黒き死神が笑う日

神通百力

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目撃車

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 二十代と思しきカップルが駐車場の片隅で口論していた。男は怒りが沸点に達したらしく、女の首を絞めて殺害した。男はハッとしたように、辺りを見回し、誰もいないことに安堵し、ため息をついていた。だが、男は殺人を目撃されていたことに気づいていなかった。その場には一台の軽自動車が停まっていた。
 軽自動車は人間でいうところの目にあたるヘッドライドで殺人を目撃していたのだ。もちろんライトはつけていない。今しがた殺害された女を軽自動車は知っていた。自身の所有者の娘だった。ここはラブホテルの駐車場で、所有者は愛人と来ていた。この時間帯は人気が少なく、駐車場にもあまり車は停まっていない。
 男は死体をその場に残し、駐車場の出口に向かっていた。殺人を目撃した身として男を逃すわけにはいかなかった。目撃者ならぬ目撃車(もくげきしゃ)なのだ。
 軽自動車はエンジンをかけると、男の後を追った。男は驚いたように後ろを振り返り、愕然とした表情を浮かべ、全速力で駆けだした。軽自動車は逃がすまいと執拗に男を追いかけた。軽自動車は一定の距離を開け、男を追跡する。所有者の娘を殺した男を許すわけにはいかない。男に恐怖を与えようと、エンジン音を吹かした。

 ☆☆

 やがて男は警察署に駆け込み、混乱しながらも『た、助けてくれ! 無人の車に追いかけられているんだ。このままじゃ、殺されちまう! 運転席に誰も乗っていないのに、車が動くなんていったいどうなっているんだよ、チクショー!』と助けを求めたという。
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