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第二十二話『違う世界の住人』
しおりを挟む飲み会の帰りに電話をしたとき、繋がらなかったことは気にしなかった。
翌日の電話が繋がらなかったときは、あれ? と少し調子が狂った。
さらに翌日に電話をしたのは、たぶんもう話したいとか用があるからではなく、不安だったからだ。
何度かけても繋がらない。
電波の届かないところにいるか、電源が入っていない。
事故、病気、事件、浮気。
具体的にはどれも想像できないけれど、頭に浮かぶのはそんなことばかりだ。
一日じっくりと悩んだ後の、飲み会から4日目、とうとう僕は学校を休んだ。
彼女の口から聞いた、専門学校名を検索してみる。
今まではそんなの、疑ったこともなかったから、検索したことはなかった。
家族でも同居人でもない僕が、警察に失踪届けを出せるのかがわからず、移動の電車内でできることを考えての検索だった。
移動とは勿論彼女の住む街、彼女の通う学校のある街への移動で、検索は彼女を捜すための最初の手がかりだった。
学校は実在した。心のなかでマオリに謝る。疑ってゴメン。
学校に電話してみる。事務のひとに関係性を尋ねられて、つい友達ですと正直に言ってしまった。
ギュウギュウに混んだ電車内でのヒソヒソ声での通話だったし、関係性や心配の理由を伝えるのが難しい問い合わせでもあり、二重に緊張していたせいだ。
当然なのか、単に僕の声音が怪しかったからか、在席の有無も、今日、登校しているかどうかも教えてもらえなかった。
電車を降りて、駅を出る。都心はどこも人が多くて嫌になる。
駅の出口すぐの横断歩道に、もうそれっぽい人らが何人かいた。
身だしなみとしてしかたなく服装やメイクや髪型に気を遣うのではなく、自分のための自己表現として自分を飾る人たち。
人波から浮くほどに奇抜ではなく、でも、すぐにそれとわかる。
髪の色や髪型がアーティストっぽい。
音楽系とも不良系とも違う、美術系の尖りかた。
専門学校が何時に始業するのかは知らないけど、僕はだいたい皆が都心へ向かうであろう時刻にあわせて、大嫌いな通勤ラッシュの電車にのったのだ。
人間を運ぶ乗物とは思えない、密着する他人の体温に耐えた甲斐があった。
このひとらについて行けば、たぶんマオリの通う学校へ行けるだろう。
ビルとビルの隙間や地下道から合流して増えていく、僕と一緒に交差点を渡ったエキセントリックなひとたちの同類。
それが目指す先に、彼ら彼女らを吸い込んでいく建物が見えた。
ビルまでが突飛な形をしていた。
あれを個性と呼んでいいのか、僕にはわからない。
でも正直、納豆を包む藁みたいな形のビルを美しいとは思えなかった。
ビジネス街の中に建つそのビルは、一見して、建物全部が学校であるとわかる。
生徒らしきひとらしか入っていかないし、入口の前の外階段に設置された銀色の看板には、校名と科目名しか書かれていない。
けっこう大きいビルなのに、学費だって安くないだろうに、そんなにアート系の専門知識を得たいひとは多いのだろうか。
僕は無意識に首を傾げながら、学生と会社員の人流のなか、立ち止まってビルを見上げた。
てっぺんの細くなった部分から、湯気のようなものが立ちのぼっていた。
藁納豆を見上げた視線を、一階入口まで下ろしていく。
よく生徒たちが背負っている、大きな黒い樹脂製の筒のようなもの、あれはなんだろう? デザイン画や設計図だろうか? 大小様々な荷物を抱えた奇抜な髪型や服装の若者たちが、邪魔くさい僕を左右に避けては、パラパラと外階段をのぼってゆく。
個性的なひとらはあまりつるまないのか、集団で登校するような騒がしいひとはいなかった。専門学校だけに、それくらい真剣に学びに来ているということなのだろうか?
どれだけ入口を見ていても、マオリは姿を見せなかった。
もうすでに、校内にいるのかな?
一時間ほど、そのままそこに立って、じっと入口を見続けた。
物陰に隠れているといかにも不審者っぽいけど、歩道の真ん中に直立して堂々と見張っていると、案外誰も気にしないものだ。
学生の姿がなくなり、会社員たちも、出社している風な緊張感を背負ったひとは見なくなった。
あの、学校や会社へと向かうひとの背中に宿る堅苦しさは、なんなのだろう?
風景の全てがあれになり、ザッ、ザッ、と足音だけが都心のコンクリートに響く雰囲気が、僕は苦手だ。なんだか、空気が薄くなっていくような気がする。
ひとの背中や後頭部が冷たく感じ、死人だらけのように見える。
灰色の巨大生物の血管のような歩道の流れが落ち着くと、繁華街が近いだけに、職業不明、年齢不詳の怪しげなひとらが辺りをウロウロするようになった。
たまに、誰もいない方向へ怒鳴り散らしているホームレス風の男も通りかかる。
呪いのように何事かを呟き続ける、足もとの覚束ない酔っ払いが、今にもゲロを零しそうなゲップをしながら、あちこちの店を冷やかしている。
これだから都心は嫌いだ。そこにいるだけで心が荒んでいくような気がする。
近くに古びた喫茶店があるのを見つけた。
あそこなら、学校のビルからマオリが出てきたらすぐにわかるだろう。
やっていることは完全なストーカーだけど、心配でたまらない一日を過ごすのはもう限界だ。
できることがこれしか浮かばないので、今日はここで彼女を待つ日にしよう。
マオリを見つけられずに今日が終わってしまったら、またそのときに、どうするかを考えればいい。
考えたところで、またここで待つという日が繰り返されそうな気もするが、今はそういうのも、考えるのはやめておこう。
読書でもしながら待ちたいけど、それでは彼女が出てきても気付かずに見逃してしまうかもしれない。
ぼーっと窓外を見続けるハリコミみたいな一日を覚悟して、僕は喫茶店に入り、コーヒーを注文した。
──つづく。
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