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本編

04.地獄のRBC

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「ではまず、こちらに目を通して下さい」

 ロッチンマイヤー女史は表向きは何も言わずに6人に一枚ずつ紙を配った。

「………時間割か?」
「時間割ですね」
「だが今日の分しか書いてないぞ」
「1日だけのお試し体験なんだから当たり前だろベルナール」
「え~なにこれ~」

 紙には上から順に、

朝三『マナー講習』
朝四『世界史講習』
『休憩』
朝五『語学講習』
朝六『ダンスレッスン』
『昼餐』
昼一『武術講習』
昼二『王族講習』
昼三『茶会講習』
昼四『政治学講習(国内)』
昼五『政治学講習(国際)』
昼六『魔術講習』
昼七『毒物講習』
夜『夜会講習』
『試験』

 とある。時間はいずれの講習もおよそ特大一1時間ほど取ってあるようだ。
 ちなみに特大一とは、この世界で時計の役割を果たす“砂振り子”という魔道具のことで、五種類ある中のもっとも大きなものが特大砂振り子だ。ひっくり返してから中の砂が落ちきるまでおよそ1時間かかる。特大が落ちきる一回分、略して「特大一」である。
 最初のマナー講習は朝三からとなっていて、この場の集合時間が朝三だったからこのあとすぐ始まる計算になる。

 ちなみに陽神太陽が地平線から顔を出して“朝鳴鳥”が泣いた瞬間から1時間が朝の特大一、略して「朝一」で、以後1時間ごとに朝ニ、朝三と数える。朝三はおおむね朝8時頃からの1時間を指す。
 季節にもよるが朝六から朝七を数えたあたりで陽神が中天にさしかかり、そこからは昼一、昼ニと続く。昼七から昼八のあたりで日没を迎えて、それから先は「夜」である。夜は1日には含まれないため、通常は計時は行われない。

「え、待って。これ1日でやるの?」

 時間割に書かれた内容がやっと理解できたようで、コリンヌがドン引きした声を出す。

「もちろんやって頂きます。本日は『お試し』ですから、基礎カリキュラムを一通り取り入れました」

 ロッチンマイヤー女史がさも当然と言わんばかりに頷いて、コリンヌの顔が軽く絶望を帯びる。

「い、いやいや!無理でしょこんなの!」
「無理なものですか。確かに通常の王子妃教育は本来は昼からですので多少詰め込んだ形にはなっていますが、ならこの程度こなせて当然」
「当然じゃないわよ!無理だっつってんでしょ!」
「さて、最初のマナー講習はわたくしロッチンマイヤーが担当致します」
「聞けよ!!」
「さ、全員お立ちなさい。窓際に一列に並ぶのです」

 女史はもうコリンヌを相手にせずに、有無を言わさず6人に指示を出す。すでに『マナー講習』が始まっていると理解しているシャルル以下5人はそれに従いそそくさと並ぶ。
 コリンヌはなおも女史に食ってかかろうとしていたが、いつの間にか女史の手に握られていた乗馬鞭を見て小さく悲鳴を漏らし、シャルルに窘められたこともあり渋々列に並んだ。

「そう心配するなコリンヌ。そなたはれっきとした淑女なのだから、しっかりした所を見せてやれば女史もきっと絶賛してくださるであろう」
「ですが殿下……」
「そこ!私語は慎みなさい!」

 第二王子であっても一切容赦しないロッチンマイヤー女史である。

「申し訳ありません先生」
「…っ、す、すみません……」

 サッと謝るシャルルとコリンヌだが、そのコリンヌの右肩に乗馬鞭が飛んできて、思わず彼女は悲鳴を上げた。

「いったぁ!?なんで叩くんですか!?」
「黙らっしゃい!」
「ヒッ!?」

「貴女、お幾つにおなりになるのかしら?」

 女史の冷ややかな目がコリンヌを貫く。

「え………15歳ですけど」

 コリンヌが答えると、あからさまに落胆された。

「それで成人済み15歳とは情けない。一体今までどのような教育を受けてきたのやら。
貴女、ブランディーヌ様のお手本をよく見ておきなさい」

 唐突に名指しされたブランディーヌは、だが慌てることもなく一歩前に進み出る。
 踵を揃え真っ直ぐ背を伸ばし、肘を軽く曲げて骨盤の前で軽く両手を重ね、彼女はスッと腰を折り背を伸ばしたまま頭を下げた。だがそれでいて頭は下げすぎず、頭部で胸元を上手く相手の視線から隠しつつ、なおかつ頭頂部も完全には見せない絶妙な角度の美しいお辞儀である。
 その動作に一切の淀み無く、立ち位置も姿勢も腰を折る角度も何もかも完璧な所作に、女史も満足げに頷く。
 そしてブランディーヌは一言だけ発する。「大変、申し訳ございませんでした」と。

「これが、淑女の謝罪というものです。だというのに何ですか先程の貴女の態度は。所作も言葉遣いも表情も、何ひとつ出来ていないではありませんか」
「そ、そんな事言ったって──」
「口答えしない!」
「コリンヌ、今のブランディーヌの所作を見ただろう?そなたもきちんとやればあの程度造作もないはずだ」

「えっ………?」

 隣に立っているシャルルにまでそう言われて、コリンヌの目が不安げに泳ぐ。

「淑女たるもの、感情をみだりにおもてに出さない!」
ビシッ!
「痛ったぁ!」
「痛くない!」
バシッ!
「ぎゃあ!」

(なるほど、これはブートキャンプだ)

 エドモンは心の底から納得していた。
 これはまさしく、できるまで、軍隊式新人教練である。

(騎士団のよりもヤベェな)

 ベルナールが内心で冷や汗をかく。
 ガリオンの騎士団は新人の最初の訓練は甘やかす所から入る。初っ端から厳しくして逃げられては堪らないからだ。

(反抗しても怒られるだけなんだから、コリンヌ嬢もさっさと所作を整えて合格を貰えばいいのに。何をやっているんだ)

 鞭で何度も叩かれて早くも涙目になっているコリンヌを見て、ちょっと呆れるオーギュスト。

「殿下ぁ~!助けて下さいよぉ~!」
「大丈夫だ、君ならできる!」
「えっ、そ、そんなぁ~!」
「つべこべ言わずさっさとなさい!」
ピシッ!
「痛っ!もうやだぁ~!」

 地獄のッチンマイヤー・ートャンプはまだ始まったばかりだ。だが早くもメイン受講生が脱落しそうな雰囲気である。

(ですからわたくし、事前に『受けてみますか?』と確認致しましたのに)

 そしてそれをブランディーヌが冷ややかに見ていた。



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