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初恋は気づかぬまま散った(10年後。さ何とか君視点)
初恋は気づかぬまま散った8
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……翔に、会えるのか。
10年ぶりに。
「そ、それを畑仲の方は了承したのか? 相手が、俺と知っていて?」
「ああ。俺が直接話したからな。……『公私混同になるかも知れませんが、幼馴染みの猛と会えるのが嬉しいです』だとよ」
「社交辞令ではなく!?」
「……それはお前が会って判断するといい。少なくとも、俺には本音に聞こえたけどな」
思いがけなく降って湧いた機会に、期待と不安で唇が震えた。
翔と、会える。
ようやく、過去のあの言葉を謝れる。
それが嬉しくもあり、怖くもあった。
………もし謝ってなお、拒絶されたらどうしよう。
想い出の中の翔は、そんなことする奴じゃねぇけど……人は変わる。
翔から、罵倒されたら、正直立ち直れない自信はある。
それでも……少なくとも、今のまま一人悶々としているよりはましだろう。
「……ありがとう。親父」
俺の言葉に親父は唇の片側だけ上げて、苦笑した。
「全くつくづく俺も、息子には甘いよな。……せいぜい思いきりふられて、すっきりして来い。今のままじゃ、見合いすら用意できねぇ」
いや、ふられるとかそう言う話じゃねぇし。
………何故かその言葉は、口から出てこなかった。
翌日の午前中はずっと気もそぞろで、配属先の医師からは叱られまくった。
一日掛けてアルコールは完全に抜いたはずなのに、足下が何度かふわふわした。
「……若先生。今日、デートの約束でもしているんですか?」
「え?」
「今日、時計見過ぎです」
看護士の一人に指摘され、どきりとした。
「デートに浮かれる気持ちも分かりますが、仕事はしっかりして下さいね。若先生のせいで、先生が不機嫌になれば、皺寄せはこっちに来るんですから」
「それは……申し訳ない」
「本当ですよ。若先生は、腐っても院長の息子なんだから、あれでも先生わりと気を遣ってるんですよ。だから、当たられるのは、立場が弱いこっちなんです。全く迷惑な話ですよ」
………いや、お前ももっと院長の息子である俺に、気を遣ってくれよ。
つーか、先生より長くうちの院に勤めている超ベテラン看護士のお前には、さすがに先生も当たれ無いだろう。胃腸科最凶の主なんだから。
もちろんそんなことを言える程命知らずではない俺は、黙って気持ちを切り替えた。……恐らくこの注意も、自分の為ではなく、若手看護士の為なんだろう。彼女の指摘は正しい。
その後は集中して、仕事に取り組んでいるうちに、いつの間にか約束の時間帯になっていた。
ーーその時になってようやく、「デート」という言葉を否定し忘れていたことに、気がついた。
「……よし。髪型よし。笑顔よし。……心の準備、よし」
待合室近くの職員用トイレの鏡と睨めっこしながら、大きく深呼吸する。
落ち着け。俺。大丈夫。大丈夫だ。
普通に気さくに「久しぶり」って声を掛けて………その上で、自然な態度で昔のことを謝って………。
「………いや。やっぱりここはまず、翔の出方を待とう」
ついつい逃げを打つ自分を叱咤しながら、トイレを出る。
廊下の角に差しかかった時、不意に営業らしき男達の会話が耳に飛び込んできた。
「………あー、最悪だ。今日も畑仲の営業と待合室で会っちまった」
「気持ち悪いよなあ。あいつ。Ωの癖に、αみたいな見かけで。……ったく、ΩならΩらしく、家に籠もって旦那のαに寄生していろっつーの」
悪意に満ちたその言葉に、思わず足が止まった。
「それともあれかね? Ωの色気でαの先生を陥落しようと企んでるわけか。……あの見かけじゃ無理だろ。鏡見ろっつーの」
「そもそも院内は、セントラルディスタービングシステム効いてるしなあ。それでも産婦人科の先生とは懇意にしてんだろ? やっぱり枕やってんのかな」
「うわっ。あれに反応できるとか、αすげぇな。……やっぱりαにしろ、Ωにしろ、動物的な奴らだよな。俺達βと違って」
「確かに。……ずるいよなあ。Ωは。股開けば仕事取れんだから」
「ーーそう思うなら、もう二度と営業来なくて良いぞ。お前ら。何せ、うちの系列医の七割は、お前らが動物的だとか抜かしたαだからな」
割って入った俺の言葉に、βの営業二人の顔から血の気が引いた。
……こんな場所で、バース性差別を堂々と口にするとか、馬鹿かこいつら。
