この愛がたとえ罪でも、あなたに出逢えてよかった。あなたをずっと愛しています。

吉乃

文字の大きさ
10 / 18

儀式の刻

しおりを挟む
その日は、一年の中でも特別な満月の夜。
聖都の空が澄み渡るその日、月神への儀式が執り行われる。
赤き兆しを帯びた月が天頂に至るとき、神託の光が降りると信じられていた。

祭壇の鐘が、聖都全域に静かに鳴り響く。
月が天頂に至るその刻。
エリシアは純白の衣を纏い、神殿奥深くの祭室へと歩みを進めていた。

誰も声をかけない。
それがこの儀式の重さを物語っていた。

両脇に控える巫女たちは目を伏せ、ただ祈りの姿勢を保つ。
神官たちの詠唱が、低く深く、空気を震わせるように響く。

この身が神託の器であるならば、せめて最後の想いは、愛した人のもとへ。

エリシアは一歩、また一歩と、月光の差す祭壇へと向かった。

(とうとうこの時が来てしまった。私はやはり……神の神託には背くことができなかった) 

私は、未来を視る月の巫女。けれど今だけは、心で信じたい。
今、あの夜の言葉も、温もりも、すべてが‥‥嘘じゃないと、思えるから。

ノルディス、愛しています。あなたに出逢えてよかった。 最初に目が合った瞬間から、胸の奥が熱くなるのを感じました。 あれはきっと、魂が先にあなたを知っていたから。 ほんのわずかな時間だったけれど、あなたと過ごした日々が、どれほど私の世界を変えたか……。 あなたに出逢えたことで、この世に未練はなくなったの。
ただ一つ、願いがあるとすれば……その最期に、あなたを呼び、あなたを思いながら逝けること。
あなたが幸せであることを祈ります。

時は刻一刻と過ぎてゆく。神は待ってはくれない。
エリシアは月の巫女として、“神と結ばれる”という儀式の意味を知っていた。
それは祝福ではなく、命を代償に神託を降ろす。
人間界においては、静かな生贄となるという運命。
それでも彼女は、最後まで祈りを捨てなかった。

*
夜明け前、城の塔の上に立つノルディスは、冷たい風の中にただ一人たたずんでいた。 
彼の視線はまだ見ぬ東の空を捉え、その先にある聖都を見据えていた。
そこには、エリシアが“神に捧げられる”という儀式が待っている。 
それは彼にとって、愛する者の命が奪われるという現実以外の何ものでもなかった。 
彼女が生贄となる運命を、ただ見過ごすことなどできはしない。 この手で、彼女を取り戻す。

そのために彼は、今ここに立っていた。

「……もう、引き返せない」

呟きは誰に向けたものでもなかった。
けれど、己の内側に向けて、鋼のように固めた決意だった。

老臣が足音を忍ばせて近づき、恭しく一礼する。

「殿下、ご出立の準備が整いました。王宮の警備は副将に任せております」

ノルディスは短く頷き、外套の裾を翻す。

「誰にも告げるな。これは、俺個人の意志だ」

「は……ですが、この地を離れれば、聖都との均衡が……」

「彼女が消えてしまう前に、俺は行かねばならん」

老臣が何か言いかけたが、ノルディスはその前に静かに言葉を継いだ。

「たとえ一騎であろうと、俺が行く。これは戦ではない……だが、それ以上の覚悟を背負っている」

その言葉に、老臣は言葉を失い、ただ深く頭を垂れた。

馬のいななきが、静まり返った空に小さく響いた。

ノルディスは鞍に手をかけると、最後にもう一度、振り返ることなく塔を見上げた。

(待っていろ。必ず、お前を連れ戻すお前のその涙も、祈りも、俺の胸に、腕の中に抱きしめるために。 
 ずっと、そうするために俺はこの命を使うと決めた。)

それが神殿と聖都を敵に回すことになろうとも。
祈りという名の死を、ただ見送るわけにはいかなかった。
その背にあるのが王国であるなら、前に立つものが神であろうと、もう恐れはしない。
だが内心では、剣を抜くことすら許されぬ“見えない敵”への苛立ちが渦巻いていた。

刀では斬れぬ教義と儀式の鎖。
それは、眼に見えぬ者や、形なき信仰に立ち向かうということ。
力だけでは届かぬ敵に挑むことの厳しさを、ノルディスは誰よりも痛感していた。
それでも、彼女を奪わせるわけにはいかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

今更、話すことなどございません

わらびもち
恋愛
父が亡くなり、母の再婚相手の屋敷で暮らすことになったエセル。 そこではエセルは”家族”ではなく”異物”だった。 無関心な義父、新たな夫に夢中で娘など眼中にない母、嫌がらせばかりしてくる義兄。 ここに自分の居場所は無い。とある出来事をきっかけにエセルは家族を完全に見限り、誰にも別れを告げぬまま屋敷を後にする──。

おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です

ワイちゃん
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!

佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。 「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」 冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。 さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。 優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

キーノ
恋愛
 わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。  ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。  だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。  こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、推しと穏やかに過ごしますわ。 ※さくっと読める悪役令嬢モノです。 2月14~15日に全話、投稿完了。 感想、誤字、脱字など受け付けます。  沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です! 恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

【完結】『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

処理中です...