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第七十八話『今と過去と未来の心の』

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 パパはずっと昔、この町がストリートギャングによる殺人事件で荒れ果てていた頃に、自警団を組織した。
 グレイブディガーという名の自警組織は一時期、地元警察とも協力して、市民を護り、犯罪者たちを駆逐した。
 市民からの尊敬を集めた組織は、パパの人望もあってどんどん大きくなった。
 本部と支部にわかれ、枝組織が生まれ、組織維持が目的となっていき、自警団の当初の目的は失われていった。
 枝組織の多くが、商売に暴力をつかい、ギャング組織化してしまった。
 せっかく追い払ったギャングとの癒着や、合併により、自警団はシンジケートと呼ばれるようになった。
 大きな組織は、他国や近隣の組織とのバランスをとらないと戦争になりやすく、ある程度の力の維持は平和のためにも必要で、そのころには警察との癒着も、どうにもならないところまで関係が深くなっており、誰にも流れは止められなかった。
 本家グレイブディガーにはパパを含め、軍の出身者が多く、陸海空軍の上層部や政治家、退役軍人会、全国ライフル協会などとの太いパイプもあったので、組織が大きくなっても発言力は弱まらず、最大派閥として強大な力で組織を統率し、町の平和維持に貢献していた。
 グレイブディガーはパパの引退と同時に解散し、いくつかの組織に分かれた。
 一時期は内部抗争の危機もあったみたいだけど、パパが仲介人になって、組織はひとつの連合になった。
 それが現在のホーリー通りマフィア。正式名称ヴァンプ団だ。
 末端まで含めると数万人にもなる、全国に支部を持つ大組織。
 パパのこの過去が、警察と犯罪組織の両方に顔が利く理由らしい。
 グレイブディガー創始者であるパパが一声かければ、何人でも屈強な猛者たちが集まるし、どんな武器も、どんな情報もすぐ手に入る。


