【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人

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02.ゲームスタート

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 よく晴れた麗らかな陽射しの下、王宮の中庭に集められた数人の、婚約者候補の令嬢たち。
 その中に、彼女は、いた。

 全員が自分と同い年、6歳の幼い少女たち。
 だが彼女だけが、すでに気品と知性の輝きを備えていた。

 本来ならばまだまだ甘えたい盛りのはずなのに、彼女だけは凛として、公爵家の令嬢としてそこに在った。遊びましょう王子さま、と群がってくる少女たちの輪に加わらず、大人しく椅子に座って品よく紅茶を飲んでいた。

 ああ、やっぱり彼女だ。
 漆黒の艷やかな髪に、深い澪色の瞳。まだ幼いのに、美しく成長したゲームやアニメの面影がしっかりと感じられる。ああ、なんて美しいんだろう。

 私は少女たちではなく、彼女の相手をしたくて彼女の向かいに座り、彼女の話を聞いた。年相応にはしゃぐでもなく淡々と、婚約者として選ばれるために努力してきたと静かに話す彼女は、6歳の王子にしてみればつまらない存在に感じるかも知れない。だが私はすでに前世の記憶を取り戻していて精神的には大人だったから、その落ち着きがとても好ましかった。
 王子に相手してもらえないと分かった他の少女たちもいつしか席に着き、結果として6歳こどもらしからぬ落ち着いたお茶会になってしまったが、見守る大人たちの目にも私が誰を好んだかちゃんと伝わったらしい。

 異論も特になく、婚約者は彼女に決まった。


 それからは彼女との仲を深めていった。
 月に一度のお茶会に、ふたり並んでの王族教育。誕生日には互いにプレゼントとメッセージカードを送り合い、時には自主的に復習会も開いた。
 会うたびに、話すたびに彼女に惹かれていく。彼女のほうでもふとした時に頬を赤らめたり、時には些細なことで拗ねてみたりと可愛らしい面も覗かせつつ、憎からず想ってくれている反応がとても嬉しかった。


 1年経ち、2年経ち、10歳になり、13歳になり。
 年を経るごとに彼女はその美しさを増してゆく。それとともに知性に磨きがかかり、礼儀作法も格調高く、公女として、王子わたしの婚約者として何ひとつ欠けるところもない、ゲーム画面やアニメでの馴染み深い完璧な美少女へと成長してゆく。
 それでいて、ふたりで会う時には年相応の姿も見せてくれるし、相変わらず私を好いてくれているようで、ほんのりと頬を染めて熱のこもった瞳で見つめてきて、恥ずかしげに「お慕い申し上げております」と囁いてくれる。
 そのたびに「私もだ」ときちんと言葉にして返す。言葉に出さなかったばっかりにすれ違いを起こす、というのはこの手の恋愛物でもよくあるパターンだが、それが分かっていてそんな間抜けな事態を招くはずがない。

 そうして、私たちは揃って学園に入学した。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 学園は貴族や王族の子弟が入学を義務付けられている。将来、社会に出た時のために社交を経験し、交友を広げて人脈を得るためだ。
 そして私の周囲に将来の側近候補も付けられるようになった。宰相の子息に騎士団長の子息、魔術師団長の子息に、国内有数の大商会の会頭の子息。
 この4人に私を合わせた5人が、いわゆる攻略対象者だ。それぞれ家門の期待を一身に背負って3年間の学園生活で様々なことを学び、将来の国家を担う存在として自らを高めていくのだ。


 そして、もまた、入学した。
 そう、ヒロインだ。


 ヒロインは男爵家の令嬢。とはいえ実際は令嬢とは名ばかりの、つい数年前まで平民として市井で生まれ育った貴族らしからぬ少女だった。
 クリーム色の淡い髪はふわふわと風になびき、クリクリとよく動く大きな栗色の瞳は溢れる好奇心を隠そうともしない。性格は飾らずとても素直で、自分が貴族令嬢として至らないのも分かっているのか、立ち居振る舞いはやや引っ込み思案というところ。
 つまり要するに、何にでも興味を持って行動を起こしかけ、だが周りの貴族子女たちに無礼があってはならぬと立ち止まり思い留まり止めてしまう。そういうアンバランスで危ういところのある少女だった。

 新鮮。
 そう新鮮だった。

 何しろそんな貴族の子女などいないのだ。そういうアンバランスな不安定さなど、貴族として生まれついた者なら遅くとも10歳ごろまでに教育で矯正されるのだから。だから13歳になって学園に入学する頃までには、どの子女もとっくにそんな時期を卒業して大人しくなっているものだ。
 だからその姿が、却って新鮮に映る。もちろん、子供じみた姿だと嫌う向きもあるだろう。だがその子はそうした批判を向けられることも理解しているようで、何か言われても文句ひとつ返さず、大人しく言うことを聞いて改めようとしているようだった。
 もっとも、なかなか上手く制御出来ていないようだったが。

 宰相の子息は、学園の図書館でその子と出会ったそうだ。たまたま得た空き時間に本でも読もうと訪れたら、その子が参考書を積み上げて勉強していたらしい。学園の図書館は主に調べもののために利用することがほとんどで、勉強に利用するのは珍しい。それで興味を持って勉強を見てやったのだとか。
 騎士団長の子息は、体術の授業でペアを組まされたという。教師にしてみれば一番の劣等生をクラストップの優等生に委ねただけだろうが、彼らはその後ずっとペアを組んでいるらしい。
 魔術師団長の子息は極度の引きこもり体質で、成績は優秀だが限られた相手以外との人付き合いが苦手だ。そんな彼が中庭でひとり昼食を取っているところにたまたまその子がやってきたのだという。以来、何故かまとわりつかれるようになったらしく、今では常にふたりで昼食を取っているらしい。
 商会頭の子息は社交性の塊で、その子とも入学初日から親しく話していたらしい。最初は新たな顧客にしようとでも思っていたらしいが、その子の好みや予算など聞いて相談に乗っているうちに、いつしか休日に街で一緒に買い物するまでになっていたそうだ。

 そして私はと言えば、入学式に新入生代表として挨拶に臨んだのを当然その子も見ており、入学式終了直後に突撃された。曰く「王子さまと同学年なんて、嬉しすぎて絶対に挨拶に行かなくちゃと思いました!」とのことで、下位のものが許可もなく高位のものに声掛けしてはならないのだと教えたら、この世の終わりみたいな青ざめた顔でひれ伏すように謝罪してきた。
 知らないのは仕方ない、早く覚えてきちんとできるようになりなさいと言ってその場は収めた。婚約者の彼女ももちろん一緒にいて、「とてもお可愛らしいお方でしたわね」なんて、たおやかに微笑んでいた。その笑顔には余裕が感じられ、私はそれをとても好ましいと感じていた。


 それなのに。
 ああ、それなのに。

 気付けばあの子は、常に私の周りに顔を見せるようになっていたのだ。





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