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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】
16.そして彼女は誤解する
しおりを挟む「あっ、ごめんなさい。わたし、お付き合いしている人がいますから」
「「!?」」
診察室に呼ばれるのを待つことしばし。少し離れた場所から聞こえてきたその声にパッツィもフィーリアも驚いて声のした方を向き、それから互いに顔を見合わせた。
今聞こえてきた澄んだ声音は、間違いなくさっきの天使さま。
「い、今、彼氏いるって……」
「あ、ああ、言っていたな」
そりゃあれだけの美貌なのだし、特定の相手がいない方が不自然だ。だがそうなると、この町にわざわざやって来た理由は……?
「わたし、実はあの人を追いかけてこの町に来たんです。だから、ごめんなさい」
「この町に彼氏さんも来てるの!?」
「しかも、彼女の方が追いかけて来た……!?」
あれだけの美少女を惚れさせるほどの男ってどんなんや。むしろそっちが見てみたい。パッツィとフィーリアの脳内思考がタイミングも合わせないのにピタリとハモった。
だが、天使さまに告白したらしき男性患者はそこまでで引き下がったようで、それ以上その話題は続かなかった。
パッツィを診察したのは結局、元から診療所で働いている老所長だった。天使さまは待合室になっている大部屋で、専門の診察を必要としない軽傷者を中心に対応していたらしく、診察室には入ってこなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「酷い怪我じゃなくて良かったですね、分隊長」
「ああ。事前にかけておいた[物理防御]が効いていて助かったよ」
診療所からの帰り道。茜色に染まりつつある空の下、フィーリアと話しながらパッツィは歩く。模造剣で叩かれた側頭部も突かれた腹部も打撲程度で、大きな怪我にはならずひと安心といったところ。念のため黒加護の術者に[回復]をかけてもらったこともあり、通院も必要ないとの診断だった。
だがそれにしても、あの天使さま。クレイルウィと名乗った超絶美少女の存在が頭の片隅から離れない。
「天使さまの彼氏って、一体どんな人なんですかねぇ?」
「さあな。だが、互いに愛し合っているのなら問題ないんじゃないか?」
あれでフリーだったりすると、ゴロライ中の独身男性の間で骨肉の争奪戦が勃発しかねなかったわけだが、とりあえずその懸念はなさそうだしそこは良かった。だが中には決まった相手がいようとお構いなしに言い寄るような、倫理観に乏しい奴もいるのが実情だ。
そう、例えば第四小隊員のフラートなどは特にそう。言葉巧みに口説かれベッドに連れ込まれた挙げ句に弄ばれた、なんて被害の訴えが年に何件もあるのだから困ったものだ。
「……とりあえず、フラートは診療所には近付かせないようにしなくてはな」
「あー、あの人ホント女の敵ですもんねぇ。あたしもう顔も見たくないですぅ」
フィーリアも入隊直後に言い寄られて危うかった時期があった。まあその時は、過去に口説かれた経験のあるパッツィがすぐさま助けに入ったことで事なきを得たのだが。
「…………もしや、アーニーでは!?」
唐突に脳裏に閃くものがあり、パッツィは愕然とした。
そう、アーニーならばあの天使さまとお似合いなのでは!?
「……えっ?」
「まさか……いや、そんな……だけど」
思えばアーニーだって他所からの流れ者なのだ。彼がゴロライの町に住み始めて少なくとも5年は経つが、アーニーよりも少しだけ若く見えた天使さまはその頃おそらく10代前半だったはずで、きっと駆け落ちするのも難しかったことだろう。
それが今になってようやく、成人してひとりで考え行動できるようになってから、満を持してやって来たのだとすれば。
「あのー、分隊長……?」
いや、そうだ。きっとそうに違いない。
アーニーも普段は着飾ったりしないが、あれでよく見たら市井の若者としては類を見ないほどの美形で、王都でイケメンを飽きるほど見てきたパッツィでさえ思わず目を惹かれるほどなのだ。もっと若かった頃はそれは可愛らしい美少年だったはずで、あの天使さまが惚れたとしても驚くに値しない。
「……そう、そうよ!きっとそうに違いないわ!」
「だからぁ、何がですかぁ?」
おそらくアーニーは追放されたか何かで、成人直後に身ひとつでこの町まで逃れてきたのだ。そして彼女、クレイルウィとももう会えないと諦めて、それでも腐ることなくこの町で頑張っているのだろう。
私に告白してくれたのだって、彼女を諦めたことの裏返し!私への同情なんかではなく、諦めきれない彼女への想いを振り切ろうと頑張っていたのね!でもその彼女が追ってきてくれたと知ったなら、彼きっと泣いて喜ぶはずだわ!
「こうしてはいられないわ!彼に知らせてあげないと!」
「ちょっと分隊長ぉ!?そんなに急いでどこ行くんですかぁ!?」
突然立ち止まりブツブツ言い出した挙げ句に急に走り出したパッツィに、微塵もついて行けてないフィーリアが慌てふためく。その彼女の問いかけに「酒場だ!」とだけ返して、パッツィはあっという間に酒場のある中央広場の方に駆け去って行ってしまった。
「酒場って、分隊長……晩食にはまだ少し早くないですかぁ……?」
独り取り残されたフィーリアのその呟きは、茜色の濃くなる空に虚しく消えていったのだった。
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