夢のような日々

てくたいと

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蛍袋を鳴らすため

言い訳1

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 長い梯子を登りきって天井を開けると、そこにはキンが壁にもたれて待っていた。
「今回は私が同行する。司令は二つ、君に傷をつけない事を最優先に、指示には従う事。好きに使え」
 表情からは何も読み取れず、先ほどまでの不機嫌さも綺麗さっぱり無くなっている。ただ、彼女を好きに使えるというなら都合がいい。
 使える物はなんでも使う。サバイバルでは特に大事な事だ。
「あー、じゃあ目的地までナビをお願いするよ」
 南西と言われても、しばらく方位を確認できる物も無かったせいで、どっちが北かも分かっていなかった。
 キンはそれを聞くと返事もせずに歩き出し、既視感を感じながらその後ろについて行く。
 どうやら来た道を戻るらしく、虎さんの言葉が過った。
 別に気にする事もない。そう言い聞かせても、感情というのは制御が利かず、勝手に苛立ちを覚え始めてしまう。
「君は、なんでコロニーに居るんだ?」
 それを誤魔化すように質問をしてみたが、返事はなく肩を竦めた。
「あー、なんでコロニーに居るか教えなさい」
「私の恩人に、皆んなを守るように頼まれたからだ」
 まさかと思ったが、こんなに融通の利かない人は初めて見た。司令がどうのと言っていたが、それ以外は本当にどうもしないつもりなのだろう。
「じゃあ……そうだな、こちらの質問には嫌な場合を除き答えるように。それと、疑問があれば言うように」
 少し無理のある話かも知れないが、これで会話くらいはできるだろう。何だかんだ人と会話できるというのは、それなりにありがたい。
「なら疑問は二つ。お前の持っている魔具の詳細を知りたい。それと、どうやって一人で生き延びて来たかだ」
 キンは思ったよりも多弁のようだ。こちらに興味を持っていることが意外で、少しばかり印象が丸く見える。
 しかし、魔具について聞かれるのは少し困った。この様子だと聞き出すように言われているかも知れないし、何よりも話したい物でもない。
「えーと、実は魔具を持ってないんだ。クロの前では……」
「なぜ嘘をつく?」
 適当な言い訳を噛み砕くように、冷えた双眸がこちらの目を捉えていた。いつの間に立ち止まっていたのか、彼女との距離は一歩ほどしか離れていない。
 クロといい、この女といい、不可解な奴等だ。普通なら、嘘だと分かっても分かりやすく噛みつきはしない。ましてはお互いに何も知らない状況だ。
「話したくないから、だね」
「なるほど……」
 正直に答えると、興味をなくしたようにまた歩き始める。どうやら、頭に少々の問題があるらしい。
 最初の出会いの時から感じていたが、どうにもコミュニケーションが取りにくい。その手の病気なのだろう。
 というより、そうとでも思っておかないと考えさせられるのが手間だった。
「それと、どうやって生き延びて来たか。襲われたら自衛して、ただあり合わせの食料と水をやりくりしてただけかな。まぁ、運が良かったって事で」
 キンは特に反応を示さず、どうやら満足してくれたらしい。
「それじゃ、そっちの魔具について教えて欲しい」
 こちらの質問には即答していたのに、今回は返事がない。まさか答えたくないというつもりだろうか。
「……足の速くなる靴と、魔具以外ならなんでも斬れる刀だ」
 遅れてきた答えは簡素な物で、彼女なりに答えられる範囲を絞っていたのだろう。
 ただ、実体験した事と合わせればなんとなくどんな物か分かった。
 一瞬で車三台分の距離を詰めてみせたアレは、速くなるなんて物ではない。実際にそうだったとしたら、全身の力が増大してないと勢いのまま体が吹き飛んでしまう。
 わざわざ移動に限定する必要は無く、移動に関する何かしらの力を働かせるのは間違いない。ひとまずは、任意の場所への転移する物。そう考えておこう。
 そして刀。これは分かりやすくアニメチックな物で、斬りつけた後に鞘に収めることが条件だろう。
「やっぱりそうか。出会った時は一瞬のことで分からなかったからな」
 キンはやはり返事をせず、暇を持て余してこれからの事に思考が飛んだ。
 といっても、考える事といえば明日の食事や、湯船に浸かりたいなんて贅沢を思う程度。それ以上に、考えられるような事もない行き当たりばったりな日常だ。
「キンは、何のために生きてるんだ?」
 気付くと、そんな事を口走っていた。
「私は……」
 お互いに予想してなかった質問に、キンは言葉を詰まらせる。
 死にたくない。人はそれだけで生きられるようにできていて、改まって理由を考えても借りてきたような理由が外から入り込んで来る。
 腹が鳴るのを止められないように、生きようとする事がやめられない。それだけだ。
「……普通の生活がしたい」
 まさかの返事に、返すべき言葉を見失う。
 返り血のついた服と、片手には物騒な刃物。そんな身なりをした人から、一般的な幸福を望む声が聞こえてくるとは、疲れているのかもしれない。
「お前はどうなんだ」
 キンは立ち止まりはせず、何でもないように聞いてくる。しかし、その声は少し上ずっており、何かしらの期待を含んだものだった。
「死にたくないから生きるんだよ。痛い事や怖い事は避けたいっていう、子供みたいな理由だね」
 キンは言葉を返さず、こちらも話しかける事はない。ただ無言で時間だけが過ぎて行き、いつのまにかそれに違和感を感じなくなっていた。
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