「あんの愚弟ども!」次期皇帝は言った。~魔の森に飛ばされ城に戻る頃には、変な奴らばかり周りにいるんだが~

鈴白理人

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第一話 アリアンの結界

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 ──パリンッ。

 紫色の粉が、風に乗って弧を描いた。
 細いガラス管の破片が、まるでスローモーションのように東屋の大理石に落ちて散らばる。

 腐臭が喉を刺すより早く、アリアンは黒髪を揺らして立ち上がった。
「駄目……っ!」

 庭にいた護衛や侍女の顔色が一斉に変わる。
 即効性のある、命を奪う毒粉が浮遊した──

 直前。
 双子は、きらきらした目でポーチを探っていた。

「姉さま、今日は見せたいものがあるのです。ねーっ」
「ね、すごくきれいなんですよ。ねーっ」

 純粋な笑顔と共に差し出された二本のガラス管。
 一方は毒粉、もう一方は刻印の光る封印管──人の命を燃料にする移動魔法陣が封じられた大罪の道具。

「割ったらもっと綺麗なんです!」

「ていっ!」
「ていっ!」

 同時に振り下ろされ、白い光が弾ける。
 ブォン!という音と共に魔法陣が出現し、唸りを上げて回転を始めた。

 光柱に囲まれたアリアンは、咄嗟に双子を透明な結界で包む。
 侍女を、メイドを、そして護衛を──

 結界を張るたび、艶やかな黒髪がみるみる白くなっていく。
 それでも彼女は止まらなかった。
 解毒と治療の魔力を込め、やがて皇都中を覆い尽くす。

 雪のように白くなった髪が光柱に飲み込まれ──
 光を失った魔法陣ごと、アリアンの姿は消えていた。




 ◇ ◇ ◇




 その日、ガランド帝国の壮麗な皇太子宮では三日後に戴冠式を控えた皇太子の失踪で、上を下への大騒ぎとなっていた。

 その名は、アリアン・サシャ・クロヴィス・ル・シャトリエ・ガランド。
 実母の祖国の名まで抱えた長ったらしい名前だが、覚えるならアリアンだけで十分だ。

 第一皇女にして「皇太子」。
 苛烈な継承争いを圧倒的魔力で勝ち抜いた女傑。
 その黒髪は魔力量の証であり、美貌と共に憧れと畏怖を集めている。



 事の発端は、戴冠式の予行練習中に起こった暗殺未遂だった。


 鐘の音が広い戴冠の間で幾重にもこだまする。  
 次の瞬間、天窓越しに赤い影が落ちて、予行参列者は危機に気付いた。  

「──火球だ!」  
 誰かの叫びがこだまする。  
 空を裂くような轟音と共に、炎の塊が次々と降り注いだ。  

 熱風が祭壇まで押し寄せ、神官のローブがバタバタとはためいた。
 大司教が身をかがめ、家臣たちが慌てて席を立ち逃げ惑う。
 天井の彩色ガラスが砕け、破片が雨のように降り注いだ。  

 祭壇上のアリアンは一歩前に出る。  
 息を吸い込み、両手を掲げると──  目に見えぬ壁が爆音と衝撃を受け止めた。  

 炎が結界の外側を舐め、大聖堂全体を包み込もうとする。  
 彼女の額に光る汗が、一筋、床へと落ちた。
 
 アリアンは、護衛と近衛騎士たちが犯人を殲滅するまでの間、彼らを護りながら大聖堂ごと覆う巨大な結界を発動させて、魔力の一部を消費した。

 しかし、危機は終わらない。

 皇宮への帰り道、突如として通りが炎に包まれたのと同時に、何十人もの刺客が襲いかかった。
 悲鳴と怒号が入り混じり、瓦屋根が赤く崩れ落ちる。

 そこでもアリアンは魔力を込めた剣戟の火花を散らせ、市井の人々を護りながら自らも剣を振るった。

 

 戴冠式予行での暗殺未遂、市井での襲撃、そして──
 最後の“あの事件”がすべてを変えた。

 誰も知らない。
 無垢な双子が、ただ「姉さまに見せたかったもの」が、なぜ皇国を滅ぼす毒と禁呪だったのかを。
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