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第二十話『開花』
しおりを挟む卒業からまる4年が経った。
僕は自分でも意外なことに、完全な独りぼっちにはならなかった。
スマートフォンの通信アプリをつかい、昔のひとが遠距離恋愛でよくやっていたという〈文通〉のように、真織と交際を続けていた。
たまに都心のほうで待ち合せ、お茶を飲んだり図書館に一緒に行ったり、映画を観たりした。
いつも会うのが久々なので、少しよそよそしい雰囲気からスタートするデートは関係を進展させる余裕もなく、馴染んできた頃には終わってしまう。
駅まで彼女に送ってもらい、改札で手を振ってバイバイする。
専門学校を卒業した彼女は、それまでよりも倍くらい忙しくなった。
モデル事務所と契約し、少しずつ有名な雑誌などにも呼ばれるようになったが、服飾の専門知識や、デザインやアートをもっと学びたいと、また違う専門学校へと再入学して、勉強しながら仕事をしている。
睡眠時間を削られるほど多忙なので、なかなか僕と会う時間はとれない。
でも彼女はその貴重な空き時間を、僕のためにつかってくれている。
ここまでしてもらっておいて、寂しいなんてワガママを言ったら罰があたるよ。
だから僕はなかなか会えないことには一切文句は言わず、できれば画像か写真を送ってほしいと頼んだんだけど、珍しくキッパリと断られた。
本当は、二人で並んで撮った写真をフォトスタンドに入れて飾りたかったんだ。あまり彼女がそういうのをしたがらないひとだと知っていたので、僕としてはこれでも譲歩したつもりだった。むー、これもダメかぁと、返信を見てガッカリすると同時に、少し驚いた。
彼女は以前から、写真を撮るのを不思議なくらい嫌がる人だった。
デートで「プリクラを撮ろうか?」と誘うといつもはぐらかすし、もしかしたら写真が嫌いなのかもしれない。
いやでも彼女はモデルで、写真を撮られる仕事をしているのに、嫌いなんてことあるのかな?
そのへんはちゃんと聞いたことがないので、よくわからない。
あまりしつこくして気まずい関係になりたくない僕は、「えー、わかった」と、残念がりつつも、すんなりとその拒否を受け入れた。
僕はまだ、今も大学生だ。
彼女と比べたら、出遅れているなんてもんじゃないけど、恥ずかしいとか悔しいとかは思わなかった。
僕は自分を、人並み以下だと自覚している。
彼女は逆だ。並外れている。こーゆーのは競争じゃないのだろうけど、彼女より劣っているのは出会ったときからずっとだから、僕は僕のペースでいくしかない。
大学生活は、悪くない。というか素晴らしい。
同じ高校から同じ大学に行った、それも僕と同じように一浪したやつらがいて、入学してすぐに仲良くなった。
男4人だったグループに、ある日、仲間の一人が気の合う女友達を連れてきて、グループが5人になった途端、次々と仲間が増えていった。
たった数ヶ月で18人。一度に集まる場所を探すのが大変なくらい膨れ上がった。
サークルに入っていたひとはそっちを辞めて、こっちに来た。
どうせサークルだって息抜きの遊びみたいなものなのに、毎月会費を徴収されるのがバカバカしいと、サークル辞め組は口を揃える。
僕らはサークルでもなんでもないけど、どこに行くのも一緒だった。
旅行、飲み会、ゲーム、キャンプ、カラオケ、動画配信などなんでもゴッチャになったような、のんきな遊び仲間たちだ。
金のないやつが多いときは、金のかからないことをする。
皆で旅行へ行くときは、皆で金を稼いで行く。
仲間はどんどん増え、バイトなんかしなくてもその気になれば会社のマネゴトで稼ぐことができた。
人が集まると、それぞれが得意なことをするだけで、なんでもできるものなんだなと感動した。
僕らは出会いを求めるサークルとは違い、チームだった。
そりゃこんだけいれば、たまにカップルが生まれることもあるけど、ナイショで付き合うのはナシにしようと決めたので、団結力に影響はなかった。
幸運なことに、最初の20人くらいが皆いいやつばかりだったので、そこから先、変なのが入ってきそうになっても阻止できた。
あいつ、下級生を口説きまくって何人斬りしてるやつだよとか。
あいつ、酔っ払うとたちが悪いよとか。
あいつ、すぐマウントとるから嫌われてるよとか。
情報入手は異物の接近よりも早く、派閥とか面倒な人間関係が生まれることも、一切なかった。
どんなに人気者の美男美女でも、グループに悪影響がありそうなら、皆で知恵を出し合ってやんわりと断った。
どうしても僕らの仲間になりたくて、そいつは校内で有名な嫌われ者だったのに努力して変わり、別人みたいにいいやつになって皆に認められたなんて例もあり、そいつは仲間から「奇跡の男」と呼ばれた。
1年以上かけて仲間たちに信頼された「奇跡の男」は例外として、僕らは本当に仲良くなれそうなやつだけを選んだので、最初の半年くらいから先は、増えかたの勢いがどんどん衰えていった。
そこそこネガティブで、でも攻撃的でなく、人に優しくできるやつ。
新しい仲間にするかどうかはいつも多数決で決めるんだけど、仲間にしたいも、したくないも、だいたい満場一致だった。
普通、ここまで相性のいい仲間って3人から5人くらいがいいところだと思うんだけど、僕らは30人を超えても全員が親友だった。
僕は真織を、早く仲間たちに紹介したかった。
そして真織にも、仲間たちのおかげで僕が少しだけマシな人間になれたことを、胸を張って伝えたかった。
自分の人生なのに、脇役どころかエキストラでもない、観客席にも座れず、遠くからポツンと独りで自分という風景を眺めているような感覚だった高校時代と比べれば、じわじわと主役に近い位置に寄れていると思う。
銀河の外縁から、中心で輝く光の渦のなかへ。
全員が適度に卑屈なので、周りを見ているうちに、全員が適度に少しずつ自分に自信を持てるという、最高の環境のおかげだ。
見た目は美男美女なのに卑屈さは僕と変わらないって、なんでだ? と出会った当初は驚いたけど、彼ら彼女らの話を聞くうちに、性格というものは外見でなく、経験でつくられるのだということがわかってきた。
女の子たちが僕を、不細工なんかじゃないと励ましてくれた。
男の仲間たちは僕を頼り、尊敬してくれた。
ずっと真織だけが理解者だった僕が、今、独りでも堂々と振る舞えている。
人生が、かどうかはまだわからないけれど、順調だと思う。
なりたかった自分に、少しずつ近付けている気がする。
真織と少ししか会えなくても、毎回のデートの別れ際に笑って手を振れるのは、仲間たちのおかげだ。
真織と一緒に下校していたあの頃よりは、少しは堂々と、彼氏らしく振る舞えているのかなと思う。
──つづく。
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