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第十五話『浄化されるヘドロ』
しおりを挟む転校生にはクラスに入ってしばらくの間、人気者になりやすい期間がある。
それは初日だけかもしれないし、一週間ほど続くかもしれない。
印象が新鮮なうちに得た人気を、性格の明るさや運動能力などで維持し、仲間や親友をつくれる人もいるだろう。
でも、芸能人のようにチヤホヤされる期間というのは必ず終わるものだし、仮に本物の芸能人が転校してきたとしても、ずっとそこにいれば、いつまでも新鮮には感じないと思う。
彼女は不思議なくらい、いつまでも皆にチヤホヤされていた。
転入初日以来ずっと変わらない、休憩時間のたびに彼女の席をワイワイと囲む、クラスメイトの人山。
皆の目は、彼女への憧れでいつも、いつまでもキラキラと輝いていた。
うち何割かの男女には、憧れを超えた強い好意も見て取れる。
女子はともかく、男子と彼女が仲良く喋っているのを、僕は冷静に受け止められなかった。
焼窯に火が入るように、ゴウゴウと燃え上がる嫉妬の炎が、僕の心に建てられた平常心という名の城の建材を、あっという間に粉々の、消し炭へと変えていく。
彼女は誰にでも優しく、親しげに接するので、皆がそれを求めて集まる。
自分もその、彼女に群がっている大勢の一人なんじゃないのかと考えては、僕は悲しくなって俯く。
皆の輪に入っていかないのは、自分が彼女にとっての特別な存在だからだと思いたくて、でも思えずについ悶々とし、いつも最後には、彼女が僕の彼女だなんて、勘違いか思い込みではないかという考えにとらわれては、自信を失ってしまう。
彼女が一緒に下校するのは僕とだけだ。ほら、特別じゃないか。
でもそれは昨日までの幸運で、今日はもう違うかもしれないだろ?
だって見ろよ、ほら、あんなに楽しそうに笑って、男子とも仲良さそうにしてるじゃないか。
男子からの親切に喜び、彼女が笑って相手に触れると、その男子は溶けるようにデレデレと、だらしない笑顔になる。
僕だって実は、あいつと同じなんじゃないか?
自分が彼女にとって特別な存在だと確信するには、証拠が足りなすぎる。
昨日までと今日は違うし、さっきまでと今は違う。
彼女が急に、僕が無価値な存在だという真実に気付いたら?
他の男子と同じかそれ以下の、なにもないやつだと知ってしまったら?
それは決して、難しいことでも有り得ないことでもない。
今、隣りにいる、彼女を冗談で笑わせている男子と僕を、比べればいいだけ。
こっちのほうが楽しいし、顔もいいなと、当たり前の判断をすればいいだけ。
あんなに笑っていて楽しそうな彼女が、あの笑顔の瞬間に、僕なんかの存在を思い出すだろうか?
そんなの、誰かに教えてもらうまでもなく、思い出すわけがないとわかる。
思い出す理由もないし、それを望むほうがおかしい。
なんて簡単に、人は人にとって無価値になれるのだろう。
なんて簡単に、人は人の記憶から消えてしまえるのだろう。
休憩時間が終わり、先生が来て、彼女がチヤホヤから解放される。
僕に微笑みかけてくれるが、心が乱れてうまく笑顔が返せない。
どうしたの? 彼女の口が動く。
僕は慌てたようにブンブンと顔を振り、なんでもないよと伝える。
心配そうな、悲しそうな彼女の顔が辛くて、恥ずかしくて、視線をそらす。
腹が立っていた。
なにに? なんて考えることもできず、どうしようもなく。
うまくいかない。どうせ僕は、僕なんかに、彼女を好きでいる資格はない。
つい八つ当たりするみたいに、不機嫌に顔をそむけてしまう。
え、と彼女の驚いた表情が、視界のすみに残像をのこす。
ああ終わった。やってしまった。
彼女はこれっぽっちも悪くないのに、無視するような態度をとってしまった。
こんないじけたやつを好きでいられる人はいない。
僕が彼女なら、なんだこいつと呆れて、もうこんなやつとは喋らない。
とうとう、悲しい予感が現実になってしまった。
今日からもう、一緒に帰ってくれないのだろうな。
フーと、隣席から彼女のため息が聴こえた気がした。
やっぱりだ、呆れてる。
ごめんね、ごめんね。クソ、なんで僕は、こんななんだ。
でもムリだ、だって僕は、こんな、誰よりも魅力がないやつで。
クラスの男子の誰と比べても、ここが優れてると胸を張れるところもない。
外見も、成績も、運動能力も、性格も、なにもかも全部が、ダメで醜い。
今日ダメにならなくたって、きっと明日、明日じゃなければ明後日、いつか必ず嫌われる。
それがわかっているから、なにもなくても辛いんだ。
彼女と関わるのが辛い。
嫌われる未来しか見えないのに、好きでいるのが辛い。
もういい。
もういらない。
僕には、僕に相応しい生きかたがあり、そうするべきだ。
人気者に少しの間、好かれて、いい気になっていただけだ。
もとの自分に戻るんだ。
ちょいちょい。
制服の肘がつつかれ、つままれて、軽く引っ張られる。
え?
そっちを見ると、光るように白い彼女の手が、小さな紙切れを差し出していた。
受け取って、折りたたまれたそれを開く。
「好きなのは、沢村くんだけだよ」
文字までかわいい彼女の、小さな思いやりの手紙。
真っ暗闇を落下し続けていたような気分が、急上昇する。
どんよりとした濃いグレーの雷雲がゴロゴロと鳴いて心を覆っていたのに、急に嘘みたいに晴れ渡る。
クシャクシャに丸められた紙屑みたいだった僕の顔の悩み皺が、ピンと若々しく張っていくのがわかる。
彼女のほうへ、目を丸くして顔を向ける。
ほんのり頬をピンクにした恥ずかしそうな顔。
長くて黒い睫毛がぱちぱちと瞬きして、俯きながら僕を見上げる。
「しょげてちゃダメだぞ」と叱るように、頬を丸く膨らまして見せる。
すごい。
なんてことだ。
やばい、泣きそうだ。
腹の底から、マグマみたいにエネルギーがわいてくる。
たぶん今、本気でジャンプしたら、僕は成層圏を超え、宇宙空間まで飛び出て、どっかの銀河を永遠に彷徨うことになるだろう。
ネガティブが一周するとポジティブになることがある。
でもその回転力は、自分では生み出せないことが多い。
先生や両親など大人たちが、わかったような顔で慰めても同じで、ネガティブになってしまった心を回転させる力は、そうそう生まれたりしない。
彼女は、それを紙切れと鉛筆だけで、簡単にしてのけた。
それからも僕は、よくこんな風に、自分の情けなさに苦しめられた。
素敵すぎる彼女がいると、その事実を自信がなさすぎて公言できない自分が悪いのに、嫉妬心をどうにもできず、すぐ一人で悶々としてしまうんだ。
こんなどうしようもないブサイクのために、彼女は毎度、一撃で天上までのぼるほどの嬉しさを与えることで、励ましてくれる。
「僕には彼女がいる」と人に言えるようになるには、まだまだ時間はかかると思うけど、ほんの少しずつ、自信らしきものが、薄皮を重ねるように厚みを増していくのがわかる。
一緒に過ごす時間が彼女との関係を確信に変えていき、ぼくはいつしか彼女を「真織」と、名前で呼ぶようになった。
──つづく。
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