夢のような日々

てくたいと

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スターチスの夢

ビターチョコレート

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 正道を見送ってすぐ、クロは人形遊びを始めていた。首の取れかけた王子様が、服の無い姫さまを助ける話らしい。
 セキは我関せずとギターのチューニングを始め、視線の一つも寄越さない。
 無精髭を指でなぞり、小さくため息をこぼした。
 キンが後を追って数分。ようやく頭に登った血も引いて冷静になってくる。
 アダルト雑誌を開くと、すぐに口が動いた。
「アレは言い過ぎだったか。いや、生き残るのには必要無い拘りだろ。それでここまで来たのは事実だ。だが……」
「虎さーん」
 セキの声が通り抜け、意識的に口を閉じる。どこかで独り言は頭の整理になると聞いたが、できた試しがないからだ。
「まぁいいじゃないの。アイツに限らず、俺以外はみーんな変人か頭のおかしい奴だし。俺以外のまともな奴を期待しちゃダメだって」
「バカが一人混じってるのを忘れてるぞ」
 こんなバカを相手していたら、整理できる物もできない。肩をすくめて見せたセキを横目に、雑誌を置いて天井を見上げた。
 シミだらけで灰色の天井。元は白かったのだろうと思うも、そうだった頃は想像も付かない。
 ただ、これが真っ白になったら目障りなのだろう。
「ふむ、不服だったか」
 頭を空にしてシミを眺めていると、不意に声をかけられて顔を向けた。
 声の主は遊んでいた人形を投げ捨てると、立ち上がってスカートを軽く叩いてから言葉を続ける。
「シロとグレーがイチャつき始めてうるさい。黙らせて来い」
 無表情にそれだけ言うと、懐からクッキーの袋を取り出して床に投げ捨ててしまう。
 拾い上げてみただけで、中が割れているのが分かり肩をすくめて見せた。ちなみに、市販の袋ではないらしく消費期限は書かれていない。
「ちっとは大切に扱ってやれんのか?」
「物に情をかけるように見えたなら、両目とも取り替えなさいな」
 クロがどう捉えて、何を意味して答えたのか。深く考えないようにした。
 クロはソファに寝転ぶと背もたれに顔を向け、それ以上の会話もない。
「はじめてのおつかい。見張っとかなきゃ危なっかしいね」
 セキはギターを置くと立ち上がり、横からクッキーを掻っ攫って部屋から出て行った。不機嫌なクロと待機しているのが嫌なのだろう。
「んじゃ、行ってくる」
 それを追って部屋から出ると、セキが物言いたげに肩をすくめて見せていた。こちらも同じように返してやると、口は開かず二人で長い梯子を上って行く。
「っはぁー。クロの気まぐれもどうにかならないのかねぇ」
 蓋を閉めてすぐ、特大のため息と一緒にセキの本音が吐き出された。
「正道だっけか? あいつ舐めてるって。自衛官だから腕っ節とサバイバルは得意だろうけど、足引っ張られるのはごめんだぜ」
 それも、結構な量らしい。おちゃらけてはいるものの、こいつは敵を作らない性質だ。わざわざ口に出すと言う事はよほど嫌いなのだろう。
「まぁ、クロもアレで人を見る目はある。メンバーが増える事はあっても、減った試しは一度もない。だろ?」
 そうなると、何となく宥めるような言葉を選びたくなる。自分も同じことを感じているのに、天邪鬼という物なのだろうか。
「ん、まぁ。アイツの人選は魔具由来だろ? 詳しくは知らないけど、俺のこいつも一目で見極めてたし」
 そう言ってセキは髪の下に隠れていたシルバーのリングピアスを、軽く指で弾いて見せる。
 仲間内で魔具の情報を教えあう事は無い。しかし、重要な役割を持つ何人かはクロから詳しく知らされるのだ。
「たしか、修復に関する知識だか経験だかをもたらすとか、なんとか?」
 服すら貴重な今となっては、これ以上無いくらい大事な戦力。そうやって紹介された事は覚えているが、このチャラついた男にできるとは到底思えない。
