30 / 56
【カラーイラスト付】本当に欲しいもの①
しおりを挟む「知花がお菓子作りとは珍しいな」
「明日はバレンタインなので!」
「……バレンタイン??」
甘いものが苦手なヒューズには申し訳ないとは思いつつも、知花は朝からキッチンに立ち、部屋に甘いチョコレートの香りを充満させていた。
「んー、一言で言うなら好きな人に愛を告げる日、ですかね?日本では女性が意中の男性にチョコを渡すのが一般的です」
「……それで作っているのか」
「えへへ、ブラウニーです!」
知花が堂々と見せる焼き上がったばかりのブラウニーには、輪切りのオレンジのドライフルーツが規則的に並べられ、空いた隙間にはナッツが飾り付けられていた。
元々はシンプルなお菓子であるが、ここまですれば簡単なラッピングでも十分可愛く、友チョコとして配れる。
そっと手をかざし、粗熱が取れたのを確認すると、オレンジの輪切りが映えるようにあえて大きめにカットしていく。
その様子を知花の隣で見ていたヒューズが、ゆっくりと口を開いた。
「……太一に…あげるのか?」
「勿論あげますよ?明日、大学に持っていくので…って、ヒューズさん!?」
ヒューズはまだ熱の残るブラウニーを一つ摘まみ上げ、そのまま自分の口へと放り込んだ。
「欲しいなら欲しいって言ってくれればあげますよ!っていうか、ヒューズさん甘いもの駄目じゃないですか!ちゃんとヒューズさん用にお煎餅買ってあるのに!!あーほら、顔色悪くなってます!吐いてください!」
慌てた知花が引き出しからビニール袋を取り出し彼の前に広げたが、ヒューズは口元を押えたまま首を横へと振り、吐き出そうとしないどころか飲み込もうと必死だ。
「…絶対に吐かない…」
「えぇぇ……」
知花は仕方なくその様子を見守っていたが、やがてブラウニーを飲み込み終えたヒューズは、おぼつかない足取りで自室へと向かいバタリと力尽きた。
知花はキッチンで呆然と立ち尽くしたまま、自分の作ったブラウニーと、ヒューズの部屋の扉を交互に見やる。
「…これ…毒とか入ってないよね…?大丈夫…だよね??」
そんなもの入れた覚えはないが、心配になった知花はブラウニーの切れ端を口に運んでいた。
***
翌日の知花は大きめの紙袋に、ブラウニーという名の友チョコを、詰めるだけ詰め込んで大学へとやって来た。
既に友人やお世話になっている先生には配り終え、残るは太一だけである。
ちなみに今日の太一の予定はバイトだ。
特に用事がなければ、彼はいつも大学のカフェテラスで、バイトまで時間を潰している。
知花は真っ先に正門近くのカフェテラスを覗くと、予想通りそこには太一が座っていた。
「太一ぃーーー!!」
大声と共に飛び跳ねながら大きく手を振れば、呆れた表情の太一はすぐさま立ち上がり、知花の元へと近寄る。
「はい、太一、バレンタイン!!」
「…ども」
差し出された紙袋を、太一は中身を確認することも無く、紐へ手を通すとそのままポケットに手を突っ込んだ。
下げているのは知花のあげた紙袋一つだ。
「…もしかして、今年も私のチョコだけ?」
キョトンとした知花の表情に、太一は面倒くさそうに視線を逸らす。
けれど知花にはそんなこと慣れっこだ。
視線を逸らされれば、その先にひょっこりと顔を出す。
「太一、ひょっとしてお返しくれないとか思われてる?本当はそうじゃないって皆知らないんじゃ…。毎年、私に豪華なのくれるのに…」
要らぬ心配をされている状況に、太一は睨みつけたまま、知花の額を人差し指でつつく。
「…断ってるだけだ」
「え、何で!?」
「………ここまで鈍いと流石に腹立つな…」
呆れているような、けれど何処か怒っているかのような声色に、妙に足元が冷えた心地がした。
「鈍いって…」
「なぁ。それわざとか?俺が何の下心もなく、知花に接してるとでも思ってる?」
下心。
知花の中で太一との間で一番縁遠い単語だ。
「…ちなみに、これ、保護者にもあげた?」
「え?…ヒューズさん?甘いもの駄目だから、あげないつもりだったんだけど、一個つまみ食いされた…」
あった出来事をそのまま告げただけなのだが、何がいけなかったのか、太一の表情は一気に険しくなっていく。
「何だよそれ…分かりやすい対抗心、燃やしやがって…」
いつも不機嫌そうではあるけれど、本気で怒る時の太一の雰囲気は全く別のものになる。
正直、本気で怒っている太一が知花は苦手だ。
居心地が悪くなった知花は、太一から逃げるように顔を伏せた。
だが、茶色のレンガと自分の靴だけが映っていたところに、太一の靴先が入り込み、知花は慌てて顔を上げる。
「…知花、あの保護者の何処が好きなんだ?」
「へぁ!?」
いきなり聞かれた質問に、知花は全身を赤く染めあげた。
心臓は突然のショックにより、混乱したかのように激しく脈打ってる。
「何?長身のイケメンだからか?大人の色気とかそういうの?悪いけど、そういうのなら後二、三年もすれば俺も出るよ」
「別に私はヒューズさんが好きな訳じゃ…!!」
「…お前、俺に対してだけじゃなく、自分に対しても見て見ぬふりするのやめろよ。もうわかってるだろ?」
「何のことだかわかんない」
「…クリスマス。あいつ優先しただろ?」
「それは、ヒューズさんの誕生日だからで…!!太一が普段から変に絡まなかったら呼んでたよ!!」
「…けど、知花が俺以外の男を優先したのはあれが初めてだよ」
そう告げる声があまりに冷たくて、知花の身体は氷の中に放り込まれたかのように一気に体温を奪った。
太一は大きく溜め息をついたあと、ポケットから手を引き抜くと、目の前に知花の渡した紙袋を突き出す。
「…これ、ありがとう。けど、もういらない」
知花の掌にゆっくりと、ブラウニーが入った紙袋が乗せられる。
さっきまでその重さを知っていた筈なのに、知花には重さを増しているように感じた。
「俺が欲しいのはチョコレートじゃない」
震える手が紙袋を微かに揺らした。
「俺が欲しいのは、知花。お前だけだ」
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
