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大エレヅ帝国編

噛み合わない食材と話

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 古都バディオンで遭遇したローダー皇子から逃げ出したわたし達は、暮れる陽の中を駆け、運良く見つけた岩の重なりによって出来た空洞に身を潜めていた。
 オージェが即席で作った枝の盛り合わせにウラヌスと二人して火を灯す。星術には得て不得手があると話していた通り二人の出す火は頼りなく、だから二人掛かりで焚き火を完成させた。

「近くの街を目指せば読まれるだろうな」
「かといって馬鹿正直にエステレア方面を目指しても駄目そうね~」
「遠回りになるが、ズェリーザ廃坑を通ってエステレア方面を目指すのはどうだ。奴の飛龍は入れないし、ジュレゾ炭鉱が発見されてからは完全放置されたと聞く」
「アザーの巣窟になるくらいね~……」

 次の目的地をウラヌスとオージェが話し合う声が耳を通り抜けて行く。

「ところでさぁウラヌス、ソースの塩分ってどんくらい入れたら良いの?」
「知らん。適当で良いんじゃないか」
「何か辛いんだけどさぁ」
「入れる前に訊くべきじゃないか?」
「今の答え訊いた意味ある?」
「知らん。この野菜、切ったら粘ついてきたんだが……調理法間違えたか?」
「切る前に訊くべきじゃない?」
「知ってるのか?」
「知らな~い。オレ達箱入りだもん」

 二人はわたしに何も訊かない。それはきっと、わたしが記憶喪失と告げているからで。その行為が意味のないものと思っているからだ。
 でも本当は記憶を失ってなんかいない。

「わたし……やっぱり、一緒に行くのやめる」

 思ったより通ったわたしの声に二人の会話は途切れて、火の弾ける音が大きく聞こえた。

「今さら離れても、あの男は追って来るぞ」

 宥めるようなウラヌスの声。

「ううん。わたしを狙ってた。だからわたしさえいなければ、二人を追ったりはしないはず」
「いいや、おれ達の側に君がいないと知れば、隠したのだと疑われてむしろ追われるだろうな。心配いらない。約束通り君の事は守ってやるさ」
「いい……もういい。今までありがとう」
「まぁ待て。何も分からない君が一人でどうやって生きていくんだ。立つんじゃない、おいで」

 泣きながら立ち上がろうとしたわたしの肩をウラヌスが押し戻す。そのまま拘束されるみたいに肩を抱かれた。
 グッと近くなった距離でわたしを見つめて、彼は言葉を重ねる。

「バディオンで人の売買を目にしたな? 君のように可愛くて非力な女の子が、後ろ盾もなく一人で彷徨いてみろ。あの幼い少女の二の舞だぞ」
「でもっ、わたしがいたら二人を巻き込んじゃう…!」
「何をそんなに怯えている。おれ達が迷惑だと言ったか? 一人で抱え込んで決めてしまうのはやめてくれ」

 そうは言っても二人がそこまでわたしに親切にしてくれる理由がない。エステレアが二人の故郷であっても、彼らは今すぐエステレアに帰りたい訳じゃない。そうであったとしてもわたしがいるのでは、きっとすんなり帰れない。
 大粒の涙で視界がぼやけるわたしを、ウラヌスが柔らかく微笑った気配がした。

「泣き虫だな。何も悩まなくて良いから……一緒にいよう。おれ達とエステレアへ行くんだ」

 眦の涙が掬われた。
 ウラヌスの言葉は甘くて優しくて、わたしから思考を奪う。ただ彼に縋っていれば良いんだって言わんばかりに。でもそれで良いはずがない。もう一度立ち上がろうとしたわたしに、今度はオージェがさり気なく空間の出口に塞がった。
 それを見てわたしの感情は噴出する。

「だって二人は人を探してるんでしょ! あの人に狙われてるわたしがいたら、邪魔になるじゃない!」

 吠えたわたしにウラヌスは、表情を変えずに答えた。

「それは、君が気にする事ではない」

 自分から離れたがったのにそれを聞くと、まるで見えない壁を作られたように感じた。あくまで彼らの事情は彼らのもので。わたしに口を出す権利はないんだって、思い知らされる。
 その通りだ。だけどそれなら。

「なら、わたしの事情だってウラヌス達が気にする事ないじゃない……」

 今度はウラヌスが息を呑む番だった。
 真っ直ぐ見据えて言い返したわたしを見て、ウラヌスは言い淀むように少し視線を彷徨わせた後、溜め息を吐いて項垂れた。

「まいったな……どうしたら一緒にいてくれるんだ」
「話変えるけどさ、ウラヌスの切った野菜ってもしかして摩り下ろすンだったんじゃーー」
「話を変えないで! わたしは真剣なの!」
「まぁまぁエイコ、今日は遅い。食事もまだだし、この話は明日にしないか。流石におれ達も疲れた」

 そう言われるとこれ以上言い募るのは心苦しくなる。無理矢理に出て行こうして手を煩わせるのも気が引ける。
 口を噤んだわたしにこれ幸いとばかりに夕食が出された。

「はい、エイコ。いっぱい食べてね。美味しいよ」

 悪戦苦闘してたけれど見目の良い料理だった。白いパンに野菜とお肉を挟み、ソースを掛けた物。三人で一斉に齧り付いて、粘りのある糸が引いた。

「……オリジナリティいっぱいだねぇ」
「お、美味しいよ」

 なんとも言えない表情を浮かべるウラヌスとオージェが見ていられなくて、我先にと二口目を含んだ。
 そんなわたしに二人は生暖かい微笑を浮かべる。

「エイコは優しいな……」
「次は一緒に作ってもらってもい? 教えてエイコ……」
「も、もちろんだよ!」

 わたしにとって彼らは、唯一の神様みたいな存在だったけれど、この状況に初めて逆に置いて行くのが心苦しく感じた。ずっとお店の完成された食事を摂っていたから知らずにいたけれど、ウラヌスとオージェは料理の心得がなかったみたい。
 塩辛いような、甘いような、ホクホクしてるような粘ってるような。噛み合わないハーモニーに口内が混乱した。

「明日こそ、さっきの話の続きするからね」
「分かった分かった。今日はもうおやすみ」

 夕食を終えて就寝する前に一応念押しするも、ウラヌス達は聞いてるのかよく分からない対応だった。
 翌朝。
 慌ただしく朝食の準備の手伝いを請われて、さらに昼食の献立まで意見を求められたわたしは、問題の件については頭から綺麗に飛ばしてしまったのだった。
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