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魔法使いとドSナール
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私、アルティ。
魔法使いで、約束の時間とかは律儀に守る方よ。
今日は、リリアから深刻な悩みがあるから相談に乗ってほしい、と言われたので、彼女の部屋にお邪魔している。
まあね、仲間の言うことを最初から疑うのはよくないとは思う。
それでも、私はこう思ってしまうの。
絶対に、悩みの内容がろくでもないだろう、と。
大して深刻なことではなく、それよりもそれを相談される私の方が深刻な事態に陥ると思うわけよ。
……でも、いくら普段が酷いからって、どうせ今回も、と決めつけるのはよくないよね。
まずは話を聞いてから、全てはそこからよね。
「アルティ、よく来てくれたね」
「凄い悩んでるって言うんだから、そりゃ話くらいは聞きに来るわよ」
「ありがとう……実はね、私どうしてもハスタのパンツを頭から被りたいの。どうすればいいと思う?」
「……そうね。城の地下牢にはまだ空きがあると思う。私も一緒に行ってあげるから、もう逃げるのはやめましょう」
「ちょっと待って。何か私が自首するみたいな話になってない? 私、ハスタのパンツを被りたいだけだよ?」
だからだよ。
もー、やっぱり深刻な事態に陥ったのは私の方じゃない。
何なの、好きな人のパンツ被りたいって。
それを私に話しやがって、ただの犯行予告じゃない。
仲間の責任とかがあるから、出てくるまでずっと待っててあげる。
だから一回捕まろう?
頑張って更生してみよう?
「……あんたがね、ハスタが好きなのはもう十分にわかってる。だからってね、犯罪に走ろうってのを見逃すわけにはいかないわよ」
「犯罪だなんて、大袈裟な! ハスタのパンツを被ることの何が悪いっていうの!?」
「悪いことでしかないでしょうよ。性欲は誰にだってある、仕方ないことよ。でもそれをコントロールできなくなった時、それは犯罪に繋がってしまうの」
一緒に旅した仲間が、下手したら犯罪者になりそうだって言うんだから、そりゃあ私も必死に止めるってものよ。
しかも、それが遂行されてしまった場合の被害者もまた、共に旅した仲間なんだもん。
ひたすらに私達の精神が傷つく、悲しい事件になりそうなんで、是非とも未然に防ぎたいところね。
「……まあでも確かに、ハスタの私物を勝手に使うっていうのはよくないことかもしれないね」
それも問題ではあるんだけど、一番やばいのはそこじゃないと思うんだけど。
何て言えばいいかなあ、その私物の使われ方によって尋常じゃない精神的苦痛を負うとこが一番の問題でしょうよ。
窃盗とセクハラ、どっちの罪が重いのか、その辺の決まりはちょっとよくわかんないけど、個人的には今回の場合だとセクハラの方が重いと思うわ。
「でも、大好きな人のパンツなんだもん! 頭から被りたいと思うのは普通だよね?」
「リリア、それが普通になったら、それは世界崩壊の合図よ。また私達が旅に出ないといけなくなるわ」
「嘘だよ! アルティだって好きな人のパンツを被りたいって思うことあるでしょう? もっと本音で語り合おうよ!」
「むしろここに来てから本音しか言えてないわよ。そうね、私は今は好きな人はいないけど、仮に素敵なイケメンがいたとしても、そいつのパンツは被りたくないわよ」
「じゃあ何がしたいの?」
「何がって……こう、手を繋いだり、隣同士に座って話したり……とか?」
「妄想が幼稚すぎるよ! アルティ、絶対今まで男の人と付き合ったこととかないでしょ!」
うるせえ、黙ってくれ。
お前の相談と称した犯行予告を聞かされたというのに、何でその上で交際経験がないことまで馬鹿にされないといけないのよ。
