この愛がたとえ罪でも、あなたに出逢えてよかった。あなたをずっと愛しています。

吉乃

文字の大きさ
11 / 18

赤い月の神の前で

しおりを挟む
神殿の祭室では、神官たちの詠唱がいっそう強く響き、月の光が天頂を貫いていた。
聖なる環の中央、エリシアは膝をつき、祈りを捧げる。
月光の下、神託を降ろすための儀が始まろうとしていた。

そのときだった。

「この儀式を止めろ──!」

神殿の扉が、大きく開かれた。

騎士の一団に続き、漆黒の外套をまとったノルディスが姿を現す。
神官たちのざわめきが一瞬で静まり返る。
彼の眼差しはただひとり、祭壇の中央にいるエリシアを見据えていた。

「彼女を、これ以上“月神”への供物として捧げるなど、俺は認めない」

その声に、老巫女が一歩前に出る。
「何をするつもりです、ノルディス殿。これは神託に従う正しき儀。侵入は罪となります」

「神の名で命を奪うことが、正義と言えるのか?」

ノルディスの声は怒りではなく、深い悲しみを帯びていた。

「エリシア、戻ろう。……もう、誰にもお前を捧げさせはしない」

沈黙が落ちる。
エリシアの瞳が、揺れながらも彼を捉えていた。

その胸に、ずっと願っていた想いがこみ上げてくる。 (本当に……来てくれた……)

詠唱が止まり、神殿に凍りついたような静寂が訪れた

その瞬間、月光がわずかに揺らいだ。
儀式の流れを断ち切ることは、神託を妨げ、神の怒りを買うとされていた。
神官たちの間にざわめきが走り、老巫女の目に、これまでにない緊張が宿る。

「神の導きが乱れた……これは兆し。破壊か、それとも新たな始まりか……」

その場の空気は、目に見えぬ力のうねりを孕みはじめる。
結界の力が一時的に揺らぎ、天井に満ちる月の気が、荒れるように軋んだ。

神託を阻むということは、信仰の根幹を揺るがす行為。
それは聖都にとって、宗教秩序そのものへの挑戦だった。

ノルディスの行動は、やがて王国と聖都の対立を決定づける火種となる。
だがそのとき彼の胸にあったのはただ一つ
エリシアを守る。それだけだった。


*

神殿の天蓋が揺らぐ。
天頂に昇りつめた赤い月が、神託の光ではなく不吉な影を神殿の奥へと投げかけていた。

詠唱が止まり、沈黙が訪れて久しい。
空気はぴたりと凍りつき、誰一人、次の言葉を発することができない。

ノルディスの叫びが、世界の歯車を狂わせたのだ。

「彼女を……神に捧げるなど、間違っている!」

彼の声は力強くも静かで、場のすべてを覆った。
しかし、老巫女の目は変わらない。

「ならば、お前は“神託”よりも、人の情を選ぶのか」

「選ぶとも。俺の剣が届かずとも、彼女のためなら──神にすら抗う」

ざわめく神官たち。
その中で、ひとりの若い神官が剣を抜きかけたが、老巫女が片手を上げて制した。

「ノルディス殿。神託は“絶対”だ。それを崩すことは、聖都の根幹を揺るがす」

「ならば……その根幹ごと、変えてみせる」

そのとき、天井の大理石にひびが走った。
突如、月光が強く差し込み、祭壇の奥で風が吹き荒れる。

神の怒り──あるいは、新たなる啓示か。

しかし、エリシアは立ち上がっていた。
ノルディスを見つめ、静かに手を伸ばす。

「もう、止めて。これ以上……悲しむ人が出ないように」

その声は弱くも、神託の厳しさや神官たちの意志をも静かに打ち破るほどに、真っ直ぐに響いた。

ノルディスがそっとその手を握る。

「ならば、共に歩もう。信仰も、運命も、共に背負う」

老巫女が口を開いた。

「もし彼女を連れてゆくなら……その罪は王としての未来にも影を落とすことになる」

「かまわない。俺は、彼女の命と心を守る王でありたい」

老巫女はわずかに目を閉じ、そして、静かに言った。

「……ならば、月神の加護に委ねましょう。裁きも祝福も、月神の御心に」

その瞬間、赤い月が柔らかな光を放ち始めた。
ひび割れた天井から差し込む光は、まるで赦しのようにふたりを包んだ。

静かに、神殿が沈黙する。 新しい“運命”の幕が、いま開こうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

今更、話すことなどございません

わらびもち
恋愛
父が亡くなり、母の再婚相手の屋敷で暮らすことになったエセル。 そこではエセルは”家族”ではなく”異物”だった。 無関心な義父、新たな夫に夢中で娘など眼中にない母、嫌がらせばかりしてくる義兄。 ここに自分の居場所は無い。とある出来事をきっかけにエセルは家族を完全に見限り、誰にも別れを告げぬまま屋敷を後にする──。

好きな人から好かれたい

Rj
恋愛
政略結婚した妻に片思い中の夫は妻から好かれることをあきらめない。 一話完結。『一番でなくとも』に登場したエドワードの話です。未読でも問題なく読んで頂けます。

【完結】『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

処理中です...