騎士隊長と給仕の彼〜女らしくない私なのに、どうしてこの子は執心してるの!?〜

杜野秋人

文字の大きさ
23 / 28
二章【“天使”なふたりの大騒動】

04.アーニー、“天使”と出会う(2)

しおりを挟む
【お知らせ】
昨夜の投稿から約1時間で若干の修正を入れました。看護助手リーダーさんの名前を「モドゥリブ」から「モズリブ」に変えています。


 ー ー ー ー ー ー ー ー ー


「おーい、クレイちょっと来ておくれ」
「はーい!」

 モズリブに呼ばれて現れたのは、とんでもない美貌の美少女だった。

「昨日教えた通り、アルコールの瓶詰めをやっとくれ。今度は樽ごとひっくり返すんじゃないよ」
「昨日は本当にごめんなさい。⸺あら、姐さんお客さんですか?」
「ああ。ってそういや会うのは初めてかい?」
「そうですね、初めてお会いする方です」

 美少女がアーニーを見て小首を傾げる。アーニーの方でも見覚えがない顔だが、ここ数日間の酔客たちの話題がほぼそれで独占されていたからすぐ分かった。この子が“診療所の天使”と呼ばれている子だろう。

「どうも、アーニーと言います。普段は酒場で給仕をやっています」
「わたし、クレイルウィと申します。先日からこの診療所で働かせてもらっています。あなたがアーニーさんなんですね」
「はい。⸺え、誰かから僕のことを聞いていたんですか?」
「聞いていたというか、先輩の皆さんがカッコいいって口を揃えて言ってましたから」
「えっ」
「ちょっとクレイ、余計なことお言いでないよ」

 娯楽の少ないゴロライの町では、若い娘たちの興味はもっぱら「誰がイケメンか」である。それは診療所の助手たちも同じであり、そして若い娘はいわゆる恋バナが大好きだ。
 そんな娘たちの話題に上る「町のイケメンランキング」の上位を独占しているのが、分隊の第四小隊⸺通称“イケメン部隊”と“酒場のアーニーくん”である。中でも、ある程度年齢を重ねた20代から30手前くらいのお姉様がたに人気なのが第四小隊長のスタッドで、10代から20歳前後の若い娘に人気なのが、第四小隊の若手騎士ネイサニエルとアーニーだ。
 ちなみに、興味ないフリをしているがモズリブはスタッド推しである。一方のクレイルウィは、普通ならアーニーを気に入りそうなところだが。

「聞いていた通り、とってもイケメンさんなんですね!」
「ええと、ありがとうございます」
「でも、ごめんなさい。わたし、もう心に決めた人がいるんです」
「あ、そうなんですね」

 まさかの彼氏持ちであった。

「え、そうなのかいクレイ?」
「はい。実はこの町にも彼を追いかけて来たんですよ」
「おいおい、クレイみたいな可愛い子に惚れられるなんて、一体どこの果報者だい?」
「えー、それはナイショです♡」

 ナイショと言われれば気にはなるが、少なくともこの時点でアーニーにとってクレイルウィはと確定した。町中で追いかけ回されたり、酒場にラブレターを持って突撃されたりする事がないのなら安心だ。

「そうなんですね。実は僕もずっと片想いしている人がいるんです」
「えー、誰なんですか?知りたいなあ」
「こらクレイ、自分は明かさないのに人の想い人を聞き出そうとするんじゃないよ」
「あっ、それもそうですね。えへっ」

 分隊長のパッツィさんなんです、と口走る前にモズリブが釘を刺してしまったので、アーニーはパッツィの名を出さなかった。酒場で公開告白なんてやってしまった以上は町中で噂を拾えばすぐ分かるだろうが、この場で言う必要はなさそうだ。
 だから代わりに、アーニーはクレイルウィにエールを送る。

「その人と上手く行くといいですね」
「あっ、わたしは……その、もうカレとはお付き合いしてて」
「「えっ」」
「もうわたしのお母さんもカレと会ってて」
「「えっえっ」」
「でも、この町にいるお兄ちゃんにバレたらすっごく面倒になりそうでぇ」
「「あー……」」
「なので、誰とお付き合いしてるかはナイショなんです。うふふっ」