まあ……大人同士の男と女がね? 愛し合った末にやることなんてね? 私も大人なんだからわかってる。
でも、それを自分に置き換えて想像すると……いやあちょっと恥ずかしいねえ。
自分でも妄想がちょっと幼稚だとは思うけど、だからと言って、次のステップに進むためにパンツ被る必要があるなら、私は幼稚なままでいい。
「とにかく、あんたがどうしても犯罪に走るというなら、あんたを城の地下牢へと追いやって、傷ついたハスタの心のケアに努めるわよ」
「……やっぱりハスタの物を勝手に使うのはよくないよね。傷つくのは他ならぬハスタだもん。これは諦めるしかないのかなあ」
何を一番問題視しているか、そこにおいては双方で食い違いがあるものの、正直そこはどうでもいいって言えるかもしれない。
大切なのは、無自覚で罪を犯そうとしていた奴が、実際にやる前に思い止まってくれたことだ。
だったら、ここで変に突っかからず、このまま今日の騒動を終わらせるのが互いのためだと言えよう。
「諦めてくれるのならそれでいいわ。じゃあ私は自分の部屋に戻るから」
「あ、待って! パンツを被るのは諦めたけど……その代わり、ハスタの素足を舐めたい!」
……悪夢は終わらなかったようね。
リリアは窃盗罪の方にしか罪の意識がなかった。
そこに関しては諦めたけど、セクハラの方を問題視してなかったのが悲劇の始まりと言えばいいのか、そっち方面に駆け抜けてしまった。
「リリア、それもアウトだから諦めなさい」
「何で!? 素足を舐める場合なら、何も盗まないよ!」
「いや……物を盗むのも悪いことだけど、問題点はそこだけじゃないのよ」
「でもさ、例えば男と女がやることだって、お互いの同意があれば犯罪じゃないでしょ?」
「でもそれを一方が無理やり強要した瞬間に犯罪となるのよ。あんた、ハスタが自分から足舐めていいよって言うと思う?」
「じゃあ何とか互いに同意が得られるようにしよう。そうすれば何の問題もないよ!」
んー……まあ、この手の行為は、確かにお互いがそうしたいと認め合ってたら、事件にはならないかもしれない。
ハスタがそんなことを許可した瞬間に、私は彼女を軽蔑せざるを得ないから、個人的な問題ではあるんだけれども。
ただ、とてもじゃないけどハスタがそんなことを許可するようには思えない。
あの真面目で常識的で優しくて人のために働くザ・勇者なハスタが、リリアのアブノーマル街道を快く歩み出すとは思えない。
「それで、どうやってハスタに同意を得るつもりなの? かなり難しいことだと思うけど」
「それは……アルティがどうにかしてくれない?」
まさかの私任せかよ、この女。
邪道を突き進んでいるリリアとは真逆の道を行くハスタを、その邪道に引きずり込むなんて、無理難題にもほどがあるだろう。
「アルティはさ、魔法使いなんだからさ、そういう魔法をかけたりできないの? 一時的に、人をドSに変えてしまう魔法とかさ」
「ドSに変える魔法?」
「うん。ドSになってくれたら、顔とか踏んでくれそうじゃない。その時にペロッといきたいなーって」
「本当に変態なのね、あんたは。そんな都合のいい魔法なんか……あっ」
「あっ?」
……やばい、思い出してしまった。
そんな都合のいい魔法はないけど、代わりに、このふざけた野望を達成しかねない薬に心当たりがある。
自分で言い切るけど、私は魔法使いとしてかなり優秀なの。
魔法は色々使えるし、それに伴って特殊な薬なんかも色々作ることができる。
それで、飲んだ人をドSにする効能があるドSナールという薬のレシピを知っていることを思い出してしまったわけよ。
なんてこと、まさか優秀すぎるが故に、こんな悲劇を招くなんて。
思いっきり、あっ、て言ってしまったけど、ここから盛り返せるかな?
