乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら、ヒロインが鬼畜女装野郎だったので助けてください

空飛ぶひよこ

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アルク・ティムシーというドエム

アルク・ティムシーというドエム7

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「君の背中に翼が見える」における、舞踏会イベント。
 これはゲームのエンディングを迎えるひとつ前の、山場だといえるイベントだ。

 どのエンディングにでも共通したイベントであるが、パートナーになる相手は一定以上の好感度を満たすことに成功した攻略対象になる為、ここでようやくどのキャラのルートに入っているのか確証出来る設定になっている。

 ちなみにパートナー決めは他キャラと比較した相対評価ではなく、数値上の絶対評価である為、パートナーがモブになってしまった場合は、攻略対象の好感度が足りずにノーマルエンドかバッドエンドに入ってしまっていることが確定していることを意味する。……まぁ、舞踏会イベントをこなせたから、ちゃんとしたエンディングになるかと言ったらそうとも限らないのが、このゲームの怖い所ではあるんだけど。舞踏会イベントから、さらに複数エンドに分岐する、超マルチエンドシステムだからな。なんせ。

 庶民のヒロインが美しく着飾って攻略対象と踊るスチルは非常に豪華で、イベントそのものも思わず悶絶してしまうような非常に甘い設定になっている。

 ――しかし、ゲーム上ではエンディングの次に特別なイベントである舞踏会イベントではあるが、実際去年経験した身としては、正直大したイベントではないなと思わないでもない。

 学園の多くの生徒が参加する為、舞踏会の規模自体は他と比べ物にならないほど大規模であるが、所詮は学園行事である。実際の社交界でのダンスパーティに較べると、華やかさにも緊張感にも欠けるというのが本音だ。
 主催者の威信が測られるわけでもなく、そこに政治的な思惑が飛び交うわけでもない。あくまで、実際社交界デビューをする前の、体験パーティなのだ。言うならば、前世における文化祭のお化け屋敷と、有名遊園地での本格ホラーアトラクション並の差がある。

 学園に在籍するほとんどの生徒は卒業後に社交界デビューを果たすのだから、それでも十分なのかもしれないが、なんせ私は大貴族ボレア家令嬢。他家よりもずっと早い13の頃には、既に非公式ではあるものの、社交界に参加しはじめていたりする。
 そんな私にとって、学園の舞踏会なんて子供のお遊びのようにしか思えない。……聞いたことはないが恐らく、皇太子であるオージンもまた、同じ気持ちだろう。

 だからこそ、私は去年の舞踏会を、淡々とこなしていた。最終学年の生徒には特別な意味があるパートナーも、下級生には関係ない話だ。誰と踊っても問題はない。申し込みがあった、最終学年ではない生徒のうちから、縁を結んだらそれなりにボレア家の益になりそうな相手を適当に選んで踊った。ただ、それだけのイベントだった。

 昨年のパートナーは今年三年である為、今年の舞踏会ではまずパートナーに選ぶことはしないし、そのことは昨年のうちに既に伝えてある。……ロマンもへったくれもあったもんじゃない。

 だけど、そんな私にとってはどうでもいい筈だったイベントが、今、どうしようもなく気にかかってしまう。
 大したイベントでもない筈なのに、それなのにゲームに引きずられて、なんだかすごく重要なイベントの様に錯覚してしまう。

 このイベントを、ゲームのエンジェのように、望みの相手と踊れたら素敵だなんて、そんなことを夢見るような柄じゃないのに。



「――なんだ、ルクレア。また悩み事か?」

 突然かけられた声に、咥えていた匙を置いて、顔をあげる。

「……別に悩んでなんかいないわ。ちょっとボンヤリしてただけよ」

「私が薦めたイチゴパフェを、わざわざカフェテリアまで食べに来ているのにか?」

 そう言って、マシェルはごく自然な動作で持っていたトレイをテーブルに置いて、私の眼の前に腰をおろした。
 ……いや、私相席していいとか言ってないんだけど。
 別に、相席が嫌ってわけじゃないけど、なんだかむず痒くなってくる。

「貴方に勧められて思いの外美味しかったから、気に入ってまた食べたくなっただけよ。深い意味なんか何もないわ。……それにしてもマシェル、貴方はまたアイスなの? いい加減、季節外れでしょうに」

「……まぁ、そういうことにしてやってもいいが。食後の口直しとしてのアイスに季節感も何もないだろう。私は真冬でも食べるぞ。温かい暖炉の傍でとは言わず、極寒の吹雪の中食べたって平気だ」

「……さすが氷属性ね。無属性の私には理解できないわ。氷属性の人って、皆そうなのかしら?」

「さぁ、知らん。だが、メネガ家の氷属性の者は皆そうだな」

 そう言って、マシェルは優雅な手つきでアイスを掬って、口に運んだ。……まぁ、味が巨峰な分、季節感があるって言えばあるけど。

 小さくため息を吐きながら、私もまたパフェを口に運ぶ。相変わらず味は絶品だが、この味をもってしても私の脳はいまいちすっきりしない。……やっぱりどんな美味しいものでも、初回ほどの感動はないもんだよね。どうしても。

 もぐもぐとイチゴを咀嚼する私に、同じく一口めのアイスを咀嚼したマシェルは、その青い瞳を向けた。

「――まぁ、お前の悩み事なんか、大体想像がつくがな」

 マシェルの口端が、含み笑いを浮かべるように吊り上った。

「どうせ、次の舞踏会のパートナーのことで悩んでいるんだろう」


 ………何故、ばれたし。

 エスパー!?
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