 別に聞き出したわけでもないのに投下された情報量が多すぎる。こんな天使さまかと見まごう美少女にもう彼氏がいて、母親公認で、しかもお兄ちゃんまでこの町に!?
 こんな美少女に惚れられているのが誰なのかも気になるが、それ以上に“兄”が誰なのか。これほどの美少女の兄ならばやはり絶世の美男子イケメンなのだろうが、果たしてそんな男性がこの町にいただろうか。
 アーニーとモズリブは無言のまま、互いに顔を見合わせる。どっちの顔にも心当たりがないと書いてあった。

「クレイ、そのお兄ちゃんとやらも内緒なのかい?」
「そっちは言ってもいいですけど……多分信じてもらえないかなぁって」
「そんなこと言われたらますます気になるじゃないか。差し支えなければ教えとくれよ」
「教えたとして、信じてくれますか?」
「信じるともさ。早く教えとくれ」

 急かされたクレイルウィは一旦言葉を切って、心持ち深呼吸したように見えた。兄の名を出すだけで覚悟を決めたように見えるのは、きっと今のやり取りを経て兄の名を出して、それでも信じてもらえた試しがなかったりしたのだろう。

「わたしのお兄ちゃん、実は分隊に勤めてるモルヴランなんです」
「「……は?」」
「ああーほらもう、また信じてもらえない……」
「「えええええ————!?」」

 そりゃ信じろと言う方が無理である。だってクレイルウィとモルヴランとはのだから。
 クレイルウィは波打つような輝く長い金髪と、深い海の色のような濃い青の瞳が美しく、毛細血管まで透けそうなほど白い肌に華奢な体躯の、まさしく天使か美の女神かという凄絶な美しさの超絶美少女なのだ。
 それに対して第三小隊のモルヴランは、無数のあばたが広がる醜い顔で肌も浅黒く、灰味がかったくすんだ頭髪の生え際まで後退していて年齢よりもずっと老けて見えるのだ。背もせむしを患ったように丸まり、ただでさえ小柄な体躯がさらに小さく見える、そういう男なのだ。

「信じてもらえないのも仕方ないですけど、わたしもお兄ちゃんもちゃんとケリドウェン母さんの子なんですよ。ただ、お父さんが違うんです」
「そ、そうなのかい……」
「って、お母さんがケリドウェンって……」

「「き、“霧の魔女”——————!?」」

 霧の魔女とは、カムリリアの昔話にたびたび登場する伝説の魔女の名である。大抵は悪者を懲らしめる良い魔女として描かれるが、老婆だったり妖艶な美女だったりと外見の描写は様々だ。

「あ、お母さん、チェスターバーグの実家でいつもゴロゴロしてますよ。たまにどこか出かけてるみたいですけど」
「チェスターバーグに住んでるの!?」
「だから情報量が多すぎるって!」

 童話や伝承上の存在だとばかり思っていたのに、まさかの実在人物だったとは。
 もはやどこからツッコんでいいかも分からなくなったアーニーとモズリブであった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女は秘密の皇帝に抱かれる

アルケミスト
恋愛
 神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。 『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。  行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、  痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。  戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。  快楽に溺れてはだめ。  そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。  果たして次期皇帝は誰なのか?  ツェリルは無事聖女になることはできるのか?

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

初夜った後で「申し訳ないが愛せない」だなんてそんな話があるかいな。

ぱっつんぱつお
恋愛
辺境の漁師町で育った伯爵令嬢。 大海原と同じく性格荒めのエマは誰もが羨む(らしい)次期侯爵であるジョセフと結婚した。 だが彼には婚約する前から恋人が居て……?

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

虫ケラ扱いの男爵令嬢でしたが、牧草風呂に入って人生が変わりました〜公爵令息とはじめる人生の調香〜

もちもちしっぽ
恋愛
男爵令嬢フレッチェは、父を亡くして以来、継母と義妹に粗末に扱われてきた。 ろくな食事も与えられず、裏庭の木の実を摘み、花の蜜を吸って飢えをしのぐ日々。 そんな彼女を、継母たちは虫ケラと嘲る。 それでもフレッチェの慰めは、母が遺してくれた香水瓶の蓋を開け、微かに残る香りを嗅ぐことだった。 「あなただけの幸せを感じる香りを見つけなさい」 その言葉を胸に生きていた彼女に、転機は突然訪れる。 公爵家が四人の子息の花嫁探しのために催した夜会で、フレッチェは一人の青年に出会い、一夜をともにするが――。 ※香水の作り方は中世ヨーロッパをモデルにした魔法ありのふんわり設定です。 ※登場する植物の名称には、一部創作が含まれます。

処理中です...