「……そんな都合のいい魔法なんかあるわけないじゃない」
「嘘だ! あっ、て言ったの聞き逃さなかったもん! 誤魔化さないでよ!」
ですよねー。
あーあ、このアルティ一生の不覚と言っても過言ではない凡ミスね。
その薬をリリアに渡すということは、確実にハスタに使ってくるだろうし、ハスタの無事を祈るのであれば、ここで薬を渡すわけにはいかない。
いかないんだけど……ここからギャーギャー騒ぎ出す可能性を考えると、さっさと渡して楽になりたいって気持ちもある。
自分が楽するために仲間を売るのか、と思われるかもしれないけど、私には今回のケースなら大丈夫かもしれないという予感があった。
それも、気のせいとかじゃない、ある程度の根拠を込めての予感だ。
薬をリリアに渡したところで、ハスタは被害者にはなりえないと思う。
……よし、決めた。
リリアに薬を渡して、私は一足先に楽になろう。
「わかったわよ。観念するわ。ドSナールっていう薬があれば、それを飲ませればあんたの願いは叶うわ。それを作ってあげるから、待ってなさい」
「いやー、正直期待しないでアルティに押し付けたんだけど、聞いてみるものだね。じゃあ私は大人しく薬の完成を待ってるよ」
かくして私は、リリアに協力するような行動をとることになった。
この犯罪計画が成功してしまうと、ハスタは自分の意思に関係なく酷いことをリリアにしてしまう。
もっとも、リリアはその酷いことで興奮して喜んでしまうわけだけど、ハスタのように常識的な人だと自らの行動に酷く傷ついてしまうだろう。
ただ、私もハスタを犠牲にしたいわけではなく、彼女が被害者にはなりえないと確信してるから、あえて犯人を泳がせることにした。
……大丈夫よね?
大丈夫だとは思うんだけど、一応ハスタのために、部分的な記憶をなくす薬も作っておこうかな。
それからしばらくして、ついにドSナールは完成してしまった。
ついでに部分的な記憶をなくすキノウ・ナニ・タベタッケも作っておいた。
緊急事態用に記憶をなくす方の薬は保管しておいて、約束は約束なのでドSナールをリリアに渡した。
「ひゃっほう! これでハスタの足が舐められるかもしれない!」
とか言いながら、リリアはその薬をハスタに使いに行った。
これをハスタに使われてしまったら、彼女は自分の意思とは関係なく、他人を虐げるのが大好きなドSになる。
……そう、使われてしまったら、だ。
あんまりにもリリアが変態思考すぎて、皆はそっちばっか印象に残ってるかもしれない。
だからさ、他に特徴があったことを忘れてるんじゃない?
リリアは、マスクをしてないと出歩けないくらいに病弱な子でもあるのよ。
つまり、今まであんまり運動をしてこなかったので、体力がない。
うちのパーティで体力ランキングなんてものを作ったら、私とリリアが最下位を争うだろう。
一方で、ハスタは勇者を務めるくらいの逸材である。
剣を持って戦ったりするんで、当然体力は滅茶苦茶ある。
さっきのランキングで言えば、一位は間違いなくハスタで決まりだろう。
二位がメイユで、三位がダイヤで、ここからとんでもなく差が開いて私とリリアが四位を争う。
つまり、この最下位争いコンビの片割れが、一位に対して強引に薬を飲まそうとしても、たぶんそれは叶わない。
「ごめんね、リリア! 何か嫌な予感がするから、その液体は飲めないよ!」
「ま、待って……げほっげほっ! お願いだからこの薬飲んで……ごほっごほっ!」
ほらね。
今しがた、リリアがハスタを追いかけまわしているけど、追いつく気配はない。
それに、いくらハスタが優しいといっても、何でもかんでも許してくれるわけじゃない。
いや、具体的にリリアが持ってる薬の正体を知ってるわけじゃないんだろうけど、勇者の効能なのかな? ハスタは危険や悪意を察知する能力に優れている。
人を強制的にドSにする薬なんて禍々しいオーラしかまとってないだろうから、ハスタにかかれば、それを感じるのは容易ってわけね。
この展開を予想してたから、私は薬をリリアに渡すことにした。
リリアは望んだ薬を手に入れることができた。
そして私も、犠牲者を出すことなく、リリアの相手をしないで済む平和的な時間を手に入れてる。
いやあ、お互いにとって良い展開になったもんよね。
……ん?
巻き込まれて逃げ回ってるハスタはいい迷惑じゃないかって?
薬こそ飲まないで済んでるけど、逃げ回らなくちゃいけなくなったハスタは十分に犠牲者じゃないかって?
んー……まあ、ぶっちゃけそうなんだよねー。
ハスタは優しいから、薬を作ってリリアに渡したのが私だとわかっても、もうやらないでね? の一言で許してくれると思う。
でもまあ、犯罪未遂の片棒を担いでいたなんて、隠せるものなら隠しておきたいじゃない?
