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03.独善のもたらしたもの

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「よろしい、では我がウェルジー伯爵家はただ今より、王太子殿下の不支持を表明致しましょう」

 荒れ狂う魔力の暴威が収まって会場がホッとした空気に包まれかけたその瞬間、彼のその発言で会場が凍りついた。
 ロベール王家よりも歴史の古い名門貴族が、王国の創建時より王家を支え仕えてきた名族が、王太子を⸺つまり次期国王をと明言したのだから当然だ。

「第42代ウェルジー伯アルフォンス・ド・ウェルジーの名において、ウェルジー伯爵家および家門一同は今後一切、王太子殿下を支持せず、その即位を容認せず、王太子位の交代を求める!」

 誰もが子息だと思っていた年若い青年は、自らを第42代ウェルジー伯爵だと名乗った。それはつまり、彼こそが名門伯爵家の当主であるということ。そして彼の言はウェルジー家の一族の総意であるということに他ならなかった。
 実はウェルジー伯爵家は数日前に先代つまりアルフォンスの父が逝去したばかりであり、アルフォンスは今日初めて新当主として王城を訪れ、国王に謁見して継爵を認められたばかりである。この夜の夜会でそれが発表される予定であったため、彼が新当主であることをまだ誰も知らなかったのだ。
 だが知られていなかったこととはいえ、彼はすでに当主の座を引き継いで認められているのだ。よって彼の言葉は相応の重みを持つことになる。

「なっ…………!?」

「であれば、我がロタール公爵家も支持を取りやめるべきだろうな」

 アルフォンスとは別の方向から聞こえた声に、今度こそ会場から温度が消えた。
 衆目が一斉に向いたその先にいたのはロタール公爵。そう、王太子がこの場で断罪し辱めようとしたリュクレースの父親だ。

「そも我が家門との婚約を破棄するとはそういうこと。それとも、殿下のに我が家が叛した方がよいかのう?」

 会場のあちこちから今度は悲鳴が上がった。なにしろこの国に三家しかない公爵家のひとつが、その当主が自らのだから。
 それはつまり、国土の3分の1が離叛するに等しい。

「なっ、⸺ま、待て、ロタール公」
「待ちませぬよ。そもそも我が家はを犯しておりますれば、もう王家に仕えることも叶いますまいて」

 創建以来の名門伯爵家が王太子の不支持を表明し、今度は国家の柱石たる公爵家が叛意をほのめかす。その責が誰にあるのかなど敢えて指摘するまでもない。
 さすがの王太子も青ざめ、貴族たちも慌てふためく。分かっていなさそうなのは王太子にすがりつく令嬢だけだ。

 三大公爵家のひとつをむざむざ叛かせたとあらば当然、王太子のままでいられるはずもない。しかもロタール公爵家は北東の仇敵たる帝国に対する守りの要なのだ。それを失えばどうなるか。
 そして王家と公爵家が争うとなれば、貴族たちもいずれに与するのか身の振り方を考えねばならぬ。元より公爵家の寄り子の貴族家はこぞって公爵家に与することだろう。公爵家と縁の薄い貴族たちも、所領が近いだとか間接的に恩恵を受けているだとかで呼応する者が出るだろう。そうなれば、文字通り王国が割れてしまう。亡国の危機であるのは明らかだ。


「まあ待たれよロタール公。そしてウェルジー伯」

 その時、王家専用の入場扉が開いて声がかかる。動揺していた貴族たちが一斉に臣下の礼を取った。国王が王太子の後ろから姿を現したのだ。

「こたびの、誠に相済まぬ。我が名において謝罪を致し、そして両家にはなんの罪もないと保証しよう。それで収めてはくれんかな」

 王はそう言って、壇上からではあるが頭を下げた。王が居並ぶ臣下の眼前で、特定の臣下に頭を垂れるなど前代未聞である。

「陛下。此度のことは、それなる殿下の独断の浅慮であったと、そう思し召されるか」
「無論そのつもりである。ロタール公爵家、並びにウェルジー伯爵家には一切なんの瑕疵もないこと、この場で重ねて明言致そう」

 無論、それは本来ならば事実関係を精査して慎重に判断せねばならないことである。たとえ言い掛かりであっても、疑義を呈されたならば調べないわけにはゆかぬ。
 だがそれでは、実際がどうであってもは残ってしまう。そうなれば公爵家や伯爵家の名に傷がつく。しかもそれをこの場の全ての貴族たちがのだ。

 だから国王は、詮議もせぬままに公爵家や伯爵家に罪はないと断言せざるを得なかった。要するにわけだ。

「なっ……!?父う、いえ陛下!なりません!」
「何を言うか愚か者め!そなたがさっさと詫びぬからであろうが!」

 それを見て王太子が狼狽え、そして父王に一喝されて黙り込む。

「国の将来に資する婚約の意義を理解しないばかりか、その解消を目論んでリュクレース嬢にあらぬ瑕疵をつけようなどとは言語道断!そればかりか、その無理を通したいばかりにロタール公爵家にまで瑕疵をなすりつけようとするとは!
全く、そなたには失望したぞ。継承争いを避けるために早くから王太子と定めたことが仇になったわ」

 こんなことなら継承争いをさせてでも王子むすこたちを切磋琢磨させ資質を伸ばすべきであったわ、とまで言われて、王太子は何も言い返せなかった。


 そう。幼少時から王太子と定められてそのための教育を課されてきた王子は、自分が将来の国王なのだと、のだと信じて疑わなかった。そして国王とは国家の最高権力者なのだから、誰もそれに逆らえるはずがないとのだ。
 だから彼はまだ年端も行かぬ子供の頃に自分の意志も確認せずに決められた婚約に、ずっと不満を抱いていた。そして自分よりもすべての面で優秀な婚約者リュクレースを、ずっと疎んでいたのだ。生涯の伴侶ぐらい自分で選びたいと、そう考えていたところに出会ったのが、学生時代の一学年後輩の男爵家令嬢アナ=マリアだったのだ。

 アナ=マリアは他の誰とも違って、王太子をひたすら褒めそやし甘やかしてくれた。父王も母王妃も、王宮の高官たちも家庭教師たちも、婚約者のリュクレースでさえ、王太子が何をしても「出来て当然」という態度を崩さなかった。出来なくて叱られることは多かったが、出来て褒められた経験はほとんどなかった。
 そんな毎日で、「すごいですわ」「さすが殿下」「カッコいいですぅ」などと甘い言葉ばかりをかけられて、それが癖にならぬはずがなかった。もちろん身分の差があることは分かっていたから、それを埋めるために手も打ってある。筆頭侯爵家に養女として迎え入れさせ婚約者候補として推させる手はずである。

 だがそこに至るまでには、どうしても現婚約者リュクレースを排除しなくてはならなかった。王家の直接の分家でもあるロタール公爵家を斥けるためには、相応の大義名分が必要になる。
 そんな時、アナ=マリアが言ったのだ。「いっそわたくしを暗殺しようとした、ということになさっては?」と。そして他に上手い策を考えつかなかった王太子は、結局それに乗ってしまった。しかも冷静に反論されて失敗してしまう可能性を潰そうと、大勢の目の前で糾弾してのだ。

 それがどれだけロタール公爵家を怒らせるか、どれだけ臣下の貴族たちを慄かせるか、彼は考えもしなかったのだ。





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