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第七十三話『車列の行方』

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 ここからも、ぼく、サブ・カールスキーが代筆するよ。
 元気になったマックが今までの文章を読んで、間違ってる部分を修正してくれることを願いながら、ここから先は、あの日のぼくの行動も書いておこうと思う。
 マックが書いてくれた続きからだよね。そう、あのときぼくはマックの両親に、マックが事件に巻き込まれたのではないかと伝えにいったんだ。
 なにか対処をしてくれているようだったけど、電話をかけたり、伝言をのこした相手からの連絡を待ったりしているうち、時間はどんどん過ぎていった。
 ようやく家を出る段になったが、そこでお父さんは、ぼくを連れていくことへの難色を示した。
「きみは高校生なんだから、うちで待っていなさい」と。
 真剣な顔で言われたけど、じっと待ってるだけなんてムリだった。
 いきますと言って譲らないぼくに、諦めたように微笑むと、もうお父さんは止めなかった。
 ガレージに連れていかれ、大きな四駆の自家用車の助手席に乗せられた。
 シャッターを車内からリモコンで開けると、おもむろに発進する。
 お父さんは運転しながらも、常に誰かとスマホで連絡をとっていた。
 電話が何度も鳴り、こちらからもまた別の人に電話をかける。
 事件についての情報やその対処法を、いろんな人と相談しているようだった。
 何人と同時にやりとりをしているのかは、聴いているだけではわからなかった。
 電話の合間に、「警察にいかなくていいんですか?」と、ぼくはまた訊いた。
 お父さんは、「そっちはワイフがやってくれてるから大丈夫だよ」と優しい声で答えた。
 のんきにも見える態度だった。
 本当に心配しているのかなと、不安になるくらいだった。
 お父さんの四駆が市街地から大通りに出ると、道すがら、何度もクラクションを鳴らされた。
 ジャマだと、怒られたわけじゃない。
「よう、来たぞ」と、挨拶をしている風だった。
 挨拶してきた車両が隊列を組むように走るので、仲間なのだとわかった。
 高級車、スポーツカー、キャラバン、こっちと似た軍用車のようなゴツイ四駆。
 前後左右を護衛するように、それらがぼくらの車を囲う。
 どこへ行くつもりなのか。
 どうやってマックを捜すのか。
 なにが起きているのか。
 ぼくは早くそれらを教えてほしかった。
 ぼくがなにか質問をしても、お父さんは「大丈夫」と微笑むだけでなにも言ってくれない。
 なにが大丈夫なのかがわからず、ぼくは泣きたくなった。
 大通りが交差し、車列はぞろぞろと右折した。
 ホーリー通りを、コンビナート方面へと向かう。
 景色はもう薄暗く、建物のネオンや車両のライトがキラキラしていた。
 夜のホーリー通りは、賑やかだった。
 売人やギャングや酔っぱらい、売春婦やその見張り番など、どこに眼を向けても不良だらけだ。
 本物のなかにはたぶん、そのふりをしているだけの、背伸びした青少年も紛れているのだろう。
 騒がしい声が、車の横を前から後ろへと現れては消えていった。
 車道の真ん中に堂々と駐車して、バカ騒ぎしている集団もいた。
 物騒な空気を醸し出す集団に高らかにクラクションを鳴らして、「どけコラ」と先頭車の誰かが怒鳴りつけると、駐車していた車は場所をあけた。
 あとはもう容赦なく、いつ轢き殺してもおかしくないような運転で、若者たちを蹴散らすようにして車列は進む。
 まるで大名行列のようだった。
 わざと道を塞いで、本気で絡んでくるチンピラもいた。
 見るからにギャングの構成員だった。
 車列の先頭を走るベンツが窓を開けて、なにかをその男に言った。
 言い合いになることもなく、すぐにチンピラは道を譲った。
 虚勢を張るチンピラだけでなく、見境のないジャンキーたちも道を塞ぎ、何度か絡んできたが、都度、停車した数台から男たちが飛び出しては、拳銃で脅したり、ショットガンの台尻で顔面をぶん殴って昏倒させたりして、強引に道をあけさせていた。
 ぼくはその暴力的な光景を見て、思わず、お父さんの横顔を確認した。
 お父さんは変わらず、のんきな顔のままだった。
 なにも見えていないかのように、全く気にしていない風だった。
 周りを囲う多くの車に乗っているのは、もしかして堅気ではないのか?
 何度かそれを尋ねようとしたが、どう質問したものかとぐずぐすしているうち、車の大集団は騒がしいホーリー通りを抜けて、静かな広い場所に一斉に停車した。
 捜し回ることもなく、最初からそこが目的地だと決まっていたみたいだった。
 真っ暗闇のなかに、刑務所のような壁がどこまでも続いているのが見えた。
 乗り越えられないよう鉄条網を壁上に張った、広大な敷地。
 車列の前方には、ものすごく大きな鉄の門があった。
 先頭車がその門に向けて、荒っぽくクラクションを鳴らす。
 めんどくさそうに守衛の人が出てきた。
 銃を携帯して警官のような制服を着た、太った男性だった。
 先頭車の窓から顔を出した運転者がなにか一言二言発すると、その守衛は慌てた様子で駆け戻り、大門を開けた。
 また車列が一斉に発進して、門のなかへと入っていく。
 守衛は待機小屋に入ったまま出てこず、一台一台、誰が入場するかのチェックもしなかった。
 全車両を素通りさせた後、背後で門がゆっくりと閉まる。
 ぼくは首を回してそれを眺めると、また不思議な気分になった。
 大名行列は単なるたとえだったが、これじゃまるで、本当に王様だ。
 お父さんキングを護るように走るこの集団は、一体、何者なのだろうか?
 ぼくはまた、お父さんの横顔を盗み見たが、ドライブでもしているかのように、ずっとリラックスしていた。


 ──つづく。
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