 今回の事件は、私の友人ミラ・ジョボジョボ・モレールが、ミンナーマという男に近付いたのが発端だった。
 ミラはただの一般人で、ミンナーマ・ジデイブ・コロッスワはギャング構成員。スラムに縄張りをもつ組織、EDS団の幹部でミラの母親の内縁の夫、ランボー・シカノ・ウガナイの護衛役だった。
 ミンナーマは組織の内外で殺人狂として恐れられる有名な麻薬中毒者で、ミラはそれを知ってか知らずか、色仕掛けで見事に口説き落とすと、仕事を依頼した。
 EDSの縄張りなど知らないミラは、スラムの外にある移民街まで、サブや私を脅しに行かせた。
 そこに地元のギャング組織で、ヴァンプ団傘下の〈スニッチ団〉との伝手をもつノンがいると知っても、ミンナーマは彼に銃を向けた。
 ノンの口から事件が伝わったのかは聞いていないし、わからない。
 でも、こういった情報はすぐに拡がるものらしい。
 実際、あのときあの場には、近隣の住民も多くいた。
 タトゥーを見れば、どこの組織のチンピラが暴れているのかはわかる。
 そうなれば、その情報はどこまでも、どこからでも伝わっていく。
 ミンナーマがどこまでやるつもりだったのかも、私にはわからない。
 最初から私を拉致して乱暴するつもりだったのか。
 バンドの仲間たちを本当に撃つ気だったのか。
 とにかく、ミラの思惑どおりに、ミンナーマはサブの家まで行き、仕事をした。
 調子にのってまた同じことをしようとしたミラとミンナーマの関係が上司であるランボーに知られ、ミンナーマと他二人のチンピラは粛清されたが、やったことが大組織であるヴァンプ団との約定破りなので、それでは済まなかった。
 落とし前として、EDS団はヴァンプ団の興行に協力した。
 自分たちの兵隊をそそのかした生意気な素人の女と、その件に関係のありそうな女たちを全員、拉致した。
 商品として女たちをヴァンプ団に提供することで、約定破りへの詫びとなるだけでなく、自分たちに恥をかかせてくれた素人とその関係者も一掃できる。
 一石二鳥だと考えたEDS団は、下調べから誘拐まで、汚れ仕事を全部、あっという間にこなした。
 彼らの唯一の誤算は、事件の関係者でミラとともに拉致の第一候補だった私が、パパの娘だったこと。
 関係者を洗うとき、OB組織のことまでは調べなかったのだろう。
 EDS団は外国からこの町に支部を置くために来た、新参のよそ者組織なので、ホーリー通りの古い時代のことは知らなかったのだ。
 ヴァンプ団が、贈られた土産物の出処を調べなかったのは、完全なミスだ。
 EDS団も隣国では大きな組織らしいので、受け取る前に出処を調査するという手順を踏むことを遠慮したのかもしれない。と、これは、パパが言っていた。
 パパたちのしたこと。興行を邪魔するという行為は相手の顔を潰す行為なので、本来は戦争になっていてもおかしくないことらしい。
 だけど今回の件には、ヴァンプ団にも落ち度があった。
 それを追求すると、今度こそEDS本部と事を構えないとならなくなるかもしれない。
 だから双方痛み分けの手打ちとして、今回はパパの顔を立ててくれた。
 これが、今回の事件の裏事情だ。
 始まりは、一人の少女の小さな嫉妬だった。
 それがこんな大事になってしまい、その少女は結局、もう帰ってこない。
 私は、なにも知らなかった。
 パパの過去も、恨みや嫉妬や、コネやプライドが入り混じって、犯罪組織同士の縄張り争いが発生し、そんなものに自分たちが巻き込まれてしまったことも。
 そうそう。
 小さい頃からずっと鍛えておいてくれたのは、こんなときのため?
 私はパパに、治療の後で訊いてみた。
 パパは、「べつに鍛えてなんかないよ」と笑った。
 あの、パパと私の取っ組み合い遊びは、本当にただのコミュニケーション。父と娘の楽しい触れ合いの時間だったらしい。
 嘘だぁと疑い、何度質問しても、パパは笑うだけだ。
 うーん、まあ、役に立ったのは事実だし、どっちでもいいか。


 この技術を後に私は、町の女性たちを集めて教えることになるのだけど、それはずっと、十年以上も先の、今回の話とは関係のない別の話だ。
 私はこのテクニックを『ウサギの心』と呼んだ。
 闘うための技術ではなく、エクササイズ兼、レイプセーフとして。
 女性が自らを最低限、護ることができる、ダイエット運動として。
 弱者であることを忘れずに、でも、闘いかたを知ることはできるように。
 皮肉なことに今回のこの事件に尾鰭がついて都市伝説のようになり、ギャングの裏興行を生還した女性が創始した技として、『ウサギの心』の名前はネット界隈で話題になった。まあ、私が考えた技でもなんでもなく、もともとある技術のなかで簡単な、遊びながら覚えられるものを纏めただけなんだけど。
 ウサギの心が生まれた経緯について『嘘つけ』と論破してこようとするアンチもいるっちゃいるけど、この街で起きた事実は事実として厳然とあるので、事情通を自称する擁護派もウジャウジャとわいては、アンチに辛辣に反論をして黙らせる。不毛だ。
 地元のラジオ局からインタビューをされたこともあって、そのとき私は、「怖い経験をしたことは事実です」とだけ答えておいた。
 私の経験。この事件だけでなく、この後の人生で得た知識や経験を護身術として纏めて、女性たちに伝える。

 ウサギの心は長い年月を経て『卯魂術うこんじゅつ』と呼ばれるようになる。
 男性向け、軍用など、いろんな人がバージョンアップして発信しているようだ。
 ネットの『卯魂術』の情報には、創始者は定かでなく諸説あると書かれている。
 その『諸説』のひとつが私なのは、一部の自称事情通しか知らないマニアックな事実だ。
 

 ──つづく。
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