この愛がたとえ罪でも、あなたに出逢えてよかった。あなたをずっと愛しています。

吉乃

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赦しと風のはじまり

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静寂の中、ふたりを包む光が、ゆっくりと薄れていった。
神殿を満たしていた緊張がほどけ、空気が静かに揺らぎ始める。

「……赤き月が、穏やかな光を宿すとは……」
神官の一人が、呟くように言った。

それは、かつての記録にもない出来事だった。
月神の怒りが、赦しへと変わったのか。あるいは、このふたりの選択そのものが、神に試されていたのか。

老巫女は祭壇の奥へと歩を進め、ひとつの宝珠を捧げ持った。それは、神の赦しが下された証として、ふたりに授けるためだった。
それは神託の儀に用いられる「月の心臓」と呼ばれる聖石だった。

「ノルディス殿。エリシア。もはや、この地にあなたたちを留めることはできない」

「だが……この選択の先に何が待っているかは、誰にも分からぬ。神の赦しが永遠とは限らない」

ノルディスは一礼した。

「それでも構わない。この手で、彼女の未来を紡ぎたい。……神の声に背いても」

静かにエリシアが寄り添う。
その顔には疲れがにじんでいたが、どこか安堵の色が浮かんでいた。

「ありがとう、ノルディス様。……あなたの声が、ここまで届いてくれたこと、私は嬉しい。ずっと……信じていました‥‥」

その瞳には、涙の粒がわずかに浮かんでいた。
けれどそれは悲しみではなく、安堵と、深い愛情の証だった。
エリシアの表情は、夜明け前の空のように静かで澄んでいて──長い苦しみから解き放たれた者の、やさしい光を湛えていた。

ふたりがその場を後にしようとしたとき、祭壇を囲んでいた神官たちが一歩、前へと進み出た。
剣を帯びた若い神官のひとりが、焦りを隠しきれない面持ちで前に出る。「それでも……本当に、このまま彼女を連れて行くおつもりですか?」

その声には、動揺と困惑が滲んでいた。

「彼女は……聖姫です。月神に選ばれし存在を、こんなふうに手放すわけには……」

他の神官たちもざわめき始め、視線を交わしながら戸惑いを浮かべる者、反発の色をにじませる者もいた。

その場の空気が再び緊張を孕んだ。 

だが、老巫女が手をかざして制した。

「静まりなさい。神の光は、もはや怒りではなかった。これは……赦しなのです」

神官たちはしばらく沈黙し、やがて一人、また一人と頭を垂れた。

そうしてようやく、ふたりはその場を後にする。

外にはまだ夜の名残が残っていたが、地平の彼方には、うっすらと黎明の兆しが見え始めていた。

門の前で、老巫女が最後に声をかけた。

「この門の先は、神の加護なき地。今後あなた方が歩む道には、もはや神託の導きはありません」

ノルディスは振り返らず、ただ一言を残した。

「導きは、もう隣にある」

そしてふたりは、手を取り合って歩き出した。
誰のためでもない、自分たちのための未来へ向かって。

新しい夜明けが、ふたりの背をやさしく押していた。
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