だから、ハスタには秘密のままにしておいてほしい。
たまには私が迷惑かける側で終わってもいいってことにして、ね。
魔法使いで、約束の時間とかは律儀に守る方よ。
今日は、リリアから深刻な悩みがあるから相談に乗ってほしい、と言われたので、彼女の部屋にお邪魔している。
まあね、仲間の言うことを最初から疑うのはよくないとは思う。
それでも、私はこう思ってしまうの。
絶対に、悩みの内容がろくでもないだろう、と。
大して深刻なことではなく、それよりもそれを相談される私の方が深刻な事態に陥ると思うわけよ。
……でも、いくら普段が酷いからって、どうせ今回も、と決めつけるのはよくないよね。
まずは話を聞いてから、全てはそこからよね。
「アルティ、よく来てくれたね」
「凄い悩んでるって言うんだから、そりゃ話くらいは聞きに来るわよ」
「ありがとう……実はね、私どうしてもハスタのパンツを頭から被りたいの。どうすればいいと思う?」
「……そうね。城の地下牢にはまだ空きがあると思う。私も一緒に行ってあげるから、もう逃げるのはやめましょう」
「ちょっと待って。何か私が自首するみたいな話になってない? 私、ハスタのパンツを被りたいだけだよ?」
だからだよ。
もー、やっぱり深刻な事態に陥ったのは私の方じゃない。
何なの、好きな人のパンツ被りたいって。
それを私に話しやがって、ただの犯行予告じゃない。
仲間の責任とかがあるから、出てくるまでずっと待っててあげる。
だから一回捕まろう?
頑張って更生してみよう?
「……あんたがね、ハスタが好きなのはもう十分にわかってる。だからってね、犯罪に走ろうってのを見逃すわけにはいかないわよ」
「犯罪だなんて、大袈裟な! ハスタのパンツを被ることの何が悪いっていうの!?」
「悪いことでしかないでしょうよ。性欲は誰にだってある、仕方ないことよ。でもそれをコントロールできなくなった時、それは犯罪に繋がってしまうの」
一緒に旅した仲間が、下手したら犯罪者になりそうだって言うんだから、そりゃあ私も必死に止めるってものよ。
しかも、それが遂行されてしまった場合の被害者もまた、共に旅した仲間なんだもん。
ひたすらに私達の精神が傷つく、悲しい事件になりそうなんで、是非とも未然に防ぎたいところね。
「……まあでも確かに、ハスタの私物を勝手に使うっていうのはよくないことかもしれないね」
それも問題ではあるんだけど、一番やばいのはそこじゃないと思うんだけど。
何て言えばいいかなあ、その私物の使われ方によって尋常じゃない精神的苦痛を負うとこが一番の問題でしょうよ。
窃盗とセクハラ、どっちの罪が重いのか、その辺の決まりはちょっとよくわかんないけど、個人的には今回の場合だとセクハラの方が重いと思うわ。
「でも、大好きな人のパンツなんだもん! 頭から被りたいと思うのは普通だよね?」
「リリア、それが普通になったら、それは世界崩壊の合図よ。また私達が旅に出ないといけなくなるわ」
「嘘だよ! アルティだって好きな人のパンツを被りたいって思うことあるでしょう? もっと本音で語り合おうよ!」
「むしろここに来てから本音しか言えてないわよ。そうね、私は今は好きな人はいないけど、仮に素敵なイケメンがいたとしても、そいつのパンツは被りたくないわよ」
「じゃあ何がしたいの?」
「何がって……こう、手を繋いだり、隣同士に座って話したり……とか?」
「妄想が幼稚すぎるよ! アルティ、絶対今まで男の人と付き合ったこととかないでしょ!」
うるせえ、黙ってくれ。
お前の相談と称した犯行予告を聞かされたというのに、何でその上で交際経験がないことまで馬鹿にされないといけないのよ。
