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第二十四話『精算という自分殺し』

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「なぁんでよ」口を尖らせて、私は不満を表す。
 ノビが嘆息しながら説明してくれる。
「いやほら、あいつんちは実の親じゃないだろ? だからあいつ、口には出さないけど、相当に気をつかってるみたいなんだよね。ガレージをバンド練習につかうのだって、ずっと言い出せなくて。サブの様子が変だと気付いた伯母さんが、なにか言いたいことでもあるの? なんて、助け舟を出してくれて、やっと頼めたくらいだからさ。ワガママ言ったりとか、反抗したりとかも、一度もしたことないみたいだしな。子供の頃から一緒に暮らしてたら反抗期だってあったかもしんないけど、あいつの両親が亡くなったのって、中学にあがってすぐくらいだからさ」
 私がサブから聞いたのは、たしか小学生だったと思うが、だいたいそのあたりの年齢だとすると十二、三歳ということか。まだほんの数年前だ。
「わかるけど、それはサブの問題であって、あんたの話を聞く限りでは、伯父さん夫婦はサブに遠慮なんてしてほしくなさそうじゃない?」
 私が食い下がると、「でも今回は、伯父さん夫婦も怒ってるだろ?」と、ノビに一撃で論破された。
 ううむ、たしかに。
 でも、でもさぁ、友達なんだから、見舞いくらい、いっちゃダメなの?
 私がそれを支離滅裂に熱弁すると、メンバーたちは変な反応をした。
 ニヤニヤと目を見合わせ、クスクスと笑っている。
「なによ」
「なら、マックが電話かメールで励ましてやれよ」
 ……んん?
 おい、なんだそれは。
 てめぇ、その含みのありそうな言い回しは、なんなんだ?
 私をからかうような発言は、ノビじゃなかったような気がする。
 ノンだったか、ケイだったか、なぜか全く覚えていない。
 気に食わなかったが、うまく反論できそうになかったので、「わかった」とだけ答えておいた。


 七月九日(金)

 サブは結局、今週、一度も学校に来なかった。
 でも心配はしていない。
 私は毎日、彼とメールのやりとりをしていたからだ。
 最初は、自分が彼を励まさないとという、責任感みたいなのが強かったと思う。
 だから挨拶みたいな短いやりとりが多かったんだけど、なんとなく、寝る前にも送るようになり、学校の休憩時間や登下校中、なにかを誰かに言いたいときなど、気付けば四六時中、連絡を取り合うようになっていた。
 それはいつしか私の鬱屈した心のはけ口となり、心の拠り所になっていた。
 学校での愚痴を好きなときに言える相手がいるのって、いいなと思った。
 思いついた冗談を、新鮮なうちに伝えてリアクションしてもらえるのも、すごくいい。
 私には、そういう相手が、いるようでいなかった。
 実は結構、寂しいやつだったんだなと、自分を見直すキッカケにもなった。
 日課だった見舞いは癒やしとなり、喜びとなった。
 毎日が、とても満たされていくのがわかった。
 互いの顔が見えないのが、よかったのかもしれない。
 サブはよく笑うし(メールだけど本当に笑っているのが伝わってくる)、驚いてくれるし、頭ごなしに否定してこないし、伝えかたがソフトだし、悩みや不満を、気軽に相談しやすい相手だった。
 相談しにくいタイプってよくいるけど、こっちの悩み相談なのに、いつの間にか話の主導権を奪われて聴く側にされてたり、本人は励ましてるつもりなのかもしれないけど、ただの自慢になってたり、気持ちよさそうに説教してスッキリした顔になるのを見せられ、これ、どう見てもこいつのデトックスだよなと思ったりする、相談してしまったことを後悔するような、そういったやっかいなタイプの人とは、サブは真逆だ。
 女友達よりも話しやすく、私は相談以外にも、なにかを見たり聞いたりすると、すぐにサブに伝えるのが習慣になった。
 まるで依存しているかのように、毎回、私のほうが楽しんで、積極的にメールを送った。
 すると、不思議なことが起きた。
 愚痴や不満など、毒ばかり吐いていた私のメールが、ポジティブな言葉を選んでつかうようになり、実生活の視点や発言も、物事のプラス面を捉えるようになっていった。
 ネガティブな発言や悪口、汚い言葉などが、日々減っていくのを自覚した。
 もちろんまだポロリと悪口が出ちゃうこともあるけども。さっきも相談できないタイプの人について、いろいろと思いついた不満を書いちゃったし。
 でも私がサブの物言いや考えかたに影響を受けていることは、あきらかだった。
 メールは言いたいことを纏めて伝えられるので、途中で遮られることがない。
 サブはそんなことしないけど、問題は私のほうにあった。
 私はたぶん、今までサブの意見を、ちゃんと聴いていなかったのだと思う。
 聞き流したり、途中で話題を変えてしまったりしていたのではないだろうか。
 サブの考えを最後まで聴いた(読んだ)ことが、私を変えた最大の要因だ。
 私は、自分がいかに傲慢で自己中心的な喋りかたをしていたのかと反省した。
 人の意見を聴くことで、こんなに人は変れるのだと、初めて知った。
 私のなかの友人たちへの不満も、きっと私のほうにも原因があったのだ。
 友人を大切にしてこなかったから、私も大切にされなかった。
 日々のストレスはきっと、自ら生み出していた部分も大きかったのだ。
 ドロドロした醜い感情がとけてなくなり、自分の心の変化をサブのおかげだと、素直に思えている自分に驚く。
 たったの一週間だ。
 たったそれっぽっちの期間、メンテナンスされて、私の内面は浄化された。
 どんな優秀なカウンセラーだって、こんな短期間では効果を出せないだろう。
 以前の私なら、こういった変化自体も、素直に受け止められなかったと思う。
 不要なプライドが(たぶん)なくなったおかげだ。
 その変なプライドが執着を生み、いろんな悪影響を及ぼしていた。
 私は今までの自分を客観することで、恐ろしいことに気付いてしまった。

 トランへの恋心とは、一体なんだったのか?

 私は彼のどこを見て、なんで好きになっていたのか?
 サブによって垢のようにこそぎ落とされた、今までの自分を精算するためにも、自分の本当の気持ちを確かめなくては。
 これは私が生まれ変わるための、儀式のようなものだと確信していた。
 今なら、なんでもできそうな気がする。
 トランに直接会って、自分の気持ちを確かめることだって。
 でもこれは、サブには相談しなかった。
 これだけは自分で解決しないとならない、自分だけの問題だからだ。
 他にも理由がありそうな気もするけど、今は考えない。
 明日だ。
 明日、勇気を出してトランと話してみよう。
 そして、本当に心から彼を好きなのであれば、その場で面と向かって告白する。
 これは他人を押しのけるような暴力的な強さではなく、素直さという強さが生む行動力だ。
 私は心を決めると、寝る前のルーティンとなっていたサブへのオヤスミを送り、また彼に、心のなかで感謝した。
 勇気をくれてありがとう、サブ。
 

 ──つづく。
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