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後編:学び、そして世に活かせ
しおりを挟む「し、手話!?」
そうですわよ殿下。貴方が今までずっと「その手遊びを止めろ」とお怒りだったわたくしの手の動き。それこそが手話というものです。そして、あの焼き捨てろとお命じになった手話の教本は手話を読み解くため、わたくしが特に希望して作らせた手引書なのです。きちんと図解入りなのですよ?
まあそういう本ですので、あれは焼き捨てずにわたくしがきちんと保管しておりますけれどね。あれを原本として、複製して王宮の図書館をはじめ各所に頒布して回っているところです。
「おお、ヘレンよ。あれはそなたの手元にあるのだな?」
はい、陛下。
「良かったわ。あれをまた一から編集するとなると大変ですものね?」
はい、王妃陛下。あれはわたくしが初めてお役に立てた記念すべきものですので、焼き捨てるなどどうしてもできなかったのです。
「ええ、そうよね。思えばそんな大事なものをこの子に渡してしまうなんて、本当に愚かなことをしたものだわ」
わたくしのことを思って下さったがゆえのことですし、その点は両陛下に感謝しかございませんわ。
「ち、父上も母上も、誰と何を話しておいでなのですか………!?」
「………ああ、そなたには理解できんだろうな」
「貴方はそうやって、ヘレン嬢の言葉を理解しようともせず、今まで何ひとつ聞いていなかったのね」
殿下が仰るには、わたくしは“殿下にお返事も差し上げずに無視して愚弄した”のだそうです。だから婚約を破棄するのだと仰せでした。
「ああ、そうだな。望み通り婚約は破棄させてやろうとも」
「ええ、もちろん王家の有責で、ですわね陛下」
「無論だ」
「なっ、何故ですか!?ヘレンの有責に決まっているでしょう!」
殿下。この期に及んでもなおご理解頂けないのですか。
「王子よ。そなたには無期限の国内視察を命ずる」
「なっ………!?」
「国内各所を回り、民草や地方領主、兵士たち、老若男女多くの人に会って話を聞いて参れ。陳情を聞き入れ要望を受け、対策を練って施策を致せ」
「活動の成果は月に一度報告書として提出させましょう。進捗と成果がしっかり確認できるように」
「そうだな、それが良かろう」
「わ、私が何故国内視察など………!」
「そなたの見識があまりに狭すぎるからに決まっておろうが!広い世の中を見て回れ。そして真に国王に相応しき見識と度量を身につけるまで戻ってくることまかりならん!」
「そなたに付ける側付きの選定を至急進めます。それを終えるまで、そなたは部屋で謹慎していなさい」
「そ、そんな……!」
「これは王命である。逆らうならばそなたと言えども容赦はせぬ。よいな」
両陛下にそこまで申し渡されて、とうとう殿下は膝から崩れ落ちてしまわれました。視察に出向かれて、きちんと世の中の多くの理不尽を学んで帰って来られることをお祈りしておりますわ。
まあ、何年かかるか分かりませんけれどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれからおよそ1ヶ月後、殿下は側付きという名の監視役を何人も伴われて無期限視察の旅にお出になられました。
結局最後まで先天性障碍についてご理解頂けなかったようで、何やらブツブツと不満を漏らしておられたようですけれど、そんな調子ではお帰りはいつになる事やら。
わたくしはと言えば、新しい婚約者はおりません。
おりませんが、わたくしは今、大臣のひとりとして世の先天的、後天的を問わず障碍に苦しんでいる人々のため、様々な保護政策を立案させて頂いております。
そんなわたくしの側には、護衛兼手話通訳の騎士様がおられます。そう、あの時わたくしを擁護して下さった、あの騎士様です。
彼はあのあと、わたくしの作った手話の教本で一から手話を学ばれて、あっという間に会得なさり、今では健常者の皆様に同時通訳までして下さっています。まだ手話に不自由な大臣や官僚たちも多い中、本当に助けられています。
両陛下もわたくしの政策をお褒め下さり、力強く後押しをして下さいます。最近ではそれまで社会に出ることの少なかった女性たちにも有能な者がいるのではないかとお考えになり、積極的に登用を進められるとのこと。
わたくしも全く同じ考えでございます。“口がきけない”“女性”のわたくしがこうして能力を認めて頂けたのですから、きっと後に続く女性たちが現れると、わたくしは信じています。
我が国はより良い未来へ向かってたゆまぬ変革を進めてゆくことでしょう。
殿下、早く視察を終えてお戻りにならないと、もしかすると貴方様の継ぎたかった玉座もなくなってしまうかも知れませんよ?
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なるほど、引っかかってたのはそこでしたか。
ヘレンは言葉が話せないだけですよ。手帳は筆談用で、文字しか書いていませんが、王子は「(話せるはずなのに)わざわざ言葉を書いて意思疎通をはかる必要性がない」と思い込んでいるので、それで「どうせ絵でも描いてるんだろう」と思い込んでいます。
手話の教本については、王子が読みもせずに「必要ないから焼き捨てろ」と命じたことに対して、ヘレンは➀自分が口がきけないということを理解してくれない②口がきけない相手に対して意思疎通の必要性を感じてもらえない、の2点で王子に絶望しました。
それ以外のことでは大抵ほとんどのことでヘレンは王子の言うとおりに従っていますが、その絶望と悲しみ、それに手話の必要性をもっと多くの人に知ってほしいとの気持ちから、教本を焼かずに複製して頒布する意思を固めています。王子の周りでも多くの大臣や官僚たちが手話の必要性を説いてくれれば王子も気が変わるのではないかと期待を込めましたが、結局王子は変わらなかった、ということですね。
まあ王子は国内視察(自分の知らない現実があるということを学ぶこと)の必要性もまだ理解してませんから、結局ヘレンと理解し合える未来は最初からなかったのかも知れません。
ちなみに最後のヘレンのセリフですが、王政から共和制に国体が変わる可能性を示唆しています。現国王は王や貴族の特権階級の廃止も視野に入れていますが、そこも王子には理解できない点のひとつですね。
感想第一号ありがとうございます♪
実はヒントがすでに前編の中に散らばってますよ(笑)。中編の初っ端でいきなり答えが出てくるんで、推理してみて下さい( ̄∀ ̄)