まあ……大人同士の男と女がね? 愛し合った末にやることなんてね? 私も大人なんだからわかってる。
でも、それを自分に置き換えて想像すると……いやあちょっと恥ずかしいねえ。
自分でも妄想がちょっと幼稚だとは思うけど、だからと言って、次のステップに進むためにパンツ被る必要があるなら、私は幼稚なままでいい。
「とにかく、あんたがどうしても犯罪に走るというなら、あんたを城の地下牢へと追いやって、傷ついたハスタの心のケアに努めるわよ」
「……やっぱりハスタの物を勝手に使うのはよくないよね。傷つくのは他ならぬハスタだもん。これは諦めるしかないのかなあ」
何を一番問題視しているか、そこにおいては双方で食い違いがあるものの、正直そこはどうでもいいって言えるかもしれない。
大切なのは、無自覚で罪を犯そうとしていた奴が、実際にやる前に思い止まってくれたことだ。
だったら、ここで変に突っかからず、このまま今日の騒動を終わらせるのが互いのためだと言えよう。
「諦めてくれるのならそれでいいわ。じゃあ私は自分の部屋に戻るから」
「あ、待って! パンツを被るのは諦めたけど……その代わり、ハスタの素足を舐めたい!」
……悪夢は終わらなかったようね。
リリアは窃盗罪の方にしか罪の意識がなかった。
そこに関しては諦めたけど、セクハラの方を問題視してなかったのが悲劇の始まりと言えばいいのか、そっち方面に駆け抜けてしまった。
「リリア、それもアウトだから諦めなさい」
「何で!? 素足を舐める場合なら、何も盗まないよ!」
「いや……物を盗むのも悪いことだけど、問題点はそこだけじゃないのよ」
「でもさ、例えば男と女がやることだって、お互いの同意があれば犯罪じゃないでしょ?」
「でもそれを一方が無理やり強要した瞬間に犯罪となるのよ。あんた、ハスタが自分から足舐めていいよって言うと思う?」
「じゃあ何とか互いに同意が得られるようにしよう。そうすれば何の問題もないよ!」
んー……まあ、この手の行為は、確かにお互いがそうしたいと認め合ってたら、事件にはならないかもしれない。
ハスタがそんなことを許可した瞬間に、私は彼女を軽蔑せざるを得ないから、個人的な問題ではあるんだけれども。
ただ、とてもじゃないけどハスタがそんなことを許可するようには思えない。
あの真面目で常識的で優しくて人のために働くザ・勇者なハスタが、リリアのアブノーマル街道を快く歩み出すとは思えない。
「それで、どうやってハスタに同意を得るつもりなの? かなり難しいことだと思うけど」
「それは……アルティがどうにかしてくれない?」
まさかの私任せかよ、この女。
邪道を突き進んでいるリリアとは真逆の道を行くハスタを、その邪道に引きずり込むなんて、無理難題にもほどがあるだろう。
「アルティはさ、魔法使いなんだからさ、そういう魔法をかけたりできないの? 一時的に、人をドSに変えてしまう魔法とかさ」
「ドSに変える魔法?」
「うん。ドSになってくれたら、顔とか踏んでくれそうじゃない。その時にペロッといきたいなーって」
「本当に変態なのね、あんたは。そんな都合のいい魔法なんか……あっ」
「あっ?」
……やばい、思い出してしまった。
そんな都合のいい魔法はないけど、代わりに、このふざけた野望を達成しかねない薬に心当たりがある。
自分で言い切るけど、私は魔法使いとしてかなり優秀なの。
魔法は色々使えるし、それに伴って特殊な薬なんかも色々作ることができる。
それで、飲んだ人をドSにする効能があるドSナールという薬のレシピを知っていることを思い出してしまったわけよ。
なんてこと、まさか優秀すぎるが故に、こんな悲劇を招くなんて。
思いっきり、あっ、て言ってしまったけど、ここから盛り返せるかな?
