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第二十五話『隔たれた』
しおりを挟む背中が冷たいなと自覚するまで、僕はじっと横になっていた。
そう感じるまでは、自分は今生きているんだということも忘れて、植物のように思考停止していた。
泥のように溶けてしまったと感じていた筋肉が、実はそうじゃなく、まだ張りをもっているのだと脳へ信号を送り、脳がそれを面倒そうに受諾する。
腹筋に力をこめずに身体を動かすことは難しく、腹筋に僅かでも力が入ればその内側の臓器や骨がギシギシと、無数の兵隊蟻に生きたまま、身体をバラバラに食いちぎられるカブト虫のような悲鳴をあげる。
全身を震わせて、薄暗い裏路地でゆるゆると僕は立ち上がる。
圧倒的に独りだなと、背中の冷たさが重さへと変わることで実感する。
表通りを縦長に切り取った、明るいほうへ眼を向けると眼圧が増す気がした。
僕とは関係なく時を刻む世界が縦に切り取られている。
縦長の明るい世界を往来する人々は、誰もこちらに関心を向けない。
ここより日常的に見える縦長の風景が橙の斜陽に煙り、もう晩御飯の時間だよと告げている。
孤独感とともに、背中の重たさが増す。
誰かに助けてほしいけど、誰にも構われたくない。
誰も僕を見ないのに、「放っておいてくれ」と口をついて出そうになる。
嘔吐物の名残と血と唾液を誤嚥し、肺にほとんど空気がないまま暫く噎せる。
ここは暗くてもう、俯いても地面がハッキリと見えなかった。
裏路地には西日が入らない。だから外よりもひと足早く宵闇が招聘される。
鼻呼吸ができないことが息苦しく、横隔膜まわりが動かないことで深呼吸ができないことは、苦しさをさらに強調した。
立ち上がった瞬間から、ぐらんぐらんと目眩が僕を斜めにしていた。
締め付けられるような頭痛に苛まれ、耐えきれず黴だらけの壁に手をついて目を閉じた。
人を見たくなくて、顔を真上に向けてから瞼を開ける。
上空も側壁から覗く街路と同じ幅で縦に細く切り取られていた。
他人に唾を吐きかけられた眼球をぐるんと上向けて、すでに瞬きはじめている、気の早い星を睨みつける。
健康的な匂いとそれを生むために排気された不健康な臭いが、交互に風にのって僕の周りを通り抜けた。
におい?
血の詰まった腫れた鼻腔が、微かに通気を取り戻したことを頼もしく感じた。
成人の儀式みたいに、僕は今、理不尽な暴力を乗り越えた。
だから、なんだ?
なにも変わらない。
僕は強くも弱くもなっておらず、悲しさと寂しさだけが今、血液と一緒に体内を巡っている。
成人の儀式なんてなんの意味もないのだろうなと、過ぎた時間と今を比べてみて思う。
苦痛を強制された時間とそれが過ぎた時間は、パラレルのように別次元だ。
ずるずると壁についた手が滑ってゆく。
「ああ、ああ、あ」
オシッコが漏れて漏れて止まらないときのように、僕は腰が抜けるのを止められなかった。
くしゃりと、脱ぎ捨てられた衣服のように、また湿った地べたにへたり込む。
そのまま仰向けに寝転がり、また紫の細長い夜空を見上げた。
自己主張の強い大きな一番星が複数に滲み、僕は嗤いながら泣いた。
なんてくだらない一日だったんだ。
泣くとまた頭痛が酷くなり、鼻呼吸ができなくなった。
──つづく。
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