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第二十一話『誰も知らない』
しおりを挟む「沢村って、彼女いるんだっけ?」
どきーん。あたふた。あたふた。
「いいいいいいいるけど?」
今日はまあまあ皆の懐具合がいい日だったので、居酒屋に行くことになった。
大人数の僕らはいつも、広い座敷部屋の大テーブルだ。
飲み始めて一時間くらい経った頃、左隣に座った神田さんがイキナリ変なことを訊くからビビった。
神田さんは一見すると大人しそうなのに、サバサバした男っぽい喋りかたをするひとで、女の子みたいなカワイイ顔の後輩男子と付き合っているらしいと、誰かが言っていた。
僕は真織を早く皆に紹介したかったのにできておらず、「彼女ガ彼女デス!」といつか二人並んで驚かせるつもりだったのが、急に今、こんな雑な感じでぬるっと白状することになってしまった。
「うおええっ⁉ マジで⁉ いつのまに⁉」
右隣に座るコンちゃんは同じ高校の同級生だった、大学で最初の友達の一人だ。彼も僕が真織と付き合っていることはまだ知らない。
クラスどころか学校中のアイドルだった真織と僕が付き合っていると知ったら、コンちゃんは大騒ぎするかもしれない。
そのくらいの大事だから、真織がいないところでそれを言ってしまうと、信じてもらえなそうで、ずっと言えなかったんだ。
コンちゃんの大声に反応して、それぞれ勝手に会話して飲んでいた皆がこっちを向く。
「なんだなんだ?」「サワに彼女だと?」「えーオメデトウ!」
それぞれにワイワイとリアクションをする。
言葉は肯定やら否定やら色々でも、顔はみな笑っていた。
急に話題の中心になってしまい、僕は戸惑った。
キラキラとした興味津々の瞳に囲まれる。
神田さんがゴホンとひとつ咳払いをして、右手をエアマイクにした。
「さあ沢村くんに、彼女の名前を発表していただきましょう!」
恋愛バラエティの司会者みたいに言い、エアマイクを僕に向ける。
「名前の後は当然、なんて呼び合っているのかも教えていただきますよ!」
笑いが起き、「トウゼンなのかよ」と誰かがツッコむ。
向けられたマイク(じゃないけど)に緊張して、口をパクパクする僕。陸に打ち上げられた魚のようになってしまった。
「もったいぶんなハゲ!」「早く言えば無罪にしてやる!」
ヤジが飛ぶ。それを聴いた皆がまた笑う。無罪て。あと僕はハゲじゃない。
「コンちゃんも知ってる子だよ」
いきなり発表する勇気がなくて、コンちゃんにワンクッション置いてみる。
「なぁーにぃーっ!」
コンちゃんがあっちを向いて、またこっちを向いた。
僕とコンちゃんが同時に、「やっちまったナーッ!」と大声を揃える。爆笑。
「誰だよバカ早く言えバカ、バカかおまえバカ」
コンちゃんが3回、僕の頭を叩く。4回目をブロックし、僕がコンちゃんの頭を強く叩く。大爆笑。
よし、もうじゅうぶん盛り上がったし、今日はもう、嘘だなで終わってもいい。またいつか、本人と並んで改めて発表しようと、僕は腹を決めた。
「な、ゴホン、夏木、真織さんだよ」気管が狭まって声が出ない。
一瞬の間があって、コンちゃんが「誰だそれ?」と聞き返した。
僕は彼がまたボケたのかと思って、透かさず頭をひっぱたいた。
パチンといい音が響く。
「イタイッ! ゴメンなさいッ! いやいやいや、違う違う違う」
コンちゃんが顔の前で手刀をメトロノームのように振る。
「だからぁ、夏木さんだって。コンちゃん知ってるだろ?」
「しいいいいぃ……らん!」爆笑。
「クラスメイトなのに⁉」爆笑。
「いやゴメン、マジで知らん」ややウケ。
「知らないワケないだろ、あの夏木さんだよ⁉」
「あのって、どの⁉」
「だから、同じクラスだって!」
「んん? いたかそんなの。ゴメン、すごい地味なひと?」
「ジ、バカ、メチャメチャ目立ってたわ!」
「どこで⁉」
「教室で!」
「いつ⁉」
「エブリデイ‼」
「リアリィ?」
「イエス! ユー、バカ!」
また僕がコンちゃんを叩こうとしたら、ブロックされてビンタされた。
「ノゥ! ユー、バカ!」鋭い動きで、僕の顔に人差し指を突き付ける。
しばらく「ユーバカ」の応酬が続き、誰かが「なんだよコントかよ」と呆れ声を発したのを機に、また皆はそれぞれの会話に戻った。
興奮して膝立ちになっていた僕とコンちゃんと神田さんの3人だけが、ポツンとのこされた。
「沢村、面白かったよ」
神田さんは僕の肩をポンと叩いて畳の上にお尻を落とし、胡座をかいた。
「おまえ、なんだよもう、本気にしちゃったじゃんかよ」
コンちゃんも笑って僕の背を叩き、ドスンと座る。
膝立ちは僕だけになってしまった。あれ? おかしいな。
「でもコンちゃん、ほんとは夏木さん、覚えてるよな?」
僕も座りながら、一応、クラスメイトとして最後に確認をする。
知らないわけがないけど、念の為だ。
コンちゃんは苦笑いして、「知ってるよ、サワの右手の名前だろ?」とビールを呷る。
下ネタで返された。あれれ? これはなんだ、冗談か?
僕は座敷を四つん這いで移動して、同じ高校だったヤマオのところまで行くと、同じ質問をぶつけてみた。
「は、誰?」怪訝な顔をされる。
「夏木さんだよ」ともう一度言うと、「いや、知らん」と首を傾げる。
おかしい。四つん這いでまた移動する。
もう一人、同じ高校だったリクの席に移り、同じことを訊く。
「わかんねぇ」の後、そこの輪の話題に僕を加えてくれた。
僕は虚ろな笑顔で参加したが、頭は混乱していた。
そんなバカな。
だってみんな、あんなに真織をチヤホヤしてたじゃないか。
僕はその輪から自然と抜け、元の席へと戻った。
「おかえり沢村、どした、顔色悪いよ?」
神田さんが少し酔った顔で声をかけてくれる。
「いや、大丈夫」
大丈夫じゃない。
「なんだよ、ホントは彼女いないってバレたから悲しいのか?」
コンちゃんが振り向いて、僕の肩を強く抱く。
「神田さん、誰か紹介してやってよ」
などと、結構赤くなった顔でグイグイと僕を揺する。ヤメロ。
「今ここに、こんなにいっぱい女いるのに? やだよ自分で見つけなよ」
「だよねーッ!」
コンちゃんと神田さんが僕の頭越しにハイタッチして笑う。
いや、ちょっと、笑えないんですけど。
こんな時、彼女の写真が一枚でもあればなと思う。
僕の記憶のなかの真織の顔が、グニャリと歪む。
一瞬、彼女の顔の記憶が飛びそうになった気がして、ブルブルと顔を振る。
あれ? 誰だっけ。ああ、そうだ、マオリだ。ナツキマオリ。
名前までが飛びそうになる。
少し、酔ったのかもしれない。
いるよ、マオリは、本当に。
自分にも言い聞かせる。
なんだこれ。
明日にでも電話して、彼女の声を聴かないとダメだ。
こんな楽しい席で、癒やしが足りないと思ってしまうなんて。
ここのところずっと彼女に会えない日が続いたから、寂しすぎて脳が防御反応を起こしているのかもしれない。
うん、きっとそうだ。マオリマオリマオリマオリ……。
──つづく。
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