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間章2【マリア様は今日も呑気】

【幕裏】15.マリアと愉快な真竜(なかま)たち(1)

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 マリアはアルタンについて地下牢まで来ただけなので、帰りの道筋が分からない。なので戻るのもアルタンに道案内を頼むしかない。アルタンは先ほどまでとは打って変わって愛想が良くなり、「おう!任せてくれ!」などと気安く請け負って、何となく見覚えのある道を先導してくれる。
 だが途中、皇宮の執事と思しき老齢の使用人がアルタンを見つけて何事か声をかけてきた。アルタンは「そうか、分かった」と頷くと、その執事に案内を任せてしまう。そして執事は少し進んだ先の分岐を曲がる。

「待って下さい」
「ん、どうした君?」
「なんで階段を上がろうとしてるんですか?」

 地下から地上へ戻るには確かに階段を登らねばならないが、地下エリアなどとうに抜けてしまっている。今は皇城の1階を、正面門に向かって移動しているはずなのだ。
 だが執事が曲がった先には上り階段しかない。そんなもの登ったら外に出られないではないか。

「ああ、そんなことか。心配ないよ、君の部屋が整ったそうだから」
「要らないって断ったんですけど!?」
「ヴィオレ様も部屋を用意するよう仰ってたじゃないか。せっかくなんだし泊まって行きなって」
「で、でも……!」
「ご心配には及びませんぞ。勇者様をお救いになったに失礼があってはならぬと、皇太子妃アダレト殿下の厳命により特等客室をご用意させて頂きました。ささ、こちらへ」

 特等客室、つまりは蒼薔薇騎士団の専用にしている部屋と同等の客室である。もっとも泊まるのがマリアとジズだけなので、部屋の規模は人数に見合ったものになるだろうが。

 そうして、あれよあれよという間にマリアの宿泊する居室へ丁重にご案内されてしまった。おまけに専属の侍女まで付いて「さ、まずは湯浴みをなさいませ」とか言ってくる。
 見た目が16歳になってるマリア(の外見)よりも明らかに歳上なのに、侍女はもうこれでもかというほど恭しい。しかも態度に嫌がる素振りが一切見られない。さすがに皇城の侍女ともなるとよく教育が行き届いている。


『……で、どうするのマリア?』
『うーん、もうこのまま帰っちゃうかなぁ』

 疲れているのでまずは休みたい、湯浴みは明日の朝にでも……とか何とか誤魔化して、侍女にも下がってもらって今は広い室内にジズとふたりきりである。ジズにも個別に部屋を用意されかけて、慌てて「姉弟だから同室でいい」とこれまた嘘ついてしまったマリアである。

『でも忽然と消えたら騒ぎになるよね?』
『だったらさ、書き置きでも残しといたら?』

 出て行きますけど探さないで下さい、って?
 それなんか前世のちょっと古い小説とかでよく見るパターンのやつじゃん!お嫁さんが離婚するのに実家に帰る時のやつ!

 だが結局、それしか手はなさそうである。朝になればレギーナやアルベルトはともかく、力尽きて眠っているだけのミカエラは起きるだろうし、顔を合わせたら霊力の特徴などで正体バレしかねない。
 そうしてマリアは一旦下がらせた侍女を再び呼んで、紙とペンを用意してもらった。朝まで誰も部屋に入れないようにと言い含めて侍女を下がらせたあと、紙につらつらと言い訳を書き連ねて文机に置き、晴れやかな笑顔でジズに言った。

「さ、帰りましょ」
「うーん……それなんだけど」

 あとは戻るだけだというのに、ジズはなぜか煮え切らない。

「……どうしたのよ?」
「見つかっちゃったみたい」
「えっ?」

 何に?と問う間もなく、突然部屋の中に沸き起こる濃密な魔力の渦。とてもではないが人類が扱える魔力量でないことは一目瞭然である。

「な……なに!?」
『なに?じゃないわこのバカ者どもが!』

 人身大にまで魔力の塊が膨れ上がり、それが唐突に人の形にまとまる。つぎの瞬間、そこにはひとりの美女が立っていた。
 非の打ち所のないほど完璧な肢体に、その身体のラインをより強調するようなタイトなシルエットの真っ赤なロングドレスを纏った美女は、切れ長の緋色の瞳を怒らせてマリアとジズを睨めつける。深いスリットから覗く脚までもが完璧な美しさだ。
 完璧なのは身体だけでなく、顔立ちもおよそ天上の神々かと見まごうほどの凄絶なまでの美貌で、赤褐色というより赤銅色に近い肌がその美貌をさらに引き立たせている。そしてその両側頭部には、節くれだって大きく湾曲した大小二対四本の、これでもかと存在感を誇示する大きな雄々しい黒い角。さらには足元まで伸びる緋色の長い髪、それ自体が揺らめく炎そのものであった。

『お主ら、気安く権能をふるうのも大概にせぬか!』
『わあ、やっぱり!』
『誰!?……ってなんだ、スルトじゃないの』

 現れたのは、そう、真竜の一柱である“炎竜”スルトである。だが同じ真竜であるジズはともかく、マリアが平然としているのはどうしたことだろう。

『なんだ、ではないわマリアよ!“世界”にどれほど影響を及ぼすか、少しは考えんか!魔力マナのバランスが損なわれたらどうするつもりじゃ!』
『え、そんなに大変なこと?』
『……だって、マリアがお願いするから……』
『そなたもマリアの言うことを聞きすぎじゃ!おかげでわらわがミスラから叱られたではないか!』

 そしてまたしても出る真竜の名。
 輝竜ミスラ、12の真竜を束ねる“真竜の女王”である。
 ちなみにスルトは歴代勇者とその仲間たちの監督みまもり役、つまりはマリアとは面識があったりする。

『うわぁ……』
『何だったら、今からミスラの元まで飛ばしてやってもよいのじゃぞ!?』
『いやたった今自分で権能使うなって言ったばっかじゃん』
『やかましいわ!それはそれ、これはこれじゃ!』

 そういうのをダブスタっていうんだけどなあ、などとマリアが内心考えている間にも、スルトの怒りは収まらないようでくどくどネチネチ小言は続く。それを眺めつつ、美人って怒ってても美人なのよねえ、なんかちょっとズルいわ……などと考えているマリアはもちろん、そのほとんどを聞き流している。
 まあそんなマリアも人の身としてはかなり上位の美貌なのだが、それはそれ。

 スルトによれば、真竜の権能執行は神々ほど厳しくはないものの、それでも許可されたもの以外はほとんど使ってはダメなのだそうだ。下手に使いすぎると森羅万象の魔力マナのバランスが崩れて、世界の崩壊にも繋がりかねないのだという。
 真竜の権能執行が部分的に許可されているのは、真竜たちが“どこにもない楽園イェルゲイル”に引き籠もった神々とは違って地上に在るからだ。
 ちなみに、どれが許されている権能なのかと言えば、例えばスルトだと火山の噴火がそれである。森竜ベヒモスであれば地震がそうで、海竜レビヤタンは地震に伴って大津波を発生させる。

『いやいや災害ばっかじゃない!』
『じゃから使いすぎると世界が滅ぶと言っておろうが!』

 なるほど、それは確かにスルトの言うとおりである。





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