私の夫は昔愛した彼女を選んだ。さようなら旦那様、私は孤独に耐えられませんので家を出ます

吉乃

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43.静かに愛深まるふたり

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夏の終わり、侯爵家の中庭では白薔薇に代わり、薄紅のクレマチスが風に揺れていた。

その日、久しぶりに帰郷していたエドワードが、執務室の扉をそっと叩いた。

「失礼します。レオン叔父上……少し、お時間いただけますか?」

レオンは微笑みながら手元の書簡を置き、椅子から立ち上がる。

「もちろんだ。どうした?、エドワード」

エドワードはほんの少し迷ったように目を伏せ、それから真剣な眼差しでレオンを見つめた。

「母上のことです……僕は、ずっと考えていたんです。」
レオンは静かに頷いた。

「母上が、どれだけ一人で戦ってきたか。どれだけ自分を押し殺して、僕を守ってくれていたか。わかってきたつもりです。」
その言葉に、レオンの胸に小さく痛みが走る。

「でも……叔父上はそんな母上を、ずっとそばで支えてくれていた。僕が言うのは変かもしれませんが……あなたが、母上を幸せにするのにふさわしい方だと思っています。」
エドワードはまっすぐに言った。

「だから……叔父上。どうか、母上をお願いします。」
その言葉は、幼き日々を越え、少年が大人へと歩み出す覚悟と、母への深い敬意の現れだった。

レオンは目を伏せ、一度だけ息を吐き、それからしっかりと頷いた。

「ありがとう。お前がそう言ってくれることが何より嬉しい。」
レオンの静かな言葉に、エドワードは少しうつむきながら言葉を続けた。

「……僕、ずっと憧れてたんです。剣の腕も、人としての誠実さも、優しさも……レオン叔父上みたいな大人になりたいって。」

「でも、それ以上に……母上の笑顔を取り戻してくれたのが、何より嬉しかった。」

レオンは一瞬だけ目を見開き、それから静かに目元を綻ばせた。

「母上は、僕の前ではいつも強くあろうとしてた。でも、あの人がほんとうに“安らいでいる”って思えたのは、叔父上と一緒にいる時でした。」

少し照れたようにエドワードは微笑み、真っすぐにレオンを見つめる。

「だから……どうか、母上を幸せにしてあげてください。これは、僕のお願いです。」

レオンはしばし言葉を失い、それから静かに微笑んだ。

「エドワード、お前は本当に立派になったな。」

「俺は、これまでずっとお前とルシアの背中を見守ってきたつもりだった。でも、気づけば……俺の方が、お前たちに導かれていたのかもしれないな。」

そして、そっとエドワードの肩に手を置いた。

「約束するよ。ルシアを、そしてお前を、これからも俺は家族として、全身全霊で守り抜く。お前の願い、必ず叶えてみせる。」

エドワードはその言葉に、まっすぐ頷いた。

「……ありがとうございます、父上。」

その一言は、まだ慣れないけれど、心の底からの本音だった。

レオンは微笑をたたえながら、少しだけ目を伏せた。

「……その呼び方、ずるいな。」

部屋に、静かな笑いが満ちていく。

ふたりの間には、もう血の繋がりを超えた「信頼」という絆が、確かに築かれていた。

 


その夜、ルシアはレオンからエドワードの言葉を伝えられた。

白薔薇の咲くテラスで、静かに月を仰ぎながら、ルシアは胸の奥から湧き上がる想いを噛み締めていた。

「……あの子が……そんなことを……」

「ああ。エドワードが、あなたの幸せを願っていた。」

レオンの言葉は、優しく心の扉を叩く。

ルシアはゆっくりとレオンの方へ向き直った。

「私……ずっと怖かったの。誰かを信じることも、頼ることも、愛されることも……でも……」

震える手をそっとレオンの掌に重ねる。

「レオン。私も……あなたと共に歩んでいきたい。これからの人生を、あなたと共に。」

レオンはその手を包み込み、静かに、深く頷いた。

「君がそう言ってくれる日を……ずっと待っていた。」

ルシアがそっと微笑むと、レオンはその姿を見つめながら、ゆっくりと膝をついた。
彼女の手を丁寧に取り、その手の甲に、深い敬意と想いを込めて口づけを落とす。

「……これから先、どんな困難があっても、君の手を離さない。君の涙も、笑顔も、すべて共に分かち合いたい。」

レオンの瞳は真っ直ぐにルシアを見つめていた。
「ルシア……君と見る未来を、これから一緒に築いていきたい。」

その言葉は、彼のこれまでの沈黙のすべてを語るかのように静かで、けれど力強かった。

ルシアの瞳に、熱いものがじわりとにじんだ。
(この人となら……この人になら、もう一度“幸せ”を信じてみてもいいかもしれない。誰かの胸に、自分の心を預けることの温かさを……)
彼女はそっと彼の手を握り返し、小さく頷いた。

夜空の下、二人の誓いは静かに結ばれ、
過去の痛みを乗り越えて、新たな絆がそっと芽吹いていった。


ルシアがレオンの手を取ったのは、それがただの感情だけではなく、確かな「決意」となったのは、
あの夜、息子エドワードが真っ直ぐに告げた言葉が、心に深く届いていたからだった。

(「母上……レオン叔父上と幸せになって」)

その言葉には、少年が母を心から思いやるまっすぐな想いと、
彼自身が育てられた日々の温かさ、そして見守られていた安心が滲んでいた。

(あの子の心が、私を……この道を認めてくれている)

ルシアはそっと、レオンの手を包み込むように握った。
その指先に伝わる温もりが、これからの道を照らしてくれる気がした。

「……ありがとう、レオン。私……やっと、信じてみようと思えるの。
この人生に、もう一度、温かな未来があるって。」

レオンは目を細め、深く頷いた。
「君の歩幅に合わせて、いつまでも隣にいるよ。」

満天の星がきらめく中、静かに手を取り合う二人。
その姿は、過去の痛みに蓋をするのではなく、それを抱いたまま、
新たな明日を選び取ろうとする“優しさと強さ”そのものだった。

そして、二人の心の中には、それぞれの大切な存在。
エドワードという名の灯火が、揺るがぬ希望として灯っていた。
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