人間性差し引いたとしても、その考え無さの時点で、普通にうちで仕事させる気無くなるわ。
10年ぶりに。
「そ、それを畑仲の方は了承したのか? 相手が、俺と知っていて?」
「ああ。俺が直接話したからな。……『公私混同になるかも知れませんが、幼馴染みの猛と会えるのが嬉しいです』だとよ」
「社交辞令ではなく!?」
「……それはお前が会って判断するといい。少なくとも、俺には本音に聞こえたけどな」
思いがけなく降って湧いた機会に、期待と不安で唇が震えた。
翔と、会える。
ようやく、過去のあの言葉を謝れる。
それが嬉しくもあり、怖くもあった。
………もし謝ってなお、拒絶されたらどうしよう。
想い出の中の翔は、そんなことする奴じゃねぇけど……人は変わる。
翔から、罵倒されたら、正直立ち直れない自信はある。
それでも……少なくとも、今のまま一人悶々としているよりはましだろう。
「……ありがとう。親父」
俺の言葉に親父は唇の片側だけ上げて、苦笑した。
「全くつくづく俺も、息子には甘いよな。……せいぜい思いきりふられて、すっきりして来い。今のままじゃ、見合いすら用意できねぇ」
いや、ふられるとかそう言う話じゃねぇし。
………何故かその言葉は、口から出てこなかった。
翌日の午前中はずっと気もそぞろで、配属先の医師からは叱られまくった。
一日掛けてアルコールは完全に抜いたはずなのに、足下が何度かふわふわした。
「……若先生。今日、デートの約束でもしているんですか?」
「え?」
「今日、時計見過ぎです」
看護士の一人に指摘され、どきりとした。
「デートに浮かれる気持ちも分かりますが、仕事はしっかりして下さいね。若先生のせいで、先生が不機嫌になれば、皺寄せはこっちに来るんですから」
「それは……申し訳ない」
「本当ですよ。若先生は、腐っても院長の息子なんだから、あれでも先生わりと気を遣ってるんですよ。だから、当たられるのは、立場が弱いこっちなんです。全く迷惑な話ですよ」
………いや、お前ももっと院長の息子である俺に、気を遣ってくれよ。
つーか、先生より長くうちの院に勤めている超ベテラン看護士のお前には、さすがに先生も当たれ無いだろう。胃腸科最凶の主なんだから。
もちろんそんなことを言える程命知らずではない俺は、黙って気持ちを切り替えた。……恐らくこの注意も、自分の為ではなく、若手看護士の為なんだろう。彼女の指摘は正しい。
その後は集中して、仕事に取り組んでいるうちに、いつの間にか約束の時間帯になっていた。
ーーその時になってようやく、「デート」という言葉を否定し忘れていたことに、気がついた。
「……よし。髪型よし。笑顔よし。……心の準備、よし」
待合室近くの職員用トイレの鏡と睨めっこしながら、大きく深呼吸する。
落ち着け。俺。大丈夫。大丈夫だ。
普通に気さくに「久しぶり」って声を掛けて………その上で、自然な態度で昔のことを謝って………。
「………いや。やっぱりここはまず、翔の出方を待とう」
ついつい逃げを打つ自分を叱咤しながら、トイレを出る。
廊下の角に差しかかった時、不意に営業らしき男達の会話が耳に飛び込んできた。
「………あー、最悪だ。今日も畑仲の営業と待合室で会っちまった」
「気持ち悪いよなあ。あいつ。Ωの癖に、αみたいな見かけで。……ったく、ΩならΩらしく、家に籠もって旦那のαに寄生していろっつーの」
悪意に満ちたその言葉に、思わず足が止まった。
「それともあれかね? Ωの色気でαの先生を陥落しようと企んでるわけか。……あの見かけじゃ無理だろ。鏡見ろっつーの」
「そもそも院内は、セントラルディスタービングシステム効いてるしなあ。それでも産婦人科の先生とは懇意にしてんだろ? やっぱり枕やってんのかな」
「うわっ。あれに反応できるとか、αすげぇな。……やっぱりαにしろ、Ωにしろ、動物的な奴らだよな。俺達βと違って」
「確かに。……ずるいよなあ。Ωは。股開けば仕事取れんだから」
「ーーそう思うなら、もう二度と営業来なくて良いぞ。お前ら。何せ、うちの系列医の七割は、お前らが動物的だとか抜かしたαだからな」
割って入った俺の言葉に、βの営業二人の顔から血の気が引いた。
……こんな場所で、バース性差別を堂々と口にするとか、馬鹿かこいつら。
人間性差し引いたとしても、その考え無さの時点で、普通にうちで仕事させる気無くなるわ。
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