夢のような日々

てくたいと

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蛍袋を鳴らすため

言い訳2

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 会話もなく歩く事一時間余り。太陽も真上に差し掛かり、傾き始めた頃だ。この辺りは都会と呼ぶには少し低い建物が目立ち、田舎と呼ぶにはコンクリートの壁が多い。漁ればいくらか食料もありそうで、昨日であれば実際にそうしていただろう。
 風の吹かない通りを呆然と見回していると、言葉の一つもなく不意にキンが立ち止まった。
「っとと、何かあった?」
「……十分もしたら見えてくるらしい」
 よそ事を考えていたせいか、その言葉を飲み込むのに少し時間がかかった。
「ん、あぁ。俺一人で会うから、隠れて見てて欲しい。危なそうになっても、ギリギリまで出てきたらダメだからね?」
 キンはそれを聞くと周囲を見渡し、手頃な瓦礫に座り込んでから首を横に振る。
「死ぬまで邪魔はしない。話も合わせる。だから、お前のやり方を見せて欲しい」
 考えている事は分からないが、クロの指示か何かだろう。使えそうか試すといった所か。
「できれば死ぬ前には助けて欲しいね」
 キンからの返事は無く、期待もしていない。
 これから来る誰かより、冷えた頭で少し前の彼等を思い出す。
 怪しい童女に、過激なヤクザ、運の無さそうな青年。そして、初期化したパソコンのように、真っさらな女。
 探し物とは無縁な集団で、扱いやすそうな相手も居ない。しかも他にメンバーが居るようで、癖だらけな人をよくも集めたものだと感心する。
 それだけ、魅力的なまとめ役が居るのだろう。彼等と協力するかは、その人に会ってから考えてもいいような気がしてくる。
「あの、すいません」
 不意に聞こえた声に、弾かれたように現実へ戻ってきた。
 車一台ほど離れた距離から声をかけてきたのは、ヘッドホンを首から下げた若い少女。ファーの付いたパーカーに、裾が擦り切れたホットパンツ。服装の若者感とは離れた無表情は、どこか色香を感じさせる儚さを匂わせている。
「あーごめん。ちょっと考え事をしててさ。何か用かな?」
「正道だよね」
 女はこちらの返事よりも先に歩み寄り始め、思わず一歩下がってしまった。
「そうですね、何が入り用かな?」
 見た所、武器になりそうな物は見えない。ただ、健康的な四肢を見る限り食事には困っていないのだろう。それだけ余裕があるならわざわざ追ってくるだろうか。
 後からついてきた思考を信じ、停止するように掌を突き出した。
「なるほど、なるほど。いい体してるね」
 しかし、彼女はそのまま目の前までやってくると、自然にこちらの体を触り始める。反応に困りされるがままにしていると、すぐに手を離して後ろにいるキンを覗き見た。
「あぁ、彼女は少し前に出会ってね。こんな見た目だけど、悪い人じゃないから安心して欲しい」
「ふむ。また今度ね」
 彼女はそう返し、手を翻すとそのまま横を通り過ぎて行く。まるでコミュニケーションの感触は無かったが、何となくキンの知り合いであろう事は分かった。
 キンは特に反応を示しておらず、彼女が会いに来た人なのかすら分からない。
「アレは気にするな。居ないと思っていい」
 どうやら偶然にも居合わせただけのようだ。キンにとっても不本意だったのか、不機嫌そうに鼻を鳴らしている。
「仲間なんだろ?」
 探りを入れようと聞いてみたものの、返事は無くこちらの背後へ顎をしゃくられた。
 振り返って見ると、瓦礫の隙間から一組の男女がこちらを見ていた。それぞれ学生服を着ており、年齢もおよそその位だろう。
 予定と違う出会いになってしまったが、それならそれなりに対応すればいい。
「んー、何か用かな?」
 可能な限り何事もなく、困ったように笑って見せた。
 彼等は顔を見合わせると、男だけがこちらへやってくる。
 両手とも上げており、服には膨らみも見受けられない。害意は無いと見て良いだろう。しかも、痩せこけた顔からは疲労と重度の空腹が一目で分かる。
 そして何よりも大切な事は、返り血の痕跡がないという事だ。
「アンタ、正道だろ。物々交換がしたい」
「何が欲しいかは分かるけど、何をくれるのかな?」
 会話の主導権を奪いながらこちらも荷を降ろし、中にある食料の確認をした。乾パンが一缶に即席ラーメンが二つ。迷うことなく乾パンを選ぶと、それを取り出して見せる。
「っ軍人なら、これの使い道もあるんじゃないか?」
 生唾を呑みながら尻ポケットから取り出したのは、拳銃の弾の箱で、中身のある事も確認できた。
 きっと、藁にもすがるといった状況なのだろう。護身用の道具と食料なら、確かに釣り合いも取れていた。
「ダメだ。ここから軍事基地は遠い。そいつに合う銃はここいらじゃ入手できないんだよ」
 しかし、彼はこの状況を理解できていない。男は武器を持たず、後ろに隠れたままの女も怯えた表情から足手まといだとすぐに分かる。
 対するこちらは合図一つで首を飛ばせるような凶器を扱える味方付きだ。
 弾の種類はロクに確認もしていないが、どの道まともに管理されていない弾なんて怖くて使えない。
「頼む、もう二日も食べてないんだ。半分でもいい」
 一歩近づいたのを見て、それを手で制止する。彼は出した一歩をゆっくり戻し、同時にしかめたの眉をすぐに元に戻す。
 きっと、生前もマナー良く生活していたのだろう。それなりの善意を持ち、自己犠牲もいとわない。美徳に酔ってしまう輩だ。
 それなら、分からせないといけない。
「もう他人とは関わらない方がいい」
 そう言って缶を投げてやると、取り損ねた缶が鈍い音を立てて地面に落ちた。
「良い人なんて居ない。ましてや裕福な奴なんて信用するな。ここで運を使い切ったんだよ、お前達は」
 お世辞にも言葉が上手いとは言えないが、意味くらいは伝わっただろう。驚いた様子で落ちている缶とこちらを見比べる彼に、それ以上の言葉はかけない。
「行こうか」
 キンは相変わらず返事もせず、通り過ぎたこちらの後ろを付いてくる。
 男は声をかけてくる事なく、後ろでは早速缶を開けている音が聞こえ、同時に駆け寄る足音を最後に静かになった。
「……良い女の子は、普通ではないのか?」
 それを真剣に聞いてくる声は、あまりにも幼く聞こえてきた。
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