「……そんな都合のいい魔法なんかあるわけないじゃない」
「嘘だ! あっ、て言ったの聞き逃さなかったもん! 誤魔化さないでよ!」
ですよねー。
あーあ、このアルティ一生の不覚と言っても過言ではない凡ミスね。
その薬をリリアに渡すということは、確実にハスタに使ってくるだろうし、ハスタの無事を祈るのであれば、ここで薬を渡すわけにはいかない。
いかないんだけど……ここからギャーギャー騒ぎ出す可能性を考えると、さっさと渡して楽になりたいって気持ちもある。
自分が楽するために仲間を売るのか、と思われるかもしれないけど、私には今回のケースなら大丈夫かもしれないという予感があった。
それも、気のせいとかじゃない、ある程度の根拠を込めての予感だ。
薬をリリアに渡したところで、ハスタは被害者にはなりえないと思う。
……よし、決めた。
リリアに薬を渡して、私は一足先に楽になろう。
「わかったわよ。観念するわ。ドSナールっていう薬があれば、それを飲ませればあんたの願いは叶うわ。それを作ってあげるから、待ってなさい」
「いやー、正直期待しないでアルティに押し付けたんだけど、聞いてみるものだね。じゃあ私は大人しく薬の完成を待ってるよ」
かくして私は、リリアに協力するような行動をとることになった。
この犯罪計画が成功してしまうと、ハスタは自分の意思に関係なく酷いことをリリアにしてしまう。
もっとも、リリアはその酷いことで興奮して喜んでしまうわけだけど、ハスタのように常識的な人だと自らの行動に酷く傷ついてしまうだろう。
ただ、私もハスタを犠牲にしたいわけではなく、彼女が被害者にはなりえないと確信してるから、あえて犯人を泳がせることにした。
……大丈夫よね?
大丈夫だとは思うんだけど、一応ハスタのために、部分的な記憶をなくす薬も作っておこうかな。
それからしばらくして、ついにドSナールは完成してしまった。
ついでに部分的な記憶をなくすキノウ・ナニ・タベタッケも作っておいた。
緊急事態用に記憶をなくす方の薬は保管しておいて、約束は約束なのでドSナールをリリアに渡した。
「ひゃっほう! これでハスタの足が舐められるかもしれない!」
とか言いながら、リリアはその薬をハスタに使いに行った。
これをハスタに使われてしまったら、彼女は自分の意思とは関係なく、他人を虐げるのが大好きなドSになる。
……そう、使われてしまったら、だ。
あんまりにもリリアが変態思考すぎて、皆はそっちばっか印象に残ってるかもしれない。
だからさ、他に特徴があったことを忘れてるんじゃない?
リリアは、マスクをしてないと出歩けないくらいに病弱な子でもあるのよ。
つまり、今まであんまり運動をしてこなかったので、体力がない。
うちのパーティで体力ランキングなんてものを作ったら、私とリリアが最下位を争うだろう。
一方で、ハスタは勇者を務めるくらいの逸材である。
剣を持って戦ったりするんで、当然体力は滅茶苦茶ある。
さっきのランキングで言えば、一位は間違いなくハスタで決まりだろう。
二位がメイユで、三位がダイヤで、ここからとんでもなく差が開いて私とリリアが四位を争う。
つまり、この最下位争いコンビの片割れが、一位に対して強引に薬を飲まそうとしても、たぶんそれは叶わない。
「ごめんね、リリア! 何か嫌な予感がするから、その液体は飲めないよ!」
「ま、待って……げほっげほっ! お願いだからこの薬飲んで……ごほっごほっ!」
ほらね。
今しがた、リリアがハスタを追いかけまわしているけど、追いつく気配はない。
それに、いくらハスタが優しいといっても、何でもかんでも許してくれるわけじゃない。
いや、具体的にリリアが持ってる薬の正体を知ってるわけじゃないんだろうけど、勇者の効能なのかな? ハスタは危険や悪意を察知する能力に優れている。
人を強制的にドSにする薬なんて禍々しいオーラしかまとってないだろうから、ハスタにかかれば、それを感じるのは容易ってわけね。
この展開を予想してたから、私は薬をリリアに渡すことにした。
リリアは望んだ薬を手に入れることができた。
そして私も、犠牲者を出すことなく、リリアの相手をしないで済む平和的な時間を手に入れてる。
いやあ、お互いにとって良い展開になったもんよね。
……ん?
巻き込まれて逃げ回ってるハスタはいい迷惑じゃないかって?
薬こそ飲まないで済んでるけど、逃げ回らなくちゃいけなくなったハスタは十分に犠牲者じゃないかって?
んー……まあ、ぶっちゃけそうなんだよねー。
ハスタは優しいから、薬を作ってリリアに渡したのが私だとわかっても、もうやらないでね? の一言で許してくれると思う。
でもまあ、犯罪未遂の片棒を担いでいたなんて、隠せるものなら隠しておきたいじゃない?
だから、ハスタには秘密のままにしておいてほしい。
たまには私が迷惑かける側で終わってもいいってことにして、ね。
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