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聖女の日々29

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「……ディアナ。お前、自分が言っていることの意味、分かってるのか」

 聞いたこともないくらい低く感情の分からない声でそう問われ、びくりと体が跳ねた。

「……分かっ、てる」

「分かってないよ。お前は全然分かってない」

「っ」

 次の瞬間、私は兄様に抱えあげられていた。
 何が起こっているか分からないでいる間に、そのままベッドに寝かされ、上から覆いかぶさられる。

「ディアナ。……俺がその気になりさえすれば、無理やりお前をどうにかするなんて、簡単なんだよ」

「っ」

「非力なお前なんて、簡単に押さえ込める。……ほら、こうやって」

 兄様は私の両手首を片手で拘束して、そのまま頭上に掲げさせるような体勢で、ベッドに縫い付けた。

「手首を押さえつけるのも、片手で十分だろう。それなのに、どうして何をされてもいいなんて言えるんだよ。お前はもっと考えてから、発言しろ」

 普段は優しい兄様の瞳は、獣のようにぎらついていて。
 私を脅す低い声は、明らかに怒気に満ちている。
 それでも、私は兄様を怖いとなんて、思わなかった。

「……兄様は、しないもん……」

「…………」

「兄様は……私を傷つけることは、絶対にしないって分かってるもん……」

 放り投げてもよかっただろうに、兄様が私をベッドに下ろす手は、どこまでも優しかった。
 今だって、両手を拘束されているのに、ちっとも痛くなんかない。

 どれほど怖い顔で私を脅したところで、今さらだ。
 兄様は、絶対に私を傷つけない。
 他の誰が私を裏切ったとしても、絶対に兄様だけは私を裏切らない。
 私は、この十数年で、それを身に染みて知っているから。

 しばらく黙り込んだまま、じっと私を見下ろしていた兄様だったが、やがて諦めたかのように深々とため息を吐いた。

「……俺は、お前のその信頼が怖いよ」 

 そして、そのまま私の体にぐるぐると布団を巻き付けてから、隣に寝転がった。

「……兄様? 何で布団……」

「結界だ。結界。俺の理性を蒸発させない為のな。……全く。生殺しにも程があるぞ」


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