鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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新たなる出発

若き日を想うとき

2人の出会いは偶然だった。

まだカタリーナが十四、ダリオが十六の頃。
リベルタ商会の支部で開かれた納品立ち会いの場で、見習い警備として配置されていたのがダリオだった。

その日は冷たい雨が降っていた。
濡れた床で足を滑らせかけたカタリーナを、ダリオが咄嗟に支えた。
それが、二人の最初の接点だった。

「……気をつけてください」

無愛想な言葉に、最初は少し腹が立った。
けれど、その視線には打算のない誠実さが宿っていて、何故か忘れられなかった。

それから数ヶ月、父の用事で商会に足を運ぶたびに、彼の姿を目にするようになった。
いつも黙々と働き、誰にでも同じ態度で接する。

けれど時折、ふと目が合ったときだけは、少しだけ表情が緩む。
そんな細やかな変化が、少女の胸に静かに染み込んでいった。

「……また会いましたね」
「俺はここで働いてるので」

そんな他愛もないやりとりを重ねながら、いつしか互いを意識し始めた。

やがて、商会の運営を学び始めたカタリーナに、警備記録の整理や報告業務の手伝いが任されるようになり、
その業務の中で二人は、自然と言葉を交わす時間が増えていった。

誠実な人柄、愚直なまでに真っ直ぐな言葉、不器用だけれど迷いのない態度。
そのすべてが、若いカタリーナには新鮮で、心を動かすものだった。

一方、ダリオにとってもまた、礼儀正しくも好奇心を隠しきれないカタリーナの存在は、眩しくも愛おしかった。

年齢差も小さく、立場は違っても、同じ空間で笑い合えた時間は、ふたりにとって確かな絆を育んでいった。

「もしも、もっと大人だったら。もっと立派だったら。
あなたの隣に立てるでしょうか」

そんなダリオの一言が、婚約のきっかけだった。

カタリーナの両親は驚きつつも、誠意と覚悟のこもった彼の態度を受け止めた。
家格に見合うとは言えないが、誠実さを信じたい。
そう言って、若きふたりの婚約を認めてくれたのだった。

短く、そしてかけがえのない婚約時代。

花を見に出かけた春の午後。
ささやかな誕生日の贈り物。
雨宿りをした軒下で、そっと交わした指先。

それらの記憶は、今もカタリーナの胸の奥に、色褪せることなく残っていた。

でも、現実は夢のようにはいかなかった。

あの頃、ダリオの努力は確かに胸を打つものだった。
けれど同時に、未来への不安が常に心に影を落としていた。

身分の違い、家の期待、自分たちの力ではどうにもできない社会の壁。

そして隣国周辺との戦争が始まり、突然の召集令が届いた。

「すぐに戻る。必ず、戻ってくる」

あの朝のダリオの声と、強く握りしめた手の感触は、今でもはっきりと覚えている。

いつ帰ってこられるのか、生きて帰ってこられるのか。
ただ、ただ「生きて帰ってきて」と願うしかなかった。
その想いだけで、胸が押しつぶされそうだった。

けれど、その約束は果たされなかった。
激化した戦争によって、帰還の時期は一年、また一年と延びていった。
やがて、ダリオの消息が途絶えたという知らせが届いた。

その日からは、絶望しかなかった。

彼がどんなに誠実でも、どんなに願っていても、
あの時の自分には、何かを信じて待つ強さも、周囲に抗う勇気もなかった。

結婚なんて考えられない。
ダリオ以外の誰かと人生を共にするなんて、想像もできなかった。

夜がくるたび、彼の名を、そして彼と共に過ごした日々を思い出しては、毎晩のように涙を流していた。

****

今こうして彼の姿を再び目にするたび、
胸の奥にわだかまっていた想いが少しずつ溶けていくような気がしていた。

ダリオの声。仕草。微笑み。
あの日々にあったものと同じでありながら、どこか違っている。

年月を経て、彼もまた多くの経験を重ねてきたのだろう。

それでも、変わらないものが確かにある。
そう感じさせる何かが、彼にはあった。

カタリーナはそっとまぶたを伏せ、小さく息を吐いた。

(私たちは、今……どう向き合えばいいのかしら)

今さらすべてを取り戻すことはできない。
けれど、今の自分たちだからこそ築ける何かが、あるのかもしれない。

そんな予感が、静かに胸に芽吹いていた。


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