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一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】
17.勘違いと暴走の結果
しおりを挟む「うわああああああん!」
すっかり陽も暮れてしまったあとの酒場で、人目もはばからず大泣きしているのはなんとパッツィであった。
周りには飲み干された空のジョッキがいくつも並び、食べ散らかした料理の皿も何枚もある。その真ん中でテーブルに突っ伏して、彼女が声を上げて泣いているのだ。
「分隊長さん、もう元気出して下さいよ」
「だってぇ!うわああああん!」
普段とは違う意味で女らしさが微塵もない。いやこの場合はむしろ淑女らしさと言ったほうが適切だろうか。
「ひっく、だって、黒烏に誓ったのに負けてしまったのよおおおお」
黒烏は現在のカムリリア国邦の中央騎士団の名であり、かつてのポウィス王国、つまりパッツィの出身国の騎士団の名でもあった。彼女の生家カースース侯爵家は旧ポウィスの黒烏騎士団の中核を成していた武門の家系である。
つまりパッツィが黒烏に誓ったのは、カムリリア人だからというだけに留まらなかった。生まれるずっと前に統合消滅してしまった国だがそれでも祖国であり、その祖国と生家の誇りに誓ったからこそのあの文言だったのだ。
「負けちゃったのは残念ですけど、でも正々堂々って誓いは守ったんでしょう?」
そして、そんな彼女の隣に座ってその背を撫でて慰めているのはアーニーだ。彼女が泣き始めてから放してもらえず、ずっと彼女の相手をさせられているのだ。
まあその割に嫌がる素振りはないし、言葉の端々に心底からの気遣いを見せているからこそ、パッツィが珍しく甘えているのだろうけれど。
ちなみに、アーニーを取られたことで普段の倍以上の忙しさになっている猫人族のミリからはときおりものすごい視線が飛んでくるが、パッツィは全く気付いていないしアーニーは苦笑しつつも無視している。
というかまあ、酒場に慌てて駆けて行った彼女が何故こんな状態に陥っているのかと言えば。
「診療所の新しい子、ですか?僕はまだ会ったことはないですけど、とっても気立てが良くて綺麗な子なんだそうですね?」
アーニーが天使さまことクレイルウィを「知らない子」だと言い切ったからだ。
「え……アーニー、知らない子なのか?」
「はい。ありがたいことに健康な身体に育ったから僕は風邪ひとつひきませんし、診療所にお世話になったこともないんです」
「だ、だが、アーニーは確かアングリアから来たと言っていただろう?」
「確かに僕はアングリアの出身ですけど、両親はもう亡くなってますし、向こうに残ってる知り合いはずっと会えていない祖父しかいないんです」
「で……でも、この町に来る前に心を許していた女性とか⸺」
「そんな人いませんよ。僕この町に10歳の頃から住んでますし、大事な人といえば引き取ってくれた今の家族と、それ以外には分隊長さんだけです」
「10歳からこの町に住んでるの!?私が来るより前からじゃない!」
そこまでやり取りしてパッツィが思わず赤面したところで、近くで話を聞いていた酔客のひとりから「隊長ちゃんよォ、診療所のあの天使、あれでカムリリア人なんだってよ。本人がそう言ってたから間違いねえよ」と聞かされて、全部パッツィの早とちり、誤解だったと判明したのである。
そこから恥ずかしさを紛らわすためにエールを呷り、今日の模擬試合の話を始め、そうすると今度は負けた悔しさが込み上げてきて、愚痴り始めたら止まらなくなったのだ。
そうして今や立派な“絡み酒パッツィ”の出来上がりである。そこからさらに進化して、ヨシヨシしてくれるアーニーの優しさに甘えきった泣き上戸が爆誕したのであった。
「んまあ、大丈夫かしらと思って様子を見に来てみたけれど……」
「こりゃ処置無しってやつだな」
「分隊長って案外泣き上戸だったんすね。⸺うわ『抱っこして』とかせがんでら」
「それで抱っこしてあげるんだ。アーニーさんってば優しいなぁ」
そしてパッツィは、その姿を酒場にやって来たトラシュー、オーサム、ウィット、フィーリアらにバッチリ目撃されたことに気付かなかった。4人が声をかけずにそそくさと退散したので尚更だ。
ちなみにトラシューは、訓練時には通常業務に回っていてその場にはいなかったため、後から顛末を聞いただけである。
結局パッツィは閉店まで飲み続け、またしても泥酔寝落ちしてアーニーに送ってもらったのだった。
そうして翌朝になり、またしても「やってしまった……」と頭を抱えるハメになったのは言うまでもない。
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