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第六章【人の奇縁がつなぐもの】
【幕間5】それぞれのリスタート(1)探索者たちの探り合い
しおりを挟むレギーナに主寝室を追い出された面々は、自分の部屋や仕事に戻る者、扉の前で心配げに立ち尽くす者、個別に声をかけ合い話の輪を作る者と、様々な様相を見せつつ思い思いに動いてゆく。
もちろんハーフェズを始めとした護衛騎士たちは引き続き主寝室の扉の外で警護を再開するし、侍女たち、特にアルターフは扉の前から離れようとしない。彼ら彼女らは職務としてそこにいるのだから当然のことである。
そんな中、ナーンはひとりの美女の姿を目で追っていた。
(……どっかで見たことあるねんけどなあ)
彼の視線の先にあるのは、蒼銀の前髪だけを伸ばし後ろ髪を刈り上げるほどに短くまとめた、長身でスタイル抜群の妖艶な美女。
そう、ヴィオレである。
(あれだけの別嬪さんや、一度見たら忘れへんねやけどなあ)
自分で言うのもなんだが、ナーンは女遊びが派手な方である。西方世界にいた頃も、東方世界に来てからも、なんなら“輝ける五色の風”で活動していた頃でさえ、行く先々で多くの美女たちと繋がりを持っていた。
もっともそれは様々な意味で実益を兼ね、明確に目的のある行動であって、純粋な恋愛的な意味での付き合いはほとんどなかったのだが。
だがそれでも、ナーンは彼女たちのことを忘れた事などない。一度でも関わりを持った者たちとの繋がりを手放すような、そんな薄情な男になったつもりはなかった。その自分が思い出せない、ということは。
(少なくとも、オレが触らんとこて思ォたお人やろなあ)
あれだけの美女で、しかも探索者である。利があるなら絶対に接触したはずである。それが顔を見ても思い出せないとなると、除外対象だったとしか思えない。
(……ま、調べりゃ分かるねんけどな)
長年培った自分の情報網には絶対の自信を持っているナーンである。相手が王侯貴族だろうが裏社会の人間だろうが、その気になりさえすれば彼に調べられない事はほぼ無いと言っていい。
「せやけど、調べなアカンことは他にあるよってな」
レギーナをサポートせねばならなくなった以上、彼がやるべきは味方の秘密を探ることではなく、敵を調べることである。
中でも“邪神教”の動向を調査することは、ナーンでなければおそらく難しいだろう。視線に気づいていつつも振り返りもせず歩み去る件の美女にも調べられるだろうが、彼女と自分とでは最初に持つ手札が違いすぎる。ゆえに情報収集のスピードも桁が違ってくるはずだ。
(どっから始めるのがええやろか。ゴザール派ァどついてみるのが手っ取り早いやろけど。姫さんしばらく動かれへんよって、メインディッシュ摘むんはまだの方がええか。⸺ほな、南西からやな)
脳内だけで結論を出したナーンは、主寝室の扉を見つめて立ち尽くすアルベルトにいつもの調子で声をかけた。
「アル坊アル坊、オレの部屋やねんけど」
「⸺ああ、ナーンさんの部屋は下の階だよ。二階は俺ひとりだったからちょっと寂しくってね」
「なんやもう寂しがりやなあアル坊は。ほなしゃあないからオレが一緒寝たるわ」
「当然、部屋は別だけどね?」
「そんなん当たり前やないか!なんが悲しゅうてオッサンふたりで同衾せなあかんねん!」
「いや今自分で言ったよね!?」
「軽い冗談やがな!しっかしアル坊のその口調慣れへんなあ!歳取ったからゆうて気取りすぎやでほんま!」
「そりゃ俺だって、いつまでもガキじゃいられなかったしね」
気安く肩を叩き、かつてと同じように言葉を交わすふたり。これで10年以上会っていなかったなどと言われても、事情を知らぬ者が聞いてもおそらく信じないだろう。
まるで昨日も一昨日もこんな調子で酒を酌み交わしていそうな、そんな空気感を漂わせながら彼らはヴィオレを追い越して、さらに先を歩くジャワドを追いかけてゆく。ナーンの部屋決めと、家具の手配と搬入を頼むために。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(流石に勇者パーティの元メンバーともなると、隙がないわね……)
ナーンが視線を送っていたのと同様に、ヴィオレのほうでも彼の動向を注視していた。とはいえ目線を送れば確定でバレるのが分かり切っているから、ヴィオレにできたのはあらぬ方向を眺めつつ、それとなく気配を探ることだけだ。
(それにしても、なんなのかしら。私に注目しているようだけれど)
ナーンが視線を送ってくるのは、こちらにバレるのを見越してのことだとヴィオレにも理解できている。その視線を受けたことで、少なくとも密かに調べられる事はないと安堵できるのだから皮肉なものだ。
(……どこかで会ったことがあるかしら?)
一瞬考えて、無いわねと心中で否定する。会っていたら、おそらくどちらかがこの世から居なくなっているはずである。
そしてそんなヴィオレは割り当てられている自室へ向かう足を止めない。視線を問いただす必要もないし、仮に必要があるとしても、これほど多くの耳目がある中では会話も何もあったものではない。
(……まあ、そのうち彼に教えを請うこともあるでしょうけれどね)
ナーンは名実ともに世界最高峰の探索者である。なんと言っても認定勇者のパーティに在籍経験のある存命の探索者は世界でただひとり、彼だけなのだから。
先々代勇者ロイの率いた“竜を捜す者たち”には探索者がいないため、レギーナを含めた当代の暫定勇者のパーティ三組に所属する探索者計3名がナーンに続く実力者とされている。だがヴィオレをはじめその3名はいずれもまだ“達人”であり、“到達者”であるナーンよりも明らかに格下なのだ。
行方をくらましてすでに10年あまり。もはや消息が知れることも、会うこともないと思っていた最高位探索者が目の前に現れた時の驚きと言ったらなかった。そんな彼を半ば強引に自分の配下に引き入れたのはレギーナのいつものワガママでしかないが、今回ばかりは彼女のその気まぐれに感謝する他はない。
だって彼女以外には、おそらく引き留める事さえ難しかったはずだから。
その彼が、アルベルトと肩を組んで自分を追い越してゆく。
(きっと彼は、王宮の外で動くのでしょうね)
土地勘のないヴィオレが王宮の外を調べるのは容易ではない。[翻言]を覚えて以降は王宮だけでなく王都の市街にまで手を伸ばしつつはあるものの、それでも王都の外となると全くの未知数である。その点で、すでに10年もこの地で生きてきた彼に敵うとは微塵も思わないし、彼もそれは分かっているはずだ。
「ミナー」
「あっ、はい」
「部屋で湯浴みがしたいわ。手伝ってくれる?」
「畏まりました」
仕事の棲み分けならわざわざ話し合う必要もないし、休養と息抜きも必要だ。だからひとまずはリラックスタイムと洒落込もう。
そう決めて彼女は最年少の侍女を呼び、駆け寄ってくる少女を横目に見ながら、階段のすぐ隣にある自分の部屋の扉を開けた。
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