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聖女の日々13

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『魔女め……! 私の息子を返せ……!』

『お前の、せいで……! お前のせいで、あの子は死んだ……!』 

『お前が死ねば、よかったのに!』

 救えと吠えた彼の瞳が、遠い昔のアシュリナを責めたてたあの人の瞳に重なった。

 炎の中で焼かれる苦痛が、脳裏にフラッシュバックする。   

 ーー腕を切断することになる彼もまた、あの人と同じように、救えなかった……否、救わなかった私を憎み続けるだろう。
 そのくすぶっている憎悪の炎が、再び私を焼き尽くすかもしれない。

 そう思ったら、怖くて仕方なかった。

「……私は、自分のことばかりです。これからも大切な家族と、安寧で幸せな暮らしを続けたいと願うからこそ、割り切る覚悟を決めたのに。救わないことで民に宿った憎悪によって、再び命を奪われる可能性を恐れて、揺らいでいる。民に献身を捧げ続けて亡くなった、初代聖女様とは大違いです」  

 私の言葉に、予言者は小さく笑った。

「ーーいいえ。やっぱり、貴女は初代聖女様に似ていますよ。迷い、苦しむ、その人間らしい弱さも」

「…………」

「あの御方も、そうでした。救わないことで、失望され責めたてられることを恐れ、自らの身を削って、望まれるがままに、民を癒やし続けていました。……聖女であらねばならないという強迫観念こそが、あの御方の原動力だったのです」

 それは、伝説には語られない、初代聖女の真実の姿だった。

「詳細は初代聖女様の名誉に関わるので語りませんが……あの御方の過去は、けして幸福なものではありませんでした。認められ、受け入れられ、褒め讃えられることに、飢えていた。やがて神の気まぐれによって、あの御方は特別な力を有するようになった。そしてその力を最大限に生かし、【聖女】として讃えられ感謝されることに、あの御方は喜びを見出すようになったのです」

「……初代聖女様、が?」

 予言者の話で、初代聖女のことを聞いて以来、私は聖女の伝説について色々調べて来た。
 伝説で語られる初代聖女の姿は、ただただ心優しく、清く、美しくて。
 とても、そんな心の闇を抱えていたとは、信じられない。

「……私は、あの御方に何度も懇願しました。もう、聖女の役目を終えて良いのだと。聖女ではなく、ただの女性として、私の妻になってはくれないかと。ーーですが、彼女は受け入れてくれなかった」
 
 
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