騎士隊長と給仕の彼〜女らしくない私なのに、どうしてこの子は執心してるの!?〜

杜野秋人

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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】

15.天使さま現る

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 その後、パッツィはフィーリアに付き添われてゴロライ唯一の診療所へと向かった。
 ゴロライには日常的に武器を扱う分隊のほか、ゴロライ山で林業に従事する木こりたちや山の獣を狩る猟師たちが多く働いていて、他にも火を扱う鍛冶師や重い荷物を運ぶ荷運び人足などもおり、これでなかなか怪我人が多い。それ以外でも酔客同士の喧嘩や遊びの中で怪我をしがちな子供たちなど、患者には事欠かない。
 だからこの日も、診療所は患者でごった返していた。

 この世界では大半の人がその身に魔力マナを持っていて魔術を扱える。だが治癒系の魔術を使えるのは黒、青、赤、黄、白と五色ある魔力のうちの“青”の加護を持つ者だけだ。
 単純計算で人口の5分の1しか青加護はいないのだから、身近に青加護がいなければ診療所を頼るしかない。だから診療所には[治癒]や[解癒かいゆ]の魔術を覚えている青加護や、[回復]の使える黒加護の術者が揃っている。そして年中無休、昼夜営業で稼働しているのだ。

「あのー、診察をお願いしたいんですけどぉ」
「はーい!少々お待ち下さいね!」

 診療所に入って受付してもらおうと声を上げたフィーリアの声に朗らかな返事が返ってきて、声の主を見たパッツィもフィーリアも絶句して固まってしまった。
 だってそれは、見たこともないほどのとんでもない美少女だったのだ。

 キラキラと輝く波打つようにウェーブのかかった豪奢な長い金髪、肌の色は抜けるように真っ白で、血管の一本一本まで透き通って見えるかのよう。顔は小さく卵型で、目鼻の位置も女神と見まごうほどの完璧な造形美。
 細くスラリと伸びた手足もくびれた腰も華奢でなおかつしなやかで、それでいて病的に細いわけでなく健康的な色艶と溌剌さを兼ね備えている。おまけに瞳の色は深く澄んだ海の色。澪色とでも言えばいいだろうか。青系の瞳は青加護の証拠だ。
 そんな美少女が、麗しい笑みを浮かべながら患者たちの間をせわしなく行き来し、「大丈夫ですよ、すぐに良くなりますからね」などと言いながら患者たちに[治癒]をかけたり包帯を巻いたりしている。その合間にフィーリアの声に返事したのだ。

「え……天使……?」

 フィーリアが見間違えたのも当然かも知れない。カムリリアの王都グリンドゥールで生まれ育ち、これまでの人生で美男美女を飽きるほど見てきたパッツィでさえ、これほどの完璧な美少女にはお目にかかったことがない。
 というかいわゆる金髪碧眼、つまり美男美女が多いことでも知られるアングリア人の特徴を凝縮したような美貌なので、やや浅黒い肌で黒髪の多いカムリリア人とは比べるべくもない。そもそも基礎からして異なっていそうだ。
 そんな完璧で究極な美貌の前では、ゴロライでの7年間ですっかり女らしさを失ってしまった自分など、とてもではないがその足元にも及ばない。それどころか。

「グウェンリアンよりも美しい子がこの世にいるなんて……」
「え、何ですかぁ分隊長?」
「……あ、いや、何でもない」

 診療所に来る前に口腔をゆすぎ、土埃を落として軽く汗を拭い、騎士服も新しく着替えて小ざっぱりとしてきたつもりだった。だが目の前の天使を見てしまった今となっては、人前に出ていること自体がものすごく恥ずかしい。

「やだ、私、もう帰るわ」
「ちょちょちょっと、分隊長!ダメですよぉ!」

 診察を受けに来たのはパッツィなのだ。その彼女が帰ってしまってはなんの意味もないので、フィーリアが必死に止めにかかる。

「ダメですってば!」
「しかし、あんな天使の前に立つなんて無理だ!」
「そんなのあたしだって嫌ですよ!でも仕方ないじゃないですかぁ!」

 女であれば誰だって、あの天使の前では霞んでしまうに違いない。それこそ婚姻し子を産んだ母親世代でもなければ、とてもではないが平静を保っていられないだろう。
 パッツィはまだしも、普段から女を捨てたも同然だから言い訳も立つ。むしろ、女であることを捨てておらず分隊内でも若さと愛らしさでチヤホヤされているフィーリアのほうが、実は地味に大ダメージだったりする。

「と、とにかく!診察は受けなきゃダメです!」
「だがあんな天使に…………やっぱりムリだ!」
「逃げないで下さぁい!」

「分隊の方ですね。どうされました?」
「「あっ」」

 揉み合いをしているうちに、その天使さまがやって来てしまった。直接話しかけられてしまった以上は、もはや逃げることも叶わない。

「ええっとぉ、合同訓練で分隊長がケガしちゃってぇ」
「まあ!それはいけませんね!」

 顔や容姿だけでなく声まで極上の美声だ。欠点というものが無いのかこの娘は。

「あっ、そういえば初めましてですね!わたし、昨日からこの診療所で働き始めたクレイルウィと申します」

 吊るした硝子ガラス棒がぶつかり合って音を立てたのかと聞きまごうほどの澄んだ美しい声で、天使が自己紹介をしてきた。

「あ、えっと、第一小隊のフィーリアですぅ」
「あ……私は、分隊長のパッツィ、だ」

 偽名を名乗ってて良かったと初めて思えた。フィーリアには申し訳ないけれど、とてもではないが本名を名乗れる自信がない。

「パッツィ分隊長さんと、フィーリアさんですね。診察は分隊長さんだけですか?」
「あ、ああ」
「ではこの番号札を持って、そこの椅子に座ってお待ち下さいね。順番が来たらお呼びしますから」

 天使は慣れた手つきで番号札をパッツィに渡すと、にこやかな笑みでペコリとお辞儀してから他の患者たちの列に向かって歩み去っていった。

「……見たことのない顔、だったな」
「昨日から働き始めた、って言ってましたね」

 ということは、きっとゴロライにも最近やって来たのだろう。

「あの人も、やっぱりこの町に逃げて来なきゃいけない理由があったんですかねぇ……?」

 そう考えるのが無難、というか、どう考えてもそうだろう。あれほどの美貌なのだから、年頃の男性たちの間で壮絶な奪い合いになったとしてもなんの不思議もない。
 もしくは望まぬ結婚をさせられそうになっただとか、度重なるストーカーの被害に耐えかねただとか、ほぼほぼ間違いなくその手の理由に違いない。

「……巡回の強化を検討するか」

 女としては完全敗北だし出来うることなら二度と関わりたくない。だが打ちひしがれはするものの、ゴロライの町を守る分隊長としては彼女のことも同様に守らねばならない。公私の別はきちんとつけなくては。
 ひっそりと、ひとり決意するパッツィであった。あと、もう少し女らしくしようとも。





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