314 / 366
第六章【人の奇縁がつなぐもの】
6-8.情報ギルド王都支部にて
しおりを挟むイェルゲイル神教には五色の魔力に対応した五つの宗派があり、神教の神殿には通常、五つの宗派ごとの神殿施設が全て揃っている。そのうち黄派の神殿には遠距離通信のための“通信の間”という部屋がある。規定額の寄進をすれば基本的に誰でも利用することができ、魔方陣で強化され個人では不可能なほどの長距離でも繋げられる[通信]を発動させることができる。それによって遠方の人とも会話が可能になるわけだ。
とはいえ繋がるのは各地にある神教黄神殿の“通信の間”同士に限定されるから、やり取りするためには自分も相手も黄神殿に赴かねばならない。だから通常はまず同じ黄神殿の“転送の間”を経由して書面などで先方と連絡を取り合い、日時を決めた上で双方とも“通信の間”に集まるのが一般的である。
普通は“転送の間”での書面のやり取りまでで事足りるので、“通信の間”が利用される頻度はそう多くはない。通常の[通信]の術式と同じく映像も送受信できるため、書面だけでなく互いに顔を見せたい場合とか、神殿間の定期連絡のついでといった利用が多い。ただ今回は事が事だけに、レギーナの無事な姿を見せてヴィスコット3世を安心させることが必須になるだろう。
レギーナはまだ自立歩行が困難なため、副王のメフルナーズに依頼して車椅子を準備してもらった。それと並行してまずはミカエラがエトルリア王宮に“転送の間”経由で親書を送付し、通信謁見の日時を調整する。
レギーナはヴィスコット3世を少しでも安心させられるよう、謁見までに自立歩行訓練を受けることになった。可能ならば車椅子ではなく自分の足で立っている所を見せてあげたい。そのほうが叔父王もきっと安心するだろう。
「なんのかんの言うて、姫ちゃん陛下のこと大好きやもんね」
「私もそうだけど、叔父様のほうが私を好いて下さっているわ。というか、叔父様はお父様がお好きなのだけど」
ヴィスコット3世フェデリコは亡き兄アンドレアを非常に敬愛していて、レギーナを溺愛しているのも亡き兄の遺した姪だからこそという側面がある。もちろん3世は姪であるかどうかにかかわらずレギーナ個人にも惜しみない愛情を注いではいるのだが、決して彼女をひとりの女性として見ているわけではない。
「でも叔父様の一番はソフィア様よね」
「そら疑いようもないたいね」
フェデリコの“一番”は妻であり現エトルリア王后であるソフィアだ。彼がどれほど彼女を愛しているかというと、11歳年下の彼女が成人するまで婚約者も作らずにじっと待ち、彼女が婚約と婚姻を受け入れてくれるまでずっと口説き、無事に婚姻を果たしたあとはなかなか子供ができなかったのに離婚も側妃の受け入れも一切聞き入れなかった程である。エトルリアは合法的な一夫多妻制の国であり、3世の実母である大レギーナでさえ側妃を迎えるよう迫ったにもかかわらずだ。
まあその執着の甲斐があってフェデリコとソフィアには先年待望の世継ぎダニエルが産まれたので、これはフェデリコ夫妻の粘り勝ちと言っていいだろう。そんなふたりを見てきているから、レギーナも叔父の愛を純粋に家族愛として受け入れられるわけだ。
ちなみに、2世アンドレアと3世フェデリコの実母つまりレギーナの祖母は、レギーナと同じ名を持つため現在は大レギーナと呼ばれている。エトルリアでは初孫に祖父母の名をもらう習慣があり、それでヴィスコット1世ミケーレとその王后レギーナの初孫である彼女に祖母の名が付けられたわけである。3世フェデリコがレギーナを溺愛するのはその辺りも絡んでいるのかも知れない。
「ま、それはそれとして歩こうか、姫ちゃん」
「うう、辛いとか言ってられないわよね……」
叔父王に見せるためだけでなく、勇者としての再起にも絶対に必要なことなので、レギーナは歯を食いしばってでも頑張るしかないのである。
そんなわけで彼女は今、就寝用の夜着ではなく動きやすいブラウスとズボンに着替えて、彼女のために突貫工事で設備を整えた、客室を改装したトレーニングルームで手すりを頼りに歩行訓練の真っ最中である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方その頃、アルベルトはヴィオレとともに王都の市街地に降りてきていた。
「あれが情報ギルドの支部なのかい?」
「ええ、そうよ」
「どう見てもただの酒場だよね」