「まぁ、そんな感じ。服から武器からギターから。果ては人間まで、治せる物ならなんでもござれよ」
 そんな疑心を感じてか、クロのように大仰に両腕を開いて見せられ、苦笑いをこぼした。
「お前、クロに似てきたな」
「それは勘弁してくれ。アイツの事は信頼はしてるが嫌いなんでね。何人か殺してきた俺が言ってもアレだが、アイツはマジもんの屑だよ」
 このまま話し込むと動かなくなりそうなので、返事より先に体を外へと向ける。
「それについちゃ、あまりとやかく言えないな。こっちは二十かそこらだ。それも全く心が痛まない」
 そして、遅れて思考が追いついてきた。
 正しい事とは、何か。身を守るために他者を手にかけたとして、何がいけないと言うのだろう。自分の言葉はそのまま、そんな疑問の表れだった。
「でも、虎さんにゃ叶えたい夢がある。俺やクロはただ漫然と死にたくないだけだぜ?」
「まぁ、善悪では生き残れないって話だ」
 道路に出て振り返ると、塔のように伸びたビルの上へ顔を向ける。すると、少ししてビー玉のような物がゆっくりと降りてきて、それを掴んだ。
「準備できたぞ」
 そして、セキの肩を掴んでからそう呟くと、一瞬にして目の前に一組の男女が現れる。
 白髪にベージュ色の学生服。仲良く繋がれた手首には、二人揃って傷跡がくっきりと映し出されている。
 二人とも実年齢は三十路を超えているのに、まるで中学生のような幼い顔つきだ。そう感じるのは、彼等の精神的な幼さも理由の一つだろう。
「いやー、やっぱこの感覚は慣れないな」
 セキが最初に口を開くと、突然の強風に煽られ二人揃って膝をつく。なぜならここは、地上数百メートルにある手すりもない屋上だ。落ちるくらいなら無様に膝をついた方が何倍もマシという物。
 握っていたガラス玉は消えており、手持ち無沙汰に頭をかいた。
「「何か用?」」
 直後その声は重なるように頭へ響く。イヤホンの上からヘッドホンをかけたように、歪な反響。
「魔具を切ってから話してくれ。頭が変になりそうだ」
「あ、忘れてた」「いいじゃないか。こんなに綺麗な声なんだ」
 二人同時に口を開いたが、お互いに途中でやめたりしない。相手をし慣れたおかげで聞きなおすことも無くなった物の、正直煩わしい。
「グレー、私が怒られてるんだから口答えしちゃ、メッだよ」「あぁ、ごめんよシロ。悪気は無いんだ」
「こんなでも、年上ってのが納得いかないよなぁ」
 セキの愚痴はもっともだが、それに答えていると話が進まない。
「クロが魔具を繋いだまま会話するなって怒ってたぞ」
「でも、一度切ると地下に繋ぐの大変なんですよ?」「シロに手間をかけろって?」
 そろそろ頭が痛くなりそうで、こめかみを抑えるとセキに合図を送る。
「ほーれ新鮮なクッキーだぞー。言うこときけこのヤロー」
 セキも耐えかねていたようで、雑に袋を投げつけた。グレーは何の気なくそれを受け取ると、中身を二人で覗き込んだ。
「仕方ない、言うことを聞いてやる」
 シロは早速それを口に運んでおり、ようやく一人だけの声を聞く事ができた。さして嬉しくもないが、条件反射で胸を撫で下ろしてしまう。
「あ、そうそう。リーダーが帰ってくるよ。葵も一緒だから安心してね」
 つい、撫で下ろした手をそのまま止めてしまった。口に出せない嫌な予感が胸中をのたまい、ゆっくりと唾を飲み込む。
「そうか、もうそんな時期か」
 何ともないように呟いたのは、無表情に街を見下ろしていたセキだった。何を思っての言葉なのか、聞く事はできない。
 互いに信用していても、心根の声はバラバラ。そんな中でも、こいつの気持ちだけはよく分からないのだ。
 わざわざ覗かなければ、暗い井戸に怯えることもない。俺はただ、やりたい事を済ませるため、やりたいようにするだけ。
「やけに足が速いんだよね。気構えはしておいた方がいいよ」
 グレーはシロが関わらなければ嫌に普通だ。それがまた不気味で、言葉は返さなかった。
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