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儀式の刻
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その日は、一年の中でも特別な満月の夜。
聖都の空が澄み渡るその日、月神への儀式が執り行われる。
赤き兆しを帯びた月が天頂に至るとき、神託の光が降りると信じられていた。
祭壇の鐘が、聖都全域に静かに鳴り響く。
月が天頂に至るその刻。
エリシアは純白の衣を纏い、神殿奥深くの祭室へと歩みを進めていた。
誰も声をかけない。
それがこの儀式の重さを物語っていた。
両脇に控える巫女たちは目を伏せ、ただ祈りの姿勢を保つ。
神官たちの詠唱が、低く深く、空気を震わせるように響く。
この身が神託の器であるならば、せめて最後の想いは、愛した人のもとへ。
エリシアは一歩、また一歩と、月光の差す祭壇へと向かった。
(とうとうこの時が来てしまった。私はやはり……神の神託には背くことができなかった)
私は、未来を視る月の巫女。けれど今だけは、心で信じたい。
今、あの夜の言葉も、温もりも、すべてが‥‥嘘じゃないと、思えるから。
ノルディス、愛しています。あなたに出逢えてよかった。 最初に目が合った瞬間から、胸の奥が熱くなるのを感じました。 あれはきっと、魂が先にあなたを知っていたから。 ほんのわずかな時間だったけれど、あなたと過ごした日々が、どれほど私の世界を変えたか……。 あなたに出逢えたことで、この世に未練はなくなったの。
ただ一つ、願いがあるとすれば……その最期に、あなたを呼び、あなたを思いながら逝けること。
あなたが幸せであることを祈ります。
時は刻一刻と過ぎてゆく。神は待ってはくれない。
エリシアは月の巫女として、“神と結ばれる”という儀式の意味を知っていた。
それは祝福ではなく、命を代償に神託を降ろす。
人間界においては、静かな生贄となるという運命。
それでも彼女は、最後まで祈りを捨てなかった。
*
夜明け前、城の塔の上に立つノルディスは、冷たい風の中にただ一人たたずんでいた。
彼の視線はまだ見ぬ東の空を捉え、その先にある聖都を見据えていた。
そこには、エリシアが“神に捧げられる”という儀式が待っている。
それは彼にとって、愛する者の命が奪われるという現実以外の何ものでもなかった。
彼女が生贄となる運命を、ただ見過ごすことなどできはしない。 この手で、彼女を取り戻す。
そのために彼は、今ここに立っていた。
「……もう、引き返せない」
呟きは誰に向けたものでもなかった。
けれど、己の内側に向けて、鋼のように固めた決意だった。
老臣が足音を忍ばせて近づき、恭しく一礼する。
「殿下、ご出立の準備が整いました。王宮の警備は副将に任せております」
ノルディスは短く頷き、外套の裾を翻す。
「誰にも告げるな。これは、俺個人の意志だ」
「は……ですが、この地を離れれば、聖都との均衡が……」
「彼女が消えてしまう前に、俺は行かねばならん」
老臣が何か言いかけたが、ノルディスはその前に静かに言葉を継いだ。
「たとえ一騎であろうと、俺が行く。これは戦ではない……だが、それ以上の覚悟を背負っている」
その言葉に、老臣は言葉を失い、ただ深く頭を垂れた。
馬のいななきが、静まり返った空に小さく響いた。
ノルディスは鞍に手をかけると、最後にもう一度、振り返ることなく塔を見上げた。
(待っていろ。必ず、お前を連れ戻すお前のその涙も、祈りも、俺の胸に、腕の中に抱きしめるために。
ずっと、そうするために俺はこの命を使うと決めた。)
それが神殿と聖都を敵に回すことになろうとも。
祈りという名の死を、ただ見送るわけにはいかなかった。
その背にあるのが王国であるなら、前に立つものが神であろうと、もう恐れはしない。
だが内心では、剣を抜くことすら許されぬ“見えない敵”への苛立ちが渦巻いていた。
刀では斬れぬ教義と儀式の鎖。
それは、眼に見えぬ者や、形なき信仰に立ち向かうということ。
力だけでは届かぬ敵に挑むことの厳しさを、ノルディスは誰よりも痛感していた。