視線の先に見えるその店舗は、常設市の飲食店舗区画の片隅にある、小さな酒場であった。
「普段は本当に酒場としても営業しているらしいわね」
「へえ。西方世界ではもっとちゃんとギルドっぽいんだけどな」
「こちらでは情報の売り買いという概念が希薄なのだそうよ。だから情報を売買したい人は、中に入ってカウンターで符牒を示さなくてはならないのですって」
「そうなんだね。合言葉とか?」
「特段難しい暗号があるわけではないわね。新聞を買ってカウンターの中にいる職員に、情報を買いたいなら『なにかネタがあるか』、売りたいなら『いいネタがある』と言えば対応してくれるそうよ」
常設市の喧噪の中で会話するふたりだが、実は通りに立っているのはアルベルトひとりである。ヴィオレのほうは店舗の間にある、人ひとりがようやく通れる程度の路地とも言えぬ細い隙間に身を隠している。
常設市は全体が大きな建屋の中にあるため、火災などが起こった際には人の逃げ道や煙の抜け場がなくなりがちで、そういったものを効率的に逃がすためのデッドスペースが設けられている。そこにヴィオレは身を潜めているわけだ。
「じゃ、俺が中に入るから。貴女は天井裏かどこかに潜んでてくれれば」
「ええ、了解したわ」
例の暴露記事を書いたのは情報ギルド職員に違いないが、アルベルトたちが知りたいのは情報提供者である。最悪、表でアルベルトが職員たちを引きつけている間にヴィオレに取材メモなどを盗み出してもらうことまで想定して、彼女には身を隠していてもらわなくてはならない。それで店舗に入る前から彼女には隠れてもらっているわけだ。
アルベルトはそのまま酒場の扉に向かい、押し開けて中に入る。カランカランとドアベルが響き、特に抵抗もなくアルベルトは店内に足を踏み入れることができた。
「いらっしゃァい。景気はどうでっか?」
店内はやはり狭く、片手の指で足りる程度のカウンター席のほかは立ち飲み用のテーブルがいくつか備わっているだけである。そのカウンターの中で斜め向きに座って新聞を広げて読んでいた職員らしき男が、気だるげに声を上げた。
ただし上げたのは声だけで、目線は新聞に落としたままである。まだ昼間だからか、やる気ないこと甚だしい。
「酒場開くんははまだやねんけど、まあええわ。情報の売り買いやったら受け付けるで」
職員⸺糸のような細目の男は、アルベルトが何か言う前から情報の売り買いだと見抜いているようである。「あっ新聞やったら銅貨1枚でええで」とか付け加えるあたり、商魂たくましい印象もある。
だがそれ以前にアルベルトが呆れてしまったのは、その糸目の男に見覚えがあったからである。というか見覚えがありすぎた。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣
織部
ファンタジー
ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。
背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
追放されたら無能スキルで無双する
ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。
見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。
僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。
咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。
僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
最弱属性魔剣士の雷鳴轟く
愛鶴ソウ
ファンタジー
十二の公爵によって統制された大陸の内、どの公爵にも統治されていない『東の地』
そこにある小さな村『リブ村』
そしてそこで暮らす少年剣士『クロト』。
ある日リブ村が一級魔物『ミノタウロス』によって壊滅させられる。
なんとか助かったクロトは力を付け、仲間と出会い世界の闇に立ち向かっていく。
ミノタウロス襲撃の裏に潜む影
最弱属性魔剣士の雷鳴が今、轟く
※この作品は小説サイト『ノベルバ』、及び『小説家になろう』にも投稿しており、既に完結しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる