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◆プロローグ◆
Prologue
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その日の夜――十八時を回った頃。
とうとう、第二十二層の隔絶が始まった。
混乱を避けるため、周囲には立ち入り規制が敷かれている。
俺は鉄でできた防水壁を閉める作業に加わる。
壁の向こうからは、一方的に死を強要された者達の阿鼻叫喚が聞こえてきた。
防水壁を閉め終わると、万一の反乱の際に民衆を抑え込むための警備係として、指定された配置につく。
規制線を越え、警備隊と揉み合いになる民衆たちを横目に、俺はため息をついた。
俺とて、望んでこの仕事をしているわけではない。
しかし、世の中には"仕方のないこと"というものがが存在して。
たまたまそれが、「下層民を殺す」ことだったというだけの話なのだ。
ああ、胸糞が悪い。だが、下層上がりの俺が上の命令に背くわけにもいかねぇんだ、許してくれ。
口の中に苦いものが広がったような気がして、地面に唾を吐き捨てた。
すると、さっきまで防水壁の向こうに親戚がいるだのと怒鳴り散らしていた中年の女が、警備隊の包囲を掻い潜って俺のもとへ駆けてきた。
「アンタさっきから一体どういうつもりだ!」
抵抗しない俺の胸ぐらを掴んで吠えたててくる。
マズったな。ため息をついたり、唾を吐き散らしたりしたところを見られたらしい。
「申し訳ございません」
「謝ればいいって問題じゃないだろう! 仕事だからって人殺しにゃ変わらねぇんだよ!」
婆さんの怒りももっともだ。しかし、このフロントには、全員を生かすほどの余裕がもう残っていない。
螺旋隧道型地下人工都市――ジオフロント。
核によって破壊し尽くされた地上から、人間が生き延びるために作った地中都市。
これが各地に点在しており、それぞれのフロントに、およそ数万人が住んでいるといわれている。
しかし、地上と隔絶され、他のフロントとの物資移動もままならない閉鎖空間では、次第に問題が起き始めた。
食料不足。
閉鎖空間ならではの、環境汚染。
そして極めつけは地下水位を下げるポンプの老朽化問題だ。
諸事情によりポンプを修理する術を持たないこのジオフロントは、寿命を伸ばす悪あがきこそ許されるものの、もはや皆で心中を図る巨大要塞という運命からは逃れられない。
今まさに行われている"下層を見捨てる"政策も、結局は時間稼ぎでしかないのだ。
……とはいえ、人間ってものは自分が可愛い生き物だ。関係のない少数の犠牲には目を瞑るところがある。
しかし、誰しも自分や親類が死ぬとなれば理屈では理解しても抵抗するものなのだろう。
もう二分ほど経っただろうか。
目の前の婆さんがまだ吠えたてている。
いい加減、襟がシワだらけになるのでやめてほしい。
「アンタねぇ、聞いてんのかい!」
「アンタには人間の心ってもんが無いの?!」
いや、あるさ。ただ、上の命令に従わなくてはならないというだけで。
可能であれば、こんな憎まれ役なんざ今すぐにでも辞めてやりたい。
――だって、この下には、とうの昔に置いてきた俺の家族がいるのだから。
今となっては生きているのかさえわからない、ひとつ下の妹と、三つ下の弟が。
しかし、「俺だって、やりたくてやってるんじゃねぇよ」なんて、口が裂けても言えない。
本心と行動が著しく乖離していることなんざ、自分が一番分かっている。
俺のことを見かねた同僚が婆さんを連行していくのを見ながら、俺はやるせない気分になるのだった。
とうとう、第二十二層の隔絶が始まった。
混乱を避けるため、周囲には立ち入り規制が敷かれている。
俺は鉄でできた防水壁を閉める作業に加わる。
壁の向こうからは、一方的に死を強要された者達の阿鼻叫喚が聞こえてきた。
防水壁を閉め終わると、万一の反乱の際に民衆を抑え込むための警備係として、指定された配置につく。
規制線を越え、警備隊と揉み合いになる民衆たちを横目に、俺はため息をついた。
俺とて、望んでこの仕事をしているわけではない。
しかし、世の中には"仕方のないこと"というものがが存在して。
たまたまそれが、「下層民を殺す」ことだったというだけの話なのだ。
ああ、胸糞が悪い。だが、下層上がりの俺が上の命令に背くわけにもいかねぇんだ、許してくれ。
口の中に苦いものが広がったような気がして、地面に唾を吐き捨てた。
すると、さっきまで防水壁の向こうに親戚がいるだのと怒鳴り散らしていた中年の女が、警備隊の包囲を掻い潜って俺のもとへ駆けてきた。
「アンタさっきから一体どういうつもりだ!」
抵抗しない俺の胸ぐらを掴んで吠えたててくる。
マズったな。ため息をついたり、唾を吐き散らしたりしたところを見られたらしい。
「申し訳ございません」
「謝ればいいって問題じゃないだろう! 仕事だからって人殺しにゃ変わらねぇんだよ!」
婆さんの怒りももっともだ。しかし、このフロントには、全員を生かすほどの余裕がもう残っていない。
螺旋隧道型地下人工都市――ジオフロント。
核によって破壊し尽くされた地上から、人間が生き延びるために作った地中都市。
これが各地に点在しており、それぞれのフロントに、およそ数万人が住んでいるといわれている。
しかし、地上と隔絶され、他のフロントとの物資移動もままならない閉鎖空間では、次第に問題が起き始めた。
食料不足。
閉鎖空間ならではの、環境汚染。
そして極めつけは地下水位を下げるポンプの老朽化問題だ。
諸事情によりポンプを修理する術を持たないこのジオフロントは、寿命を伸ばす悪あがきこそ許されるものの、もはや皆で心中を図る巨大要塞という運命からは逃れられない。
今まさに行われている"下層を見捨てる"政策も、結局は時間稼ぎでしかないのだ。
……とはいえ、人間ってものは自分が可愛い生き物だ。関係のない少数の犠牲には目を瞑るところがある。
しかし、誰しも自分や親類が死ぬとなれば理屈では理解しても抵抗するものなのだろう。
もう二分ほど経っただろうか。
目の前の婆さんがまだ吠えたてている。
いい加減、襟がシワだらけになるのでやめてほしい。
「アンタねぇ、聞いてんのかい!」
「アンタには人間の心ってもんが無いの?!」
いや、あるさ。ただ、上の命令に従わなくてはならないというだけで。
可能であれば、こんな憎まれ役なんざ今すぐにでも辞めてやりたい。
――だって、この下には、とうの昔に置いてきた俺の家族がいるのだから。
今となっては生きているのかさえわからない、ひとつ下の妹と、三つ下の弟が。
しかし、「俺だって、やりたくてやってるんじゃねぇよ」なんて、口が裂けても言えない。
本心と行動が著しく乖離していることなんざ、自分が一番分かっている。
俺のことを見かねた同僚が婆さんを連行していくのを見ながら、俺はやるせない気分になるのだった。
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