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◆第一章◆
Episode05: 影を求めて
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クロノス。
神話で有名なこの名称だが、こと組織名称としての"クロノス"には、他にもいくつかの意味があると言われている。
――曰く、骸ノ巣。
地中都市はさながら墓のようである――とでも言いたげだ。
――曰く、畔ノ巣。
畔とは畔――田や湖、池といった水地と陸との境界を意味する。
まさに水に沈みゆくフロントを象徴する名前だろう。
――そんなことを考えながら、俺はある作戦を決行しようとしていた。
組織への背任行為、若しくは権力の濫用。
そう受け取られても、おかしくはない作戦。
その日――第二十二層が水没する一週間前、俺は組織に欠勤する旨を伝え、下層へとやってきた。
目的は、この前のガキ達に会うことだ。
検問に、名義を変えた職員証を提示する。
「調査員の方ですね。どうぞ、お通りください」
「(フン、ザルだな)」
ここまで雑なチェックしかされないのであれば、ホンモノの職員証で良かったかもしれない。
第二十二層に足を踏み入れる。
相変わらず、酷い臭いがした。
しばらく歩いていくと、以前と同じように笛が鳴り響き、ガキが集まってきた。
狙い通りだ。
「げっ、あのときのオッサン」
オッサン……か。
俺とてまだ23だ。そんなに年食った覚えもないんだがな。
俺が以前拳銃を持っていたのを思い出したのか、ガキ達が逃げようとする。
「ガキ、コレやるからちょっと待て」
用意していたゼニを見せてやった。
「……?」
「ちなみに、俺はこういう人間だ」
クロノスの職員証。別名義のニセモノだが、職業は偽っていない。
ガキ達が首を傾げた。
「うーん、ボク文字読めないからわかんないや」
「オレも」
仕方ないので、口頭で説明してやることにした。
「クロノスの人間だ」
「クロノ……ス?」
ああ、そうか。
こいつらは、生きることに必死で。
自分達をこの境遇に捨て置いた組織の存在を知らないんだ。
被支配層が恨むべき対象を知らない――。
それは何だか酷く悲しいことのように思われた。
「まあいい、答えてくれたらゼニをやる。正直に答えろ」
そう言って、俺はある二人の名前を出す。
「武東結良と武藤慎司――この名前に聞き覚えはないか?」
「ムトウ……ユラと、ムトウシンジ?」
「オレは聞いたことない」
「ボクもない」
「そうか……」
約束通りゼニを渡し、俺は下層を後にした。
* * *
結局、ガキ達の中に俺の家族を知る者は居なかった。
上層では一食分にもならない程度の額のゼニを、心から嬉しそうに、大事そうに握りしめたガキ達を思い出す。
「こんなもんで救えるんだな」
隆弘じゃないが、俺にもアイツらを助けたい気持ちがあるらしい。
それは、俺の中にあるなけなしの良心から来るものなのか、はたまた見捨てた弟妹への贖罪からなのか。
今の俺にはどちらとも判別がつかなかった。
神話で有名なこの名称だが、こと組織名称としての"クロノス"には、他にもいくつかの意味があると言われている。
――曰く、骸ノ巣。
地中都市はさながら墓のようである――とでも言いたげだ。
――曰く、畔ノ巣。
畔とは畔――田や湖、池といった水地と陸との境界を意味する。
まさに水に沈みゆくフロントを象徴する名前だろう。
――そんなことを考えながら、俺はある作戦を決行しようとしていた。
組織への背任行為、若しくは権力の濫用。
そう受け取られても、おかしくはない作戦。
その日――第二十二層が水没する一週間前、俺は組織に欠勤する旨を伝え、下層へとやってきた。
目的は、この前のガキ達に会うことだ。
検問に、名義を変えた職員証を提示する。
「調査員の方ですね。どうぞ、お通りください」
「(フン、ザルだな)」
ここまで雑なチェックしかされないのであれば、ホンモノの職員証で良かったかもしれない。
第二十二層に足を踏み入れる。
相変わらず、酷い臭いがした。
しばらく歩いていくと、以前と同じように笛が鳴り響き、ガキが集まってきた。
狙い通りだ。
「げっ、あのときのオッサン」
オッサン……か。
俺とてまだ23だ。そんなに年食った覚えもないんだがな。
俺が以前拳銃を持っていたのを思い出したのか、ガキ達が逃げようとする。
「ガキ、コレやるからちょっと待て」
用意していたゼニを見せてやった。
「……?」
「ちなみに、俺はこういう人間だ」
クロノスの職員証。別名義のニセモノだが、職業は偽っていない。
ガキ達が首を傾げた。
「うーん、ボク文字読めないからわかんないや」
「オレも」
仕方ないので、口頭で説明してやることにした。
「クロノスの人間だ」
「クロノ……ス?」
ああ、そうか。
こいつらは、生きることに必死で。
自分達をこの境遇に捨て置いた組織の存在を知らないんだ。
被支配層が恨むべき対象を知らない――。
それは何だか酷く悲しいことのように思われた。
「まあいい、答えてくれたらゼニをやる。正直に答えろ」
そう言って、俺はある二人の名前を出す。
「武東結良と武藤慎司――この名前に聞き覚えはないか?」
「ムトウ……ユラと、ムトウシンジ?」
「オレは聞いたことない」
「ボクもない」
「そうか……」
約束通りゼニを渡し、俺は下層を後にした。
* * *
結局、ガキ達の中に俺の家族を知る者は居なかった。
上層では一食分にもならない程度の額のゼニを、心から嬉しそうに、大事そうに握りしめたガキ達を思い出す。
「こんなもんで救えるんだな」
隆弘じゃないが、俺にもアイツらを助けたい気持ちがあるらしい。
それは、俺の中にあるなけなしの良心から来るものなのか、はたまた見捨てた弟妹への贖罪からなのか。
今の俺にはどちらとも判別がつかなかった。
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