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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】
14.あわや一触即発
しおりを挟む「これで、⸺終わりだ!」
ドルーグが模造騎士剣を天高く振り上げ、蹲ってまだ吐いているパッツィの無防備な項をめがけて振り下ろす。
カイィィン。
だがその剣先は、寸前で差し込まれた別の模造剣によって弾き返された。
「やり過ぎだドルーグ。てめぇ、宣誓を破るつもりかよ」
防いだのは立会人を務めるオーサムだった。
まだ蹲ったままのパッツィは、既に剣も取り落としていて立ち上がることさえまだ出来そうにない。誰が見てもこの勝負は彼女の敗北である。
にもかかわらず、ドルーグは彼女にトドメを刺そうとしたのだ。明らかにやり過ぎであり、隊規で定められた模擬試合のルールどころか騎士道にさえ違反している。さすがにこれは立会人として、見過ごせるものではなかった。
「おおっと、オレ様としたことが。試合の興奮で手が止められなかったようだ」
だというのに、ドルーグには悪びれた様子もなかった。
あくまでも試合の流れで熱くなり、止めるべき手を止められなかっただけ。だからこれは故意ではなく、ゆえに違反には当たらない。ニヤニヤと嗤いながらそんな言い訳をするドルーグに、さすがのオーサムも怒りを覚える。
「やめ、ろ……」
だが、その彼の足元からか細い声が上がった。
「おねがい、だ、やめ……てくれ……」
胃液に灼かれた喉から、必死に声を振り絞ったのはなんとパッツィである。
「だがよ分隊長」
「えぃす、も……やめて……私闘は、禁止、だ」
掠れたパッツィの声にオーサムが弾かれたように顔を上げる。ニヤニヤとした嗤みを崩さないドルーグのすぐ後ろにエイスが立っており、鍛錬場入り口に置いてきたはずの真剣を抜き放っている。
オーサムとほぼ同時に、殺気に気付いたドルーグが振り返る。だがその時にはもう、エイスは真剣の切っ先をドルーグの霊炉に向かって突きつけていた。
「なっ」
今この瞬間、ドルーグは完全に背後を取られただけでなく生命を奪われていた。もしもエイスがその気であれば確実に、ドルーグが気付く前にそうできていただろう。
だが「やめろ」と命じられたエイスは、殺気こそ消さないまでも切っ先を下ろした。忌々しげにドルーグを睨みつつ「命拾いをしたな」と言い捨てて。
「は……は、ハハッ!」
冷や汗の浮いた顔で、それでもドルーグは嗤ってみせる。
「黒獅子サマもずいぶんお行儀がいいんだな!ご主人様の命令には絶対服従ってかぁ!?」
「もうやめろドルーグ」
必死に虚勢を張るその背中を、冷静さを取り戻したオーサムの声が叩く。
「それとも何か?“赤い竜”と“黒き獅子”を今ここで同時に相手にしようってのか?」
“赤い竜”とはカムリリアの象徴たる伝承上の存在であり、カムリリアの人間なら子供でも知っているものだ。そして辺境騎士団においてその名は、非公式ながらも騎士団最強の騎士の称号として用いられる。今その称号を得ているのはオーサムだ。
そして“黒き獅子”とは、豊かな長い黒髪を獅子のたてがみに見立てて誰からともなく呼ばれるようになった、エイスの二つ名だ。
このふたりがゴロライ分隊の最強のツートップであり、どちらも現分隊長パッツィの支持派である。そしてドルーグはその両者のどちらにも、1対1で勝ったことがなかった。
「⸺くっ」
殺意剥き出しのエイスと、そこまでではないものの怒りを露わにしたオーサムと。ふたりの剣幕に気圧されたドルーグが呻く。だがすぐに嗤みを浮かべ直し虚勢を張る。
「と、とにかくだ!こんな無様な敗者が分隊長だなどと認められるか!」
「同感だ。力も示せん弱者なんざ上に立つ資格はねぇな!」
すかさずヴィアイズがそれに追随する。
「弱い女が敵に捕まれば、それは悲惨なことになりましょうなあ」
「でも、そしたら今度は敵に取り入るんじゃないのかな?グフグフ」
「そうして自分だけ助かるんでしょうなあ」
「オイラなんか真っ先に殺されちゃうなあ」
モルヴランとトードも口々にパッツィに嘲りの言葉を投げつける。エイスに助け起こされた彼女はまだ酷い顔のままで、言い返すこともできない。
ドルーグ、ヴィアイズ、モルヴラン、トードの4人はそのまま彼女を嘲笑いながら、鍛錬場を後にして行った。
「……ふん、無様だな」
そこへさらに口を開いたのはステヴニグだ。
「奴らの言い分は気に食わんが、ああいう奴らを黙らせてこその分隊長だろう」
ステヴニグの言葉はどこまでも正論であり、そして容赦がなかった。
「イヘルガロン隊長のおられた時は、彼らも大人しかったのですがね」
「オーサム殿が分隊長なら丸く収まってただろうにな」
「俺も、ドルーグさんたちに同意だな。やっぱ隊長は強い奴がいい」
第五小隊副隊長のブラーヴと隊員のペンレット、グウィルトもステヴニグに追随する。そして、彼らも鍛錬場を後にして行った。
「お、俺は、パッツィ隊長が好きだな」
「そりゃガネットさんが分隊長からお金借りてるからでしょ」
残る第五小隊員のガネットとウィットは、どちらかと言えばパッツィ支持寄りだ。だがそれも、熱烈に支持している雰囲気とは言えなかった。
「お、おれも分隊長がパッツィさんで良かったって思ってる!」
「そりゃスラッカーさんがいくらサボっても、怒られこそすれ減給とか処罰とかされないからでしょ」
「そ、そうなんだよ!イヘルガロン隊長の時は減給がキツくてさあ!」
「そっちが当たり前なんです。パッツィ分隊長はちょっと甘いと思います」
「えっおい、やめろよカフレディン!厳しくなったらどうすんだよ!」
「でも、やっぱり私も分隊長には勝って欲しかったです……」
第一小隊のメンバーであるスラッカーやカフレディン、フィーリアも消極的支持といったところか。
「あーあ。女の腹や顔を傷つけるなんざ、男の風上にも置けねえ奴らだぜ」
ここまで我関せずの態度だった第四小隊長のスタッドが、まだ立ち上がれないパッツィに歩み寄り、屈んで目線を合わせつつその顎をクイッと指で上げさせる。
「分隊長、今日のうちに診療所に行った方がいい。あんたのその綺麗な顔に傷が残ったら勿体ねえぞ」
「わ……わかった……」
模造剣を叩き込まれた右側頭部を確認し、嘔吐感の収まったらしいパッツィの返答にキラリと光る笑みを返して、スタッドは立ち上がる。
「オーサム、今日の合同訓練はもうお開きってことでいいよな?」
「……ああ、そうだな。もうそんな雰囲気じゃねぇしな」
「しかし、これは困ったことになったのう。この先はドルーグ坊を抑えるのが難しゅうなったわい」
メイストルの言うとおりだった。分隊員たちの目の前ではっきりと力の差を見せつけられた以上、今後はドルーグがパッツィに従わなくなるのは誰の目にも明らかだ。
だがそれを掣肘する手段は、もう無い。あるとすればパッツィが模擬試合の再戦を申し込んで勝つことだけだろうが、ドルーグはきっと、もう受けない。
こうして、この日の合同訓練は内部分裂の火種を露わにした形で打ち切りとなった。そしてこれを最後に、参加者が集まらなくなり事実上の開催中止に追い込まれたのである。
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