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聖女の日々37

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「敢えて」という言葉に、どきりと心臓が跳ねた。

 ……マナエさんは、知っているのだろうか。
 私が、万人を救う力を持ちながら、敢えてその力を制限していることを。
 私が、皆を騙していることを、彼女は知って……。

 真意を探るべく、彼女を見ても、その表情からは何も読み取れない。

「聖女様。……医者は、職業です。慈善家ではない。利益を求めて当たり前ですし、そもそも治療自体にもそれなりの経費がかかります。知識も、技術も、薬も、無料じゃない」

「…………」

「だからこそ、私達は患者を選びます。苦しむ全ての人に手を差し伸べよう等とは、思いませんし……手を差し伸べてなお、救えないことだってある」

 マナエさんはそう言って、じっと自分の掌を見つめた。

「王宮医になる前は、私は普通の町医者でした。この手で多くの人を救って来ましたが……その分多くの死も見て来ました」

「…………」

「治療費が無い患者を見捨てたことも、私の力が及ばずに患者を死なせたことも、数えきれない程経験してます。その度私は詰られ、責め立てられ、怨嗟に晒されて来ました。……この掌には、それだけたくさんの人の血が染み込んでいるのです」

 そう言って、マナエさんは節ばった掌を、私に突きつけた。

「王宮医になって以降は、患者を死なせる頻度は減りましたが、苦しむ人々を見捨てる機会は増えました。私の治療は、王と、王が求める対象のみに与えられる物。その判断において、私の選別は不要です」

「……それじゃあ、今回はどうして」

「お伝えしたでしょう? あくまであれは、王の要請があったから。『餌はもう、十分撒き逐えた』ーー王はそう、判断されたのです」

 そう言って、マナエさんは再びあのぎこちない笑みを浮かべた。

「……聖女様。貴女からすれば、私はさぞかし冷酷で薄情な人間に思えるでしょう」

「っそんなことは……!」

「否定しなくても、大丈夫ですよ。……ご自分ですら責めている貴女が、そう思わない方がおかしい」

 マナエさんは口元に笑みを浮かべたまま、そっと目を伏せた。

「……でもね、聖女様。それでも私は確かに、人を救っているのですよ。そして、貴女も」

「……っ」
 
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