それでも、彼女を奪わせるわけにはいかなかった。
聖都の空が澄み渡るその日、月神への儀式が執り行われる。
赤き兆しを帯びた月が天頂に至るとき、神託の光が降りると信じられていた。
祭壇の鐘が、聖都全域に静かに鳴り響く。
月が天頂に至るその刻。
エリシアは純白の衣を纏い、神殿奥深くの祭室へと歩みを進めていた。
誰も声をかけない。
それがこの儀式の重さを物語っていた。
両脇に控える巫女たちは目を伏せ、ただ祈りの姿勢を保つ。
神官たちの詠唱が、低く深く、空気を震わせるように響く。
この身が神託の器であるならば、せめて最後の想いは、愛した人のもとへ。
エリシアは一歩、また一歩と、月光の差す祭壇へと向かった。
(とうとうこの時が来てしまった。私はやはり……神の神託には背くことができなかった)
私は、未来を視る月の巫女。けれど今だけは、心で信じたい。
今、あの夜の言葉も、温もりも、すべてが‥‥嘘じゃないと、思えるから。
ノルディス、愛しています。あなたに出逢えてよかった。 最初に目が合った瞬間から、胸の奥が熱くなるのを感じました。 あれはきっと、魂が先にあなたを知っていたから。 ほんのわずかな時間だったけれど、あなたと過ごした日々が、どれほど私の世界を変えたか……。 あなたに出逢えたことで、この世に未練はなくなったの。
ただ一つ、願いがあるとすれば……その最期に、あなたを呼び、あなたを思いながら逝けること。
あなたが幸せであることを祈ります。
時は刻一刻と過ぎてゆく。神は待ってはくれない。
エリシアは月の巫女として、“神と結ばれる”という儀式の意味を知っていた。
それは祝福ではなく、命を代償に神託を降ろす。
人間界においては、静かな生贄となるという運命。
それでも彼女は、最後まで祈りを捨てなかった。
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夜明け前、城の塔の上に立つノルディスは、冷たい風の中にただ一人たたずんでいた。
彼の視線はまだ見ぬ東の空を捉え、その先にある聖都を見据えていた。
そこには、エリシアが“神に捧げられる”という儀式が待っている。
それは彼にとって、愛する者の命が奪われるという現実以外の何ものでもなかった。
彼女が生贄となる運命を、ただ見過ごすことなどできはしない。 この手で、彼女を取り戻す。
そのために彼は、今ここに立っていた。
「……もう、引き返せない」
呟きは誰に向けたものでもなかった。
けれど、己の内側に向けて、鋼のように固めた決意だった。
老臣が足音を忍ばせて近づき、恭しく一礼する。
「殿下、ご出立の準備が整いました。王宮の警備は副将に任せております」
ノルディスは短く頷き、外套の裾を翻す。
「誰にも告げるな。これは、俺個人の意志だ」
「は……ですが、この地を離れれば、聖都との均衡が……」
「彼女が消えてしまう前に、俺は行かねばならん」
老臣が何か言いかけたが、ノルディスはその前に静かに言葉を継いだ。
「たとえ一騎であろうと、俺が行く。これは戦ではない……だが、それ以上の覚悟を背負っている」
その言葉に、老臣は言葉を失い、ただ深く頭を垂れた。
馬のいななきが、静まり返った空に小さく響いた。
ノルディスは鞍に手をかけると、最後にもう一度、振り返ることなく塔を見上げた。
(待っていろ。必ず、お前を連れ戻すお前のその涙も、祈りも、俺の胸に、腕の中に抱きしめるために。
ずっと、そうするために俺はこの命を使うと決めた。)
それが神殿と聖都を敵に回すことになろうとも。
祈りという名の死を、ただ見送るわけにはいかなかった。
その背にあるのが王国であるなら、前に立つものが神であろうと、もう恐れはしない。
だが内心では、剣を抜くことすら許されぬ“見えない敵”への苛立ちが渦巻いていた。
刀では斬れぬ教義と儀式の鎖。
それは、眼に見えぬ者や、形なき信仰に立ち向かうということ。
力だけでは届かぬ敵に挑むことの厳しさを、ノルディスは誰よりも痛感していた。
それでも、彼女を奪わせるわけにはいかなかった。
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