夢のような日々

てくたいと

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スターチスの夢

ホワイトチョコレート

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 シロ達と別れて下まで降ろしてもらった後、セキは中へと戻って行った。その時には普段通りのアホ面をしており、頭の整理も済ませたのだろう。
 それに対して俺は、心臓に鳥肌ができたような感触に苛まれながら、入り口傍の柱に寄りかかっていた。
 リーダーの事は気になるが、それよりも先に一人の女性が脳裏に張り付いている。
 艶のある長い黒髪に、スラリと伸びた四肢。厚い唇の上には切れ長の目が妖艶に浮かび、女性の理想像の如きメリハリのある肉付き。その全てが完璧と呼べる完成度でありながら、高圧的な姿勢は見せず、どこまでも温和な母性も併せ持っている。
 あぁ、愛しいという言葉がどれほどの容量を持っていても、きっとそれでは足りない。足りないからこそ、何度でもその言葉を伝えてやりたいのだ。
 桐谷葵。彼女であり、未来の妻。
 この待ち遠しさに比べれば、不安なんて細やかな事でしかない。
「ふぅ……」
 しかし、そうも言っていられないのも事実で、一息吐いてから思考を切り替えた。
 もし戦いが起きるなら、誰よりも前に立って進まなければいけない。それが俺の仕事であり、避けては通れない道だ。
 ならば、せめて準備くらいは万全にしておくべきだろう。
「さぁて、どんなもんかね」
 手頃な瓦礫を拾いに行き、軽く上へと放る。それは素直に手元へ落ちてきて、掌に触れると同時に明後日の方角へ弾き飛ばされた。
 左手首を確認し、白い腕輪が仄かに光っている事を確認する。
「まぁ、このくらいか」
 実のところ、魔具について分かっている事は非常に少ない。キンの持つ刀一つ取っても、漫画的な斬り方のできる物なのか、遅れて両断する物か、納刀時にトリガーとなって対象物を断つのか。色々な憶測ができる。
 キンに関しては、結果が変動する余地が非常に少なくていい。しかし、この腕輪はそういう訳にも行かなかった。
「触れた物を弾くってぇ話なら良かったんだがなぁ」
 頭で浮かべた部位に効果を出すようだが、足の裏に使っても吹き飛んだりはしない。壁を蹴っても弾かれないし、当然飛び跳ねて着々しても何もおきなかった。
 この不明確な部分も、いつか分かるだろうと放置して今に至る。
「んまぁ、時間置いたからって思いつくものでもなし。歳は食いたくないねぇ」
 再度小さな瓦礫を空へ放り、魔具を付けた拳を打ち付ける。
 瓦礫は野球ボールのように鋭く飛び去り、壁に当たると砕けて落ちた。精度は落ちていないらしく、それについては安心した。
 これでもうやる事はない。それでも下に戻るのも億劫だった。
「男にゃー、っあ、やらにゃならーん事があぁる。おぉんなーを抱きゃー叩かれど、それでもあぁいしてやるもんさ」
 そうなると、昔から好きだった曲を口ずさみ、ただ待ち人が現れるのを待つ。カラオケで歌ったら、あまりの下手さに笑われたっけか。などと頭をよぎるも、歌う事はやめない。それが彼女を思い描く、最上の絵の具だからだ。
 口ずさみながら待って一時間、流石に歌うのをやめてただ座っていると、ようやく人影が視界に入り重い腰を上げた。
 人影が誰かは一発で分かる。
 中学生くらいの身長に肩までしかない栗色の髪。服は白色のシャツに赤いカッターシャツで、ささやかながら膨らむ胸部が涙ぐましい。丸い目は見開いて真っ直ぐに前を見つめ、息を荒げる口元は楽しげに吊り上っている。
 しかし、何よりも分かりやすいのは、人ではありえない速度で走っている事だ。かの有名なオリンピック選手でも、そんな速さで走る事はできない。
 そして近づくにつれ明確な輪郭を見せるのは、空に引っ張られているかのようにピンと立つ耳だ。
 耳と言っても人の物ではない。牧場犬のように広く短い犬の耳である。ついでに、腰のあたりで揺れる毛玉もアクセサリーではない。
「虎鉄!」
 少女が近づくと、それはこちらの名前を呼んで胸に飛びついてきた。しっかり身構えてから受け止めてやったが、勢いに負けて空を仰ぐ。これも、慣れた物だった。
 ちゃんと抱き寄せてやると、まるで、しばらく会えなかった飼い主を見つけたように、少女は腕の中で暴れ出す。
「あぁ、虎鉄、虎鉄だ!」
 胸に顔を埋める頭を、ゆっくりと撫で下ろすこと数分。次第に疲れたのか少女は大人しくなり、ただまったりとしがみつくようになった。
「さて、満足したか?」
「うん……ごめん」
 こちらの言葉に恥ずかしくなったのか、素直に離れると背中を向ける。ゆらりと一度だけ尻尾が揺れ、上体だけ起こしてそれを眺めた。
 彼女が、葵だ。
 浮かんでくる姿と、まるで違う何かになった今。声だけは彼女のままに、変えられてしまったのだ。
「葵」
 名前を呼ぶと、振り返って小首を傾げて見せる。ちょっとした仕草に頬を緩め、元の姿に戻れるようまだ頑張ろうと思えた。
「おかえり」
「うん。ただいま」
 ふわりと笑って見せた彼女は横に座る。束の間の二人きりに、あまり多くの言葉は要らない。
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