に向かっていることは、この場の全員も当然知っている。彼女たちに雇われる形で、マリアが兄と慕うアルベルトという冒険者が随行していることももちろん全員が承知していた。何しろ彼に会うために先ごろマリアが巫女神殿を抜け出して、結果的に教団の一員である侍祭司徒ミカエラの命を救って戻ってきたのだから。
その騒動の記憶も新しいのに、またしてもマリアは行くという。しかも今度は勇者の危機だと、そう言って。
だが、どうやって行くというのか。ティルカンに行った時にも「転移した」としか彼女は言わなかったが、巫女神殿にも大神殿にもどこにも[転移]の魔方陣など見つからなかったし、個人の霊力で発動させて跳ぶには距離が長すぎる。
「ジズ、許可するわ!顕現しなさい!」
「えー、結局またボクがやるの?」
マリアのその言葉とともに突然姿を現した、宙色の髪の少年の姿に、場が騒然となった。
「な、誰じゃ!?」
「どこから入ってきた!?」
「神殿騎士は何をやっておる!?」
「あー、皆さんにとっては初めましてだね。ボクはジズ、宙竜ジズです。よろしくね♪」
「挨拶とかいいから!早く跳ばして!」
「「「「…………ジズ?」」」」
「宙竜って、まさか……!?」
「もー、前も言ったけどボクが権能を使うと後々大変なんだよ?」
「緊急事態につべこべ言わない!」
「仕方ないなあ。ホントにマリアは言い出したら聞かないんだから……」
愚痴りながらも、ジズの全身から濃密な魔力が立ち上がる。それはどう見ても人の身では考えられない魔力量だ。
「まさか、失われたはずの12番目の……“真竜”の名か!?」
普段は何事にも動じることのないファビオが見たこともないほど驚愕するのを見て、グレゴリオ以下全員が呆気にとられ、次いで蜂の巣をつついたように騒ぎ出す。
「真竜ですと!?真竜はこの世に11柱だけでは!?」
「“宙竜”など、聞いたこともありませんぞ!」
「いや、いにしえの文献には12柱あると記されてはおるが……」
「その12番目が……その“宙竜”とやらだと申されるのですか!?」
「しかし、それがこんな子供なはずが!」
「もー、うるさいなあ。本人がそう言ってるんだから信じとけばいいじゃん。それともここで本体に戻ろうか?」
「やめてジズ。大神殿が吹っ飛ぶから」
「「「「吹っ飛ぶじゃと!?!? 」」」」
「さ、マリア手を出して。跳ぶよ」
「急いで!あと私の姿も変えといて!」
「もー、相変わらず注文多いなあ!」
「ま、待てマリアちゃん!説明ば」
「帰ってきてからね!」
ファビオにそう返事した瞬間、マリアの姿はジズとともに消えた。魔方陣を展開するでもなく、詠唱を紡いだわけですらなく、ただ有り得ないほど濃密な魔力を纏ったまま、ふたりの姿はその魔力とともに消え去った。
「………………“魔法”……か?」
ファビオが呆然と呟く。
「ま、魔法ですと!?」
「まさか!?」
「じゃが、あれがもし本当に“真竜”であれば、神に等しい存在のはず……」
「で……では、本当に……!?」
“真竜”。
この世界に一般的に棲息する大型爬虫類を総称して“亜竜”と称するが、その意味は「竜のようなもの」である。世間一般的に亜竜は竜種だと認められているのだが、それがなぜ亜竜などと言われるのかといえば、“本物の竜”が別に存在するからに他ならない。その“本物の竜”、それこそが真竜である。
本来、竜と称されるのは真竜だけだ。亜竜はあくまでも、真竜に似た姿をしているだけの、全くの別物でしかないのだ。
真竜はこの世に11柱存在するとされている。それは地上のどこかにいて、だが決して人々の前に安易に姿を現すことはない。
もっともよく知られているのは西方世界で誰しもが子供の頃に触れる寓話に登場する5柱の竜、すなわち黒の“死竜”、青の“海竜”、赤の“炎竜”、黄の“雷竜”、白の“湖竜”である。
その他に緑竜、桃竜、橙竜、紫竜、光竜、闇竜がいるとされ、それで計11柱。その中に宙竜は含まれていない。だが太古のとある遺跡から出土した石版のひとつにのみ、“世に十二の竜あり”と書かれていて、それで実は真竜は12柱あるのではないかと一部の賢者たちの中では考えられていた。ファビオはそれを知っていたわけである。
「あ、あれが本当にその真竜だとすると……」
「馬鹿者、不敬なるぞ。“真竜”は神に等しい……いや、神々をも超越する存在ぞ」
神教の教えでは、世に神々は無数に存在することになっている。各地の土着の宗教をいくつも取り込んで信仰を拡大したためでもあるが、この世の森羅万象はもとより全ての事象、人の感情や言動、思考などにも全て個別に神々が宿ると考えられている。
だが真竜は世に12柱しか存在しない。それは五色の魔力および世界の神理を体現するものとされ、ゆえに一部の賢者たちの間では神々をも超越する者、つまり“超神者”とも呼ばれているのだ。
その“真竜”の一柱である宙竜ジズの力により、巫女マリアは中央大神殿より姿を消した。行き先はもちろんアナトリア皇国皇都アンキューラ、そして蒼薔薇騎士団と最愛の兄アルベルトの元である。
「だ……だとしてもだ!巫女が連れ去られたのじゃぞ!?これは一大事である!」
だがこの場に残った者たちに、それを知る術はない。彼らがそれを知るのは、全てが終わった後のことになるだろう。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
※20時30分に補足情報その2を上げます。小説本編ではありませんが、併せてご一読下さいませ。
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