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間章2【マリア様は今日も呑気】

【幕裏】17.それから

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 夜明け前に巫女神殿に戻ってきたマリアはまずアグネスに見つかって、すぐさまファビオ以下教団幹部たちに拘束された。とは言っても捕らえられたわけではなく、帰ってきてから話すと約束したことを履行させられただけである。

「ほんなら、やっぱしあらぁあれは“真竜”の一柱やったとな……」
「それも今まで知られておらなんだ12柱目の……」
「……で?その真竜の権能で巫女はアンキューラまで行ってきた、と?」
「ええと、まあ、そうです。はい」

 どれだけ説明されても、やはり俄には信じられない。ファビオもミゲルもグレゴリオも、目の当たりにしたことと言えば、突然現れた少年とともに巫女が物凄い魔力の渦に呑まれて消えてしまったことだけなのだから。
 人の身では到底扱えないあの濃密で膨大な魔力が真竜の仕業だと言われれば状況からしても信じる他はないのだが、マリアの話によれば現地アンキューラでも人にはほとんど会ってないと言うし、本当に彼女がアンキューラまで行っていたのかどうか、マリアと接触した数少ない相手⸺ヴィオレや案内してくれたという騎士など⸺の話を聞き取って裏取りするまでは、ちょっと信じられそうにない。
 ましてや現地で“炎竜”スルトにまで会ったなどと言われても。

「あ、でもレギーナちゃんはきちんと癒やして来ましたから!」
「ばってんそれはうちのミカエラミアのおったやろうもん」

 ミカエラは家族からは愛称で“ミア”と呼ばれている。ファビオも、赤派の宗派司徒である父のエンツォも公私問わず愛称呼びするものだから彼女はいつも恥ずかしいから止めろと怒っているが、ファビオたちが改める気配は一向にない。

「いましたけどミカエラちゃん、霊力尽きて昏睡してましたから」
「はぁ!?なんがあったとな!?大丈夫なんかいねミアは!?」

 マリアはヴィオレから聞いた内容をかいつまんで説明してやった。やはりヴィオレから事のあらましを聞いておいて正解だった。
 だがそれを聞いたファビオも、グレゴリオもミゲルも、あまりのことに開いた口が塞がらない。

「なんがどげんしたら皇城の地下やらなんかでダンジョンの発生するとかんだ……」
「ダンジョン発生だけでも有り得ぬというのに、勇者が何者かに暗殺されかかった……じゃと……」
「あ、でもこれ、アナトリア政府から公式発表があるまでは内密の話オフレコらしいんで」
「「「まあそりゃそうじゃろうな……」」」

「そう言えば昨夜、わが黄神殿の[転移]の間にヴィオレ殿から王家に宛てて書状が届いておった。今頃王宮は大騒ぎしておるじゃろうのう」

 一緒にマリアの説明を聞いている黄派の宗派司徒がポツリと言った。

「……なんなそらなんだそれ?」
「アナトリアの皇太子がレギーナ殿下を皇太子妃にしようと画策して、ヴィスコット王家の婚姻承諾書を偽造したそうでな」
「「「…………は!? 」」」
「レギーナ殿下がたちどころに偽造を見抜かれて、それでアンキューラの黄神殿経由で証拠品を送って来られたのじゃ」

「「「…………アナトリア、滅んだのう……」」」

 まあ結果的には滅ばなかったのだが。
 とはいえいっそ滅びたほうが良かったかも知れない。レギーナを溺愛してやまないヴィスコット3世が怒り狂う様を思い浮かべて、その場の全員が悪寒が走ったように震えた。

「…………まあそれはそれとしてたい。マリアちゃんなぁもう二度と抜け出さん、ちゅうことで良かとやね?」
「はい。蒼薔薇騎士団と兄さんももう東方世界に入っちゃうし、向こうにはミスラとスルトがいるんで、私行きたくないです。それにもうジズも居なくなったし」
「は?らんごとなったて……なしななんで?」
「軽々しく権能を使ったら魔力マナのバランスが崩れて世界が崩壊するからダメだ、って怒られちゃいました」
「………………誰に?」
「ミスラに」
「「「ミスラ!? 」」」

 だからてへ♪と笑いながら舌をペロっとするんじゃありません!
 そうじゃ!全然反省してないように見えるじゃろうがマリアよ!

「あー、なんかミスラとスルトの声が聞こえる~。ふたりとも相変わらず小言多いなあ」

「「「……もはや、何でもアリじゃのう……」」」


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アナトリアでの一件はさて置くとして、巫女の婚姻を認める件は教団内部で協議が進められ、対外的な理由付けや各方面との調整などが済み次第公表されることとなった。その公表そのものはまだだが教団内部では周知が進められ、今では多くの神徒たちがマリアを祝福し言祝ことほいでくれる。

「お慶び申し上げますわマリア様!」
「マリア様ほどのお美しい方が婚姻もできないだなんて、世界の損失だと常々思っておりましたの!」
「どなたか心にお決めになった方はいらっしゃいますの?」
「マリア様ほどの方なら、どんな貴公子でもきっと選び放題ですわね!」
「皆様、ありがとう」

 いやマリアにだって男性の好みくらいあるし、誰でもよいというわけでもない。心に決めた相手と言われれば真っ先に思い浮かぶのはやはりアルベルトだが、彼との結婚はもうほぼ諦めているマリアである。
 というのも、いつもの神託の間での神々との雑談の中でなんの気なしに彼とのことを聞いてみたのだ。そうしたら返ってきた答えが「彼と婚姻できる未来はすでに分岐した」だったのだ。

 彼と婚姻できる未来とできない未来とがあり、今はすでにできない方へ進んでいる。そう解釈した時にマリアの脳裏に浮かんだのは、やはり“輝ける五色の風”の解散パーティである。
 あの時、久々に会ったアルベルトは25歳の好青年だった。マリアの想像よりもカッコよく大人っぽくなって(しかもちょっとやつれてかげまで纏って!)、かろうじて普段通りの振る舞いを心がけつつも、まともに目も合わせられなかったのを憶えている。

 そっかぁ、あそこで勇気出して告白してたら多分OKだったんだろうなぁ。でもなんかちょっと避けられてたし、私を見るとアナスタシアナーシャ姉さんを思い出すんだろうなと思ってあんまり近寄れなかったのよね。
 まあしょうがないか!過ぎたことをくよくよしても仕方ないよね!


 実のところアルベルトがマリアを避けていたのは、彼以上に彼女が美しく大人っぽく成長してとんでもない美人になっていたからだったりしたのだが。自身の美貌にあまり頓着してないマリアは、結局最後までそれに気付くことはなかった。





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