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棄てるものと棄てたくないもの
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知花が泣いた。
太一を恋人にと勧めて泣かれた。
その事実に恋愛音痴なヒューズでも、知花の気持ちに薄々と勘付き始めていた。
(…知花は…俺のことがひょっとして、好きなのだろうか…)
しかし心の中は、そうであって欲しい自分と、それだけは避けなければという自分がせめぎ合っている。
「…ヒューズ、焦げてるわよ…」
「!!」
料理をしたまま考え込んでしまっていたヒューズは、慌てて火を消すが、フライパンの上の金平牛蒡は無残な姿を晒している。
「…どうせ知花のことでしょ?知花も昨日帰って来てからも様子が変だったし…」
隠し事が下手な者同士が、幾ら誤魔化そうとしたところで時間の無駄である。
ヒューズは観念して白状した。
「……知花が太一に、想いを告げられたらしいです」
「そう。何処かの誰かさんより男気あるものね」
ソフィアはだらしなく頬杖をついて、近くに置いてあったヒューズのおやつである煎餅に齧り付いた。
「……俺だってこの世界の人間だったら、知花にちゃんと伝えてます」
「…あら、貴方が本音を漏らすなんて珍しいわね」
だから伝えないのではない。伝えられないのだ。
(……自分の気持ちを優先してはいけない。知花が…知花が苦しむのだけは絶対に嫌だ)
幼い頃、ヒューズは穏やかな祖父が好きだった。
いつも祖母と仲睦まじく過ごしていたから、日本からきた転移者であっても幸せなのだろうと、信じて疑わなかった。
だが祖父には日本に残した婚約者がいた。
知ったのは、鍵付きの机の奥へと隠された祖父の手記だ。
転移魔術を使える者を必死に探し、帰ろうとしたこと、曽祖父から祖母との結婚を勧められ、二人の女性の間で罪悪感に苛まれたこと、そして、家族も友人にも、誰一人として別れを告げられなかったこと。
いつも穏やかに笑っていた祖父の、誰にも言えずにいた苦悩がそこに記されていた。
精霊が住むエクシアルは、被害にあった転移者への保護は手厚い。
仕事にも困ることはないし、平穏な暮らしを約束される。
だが異世界を渡るのだけは、転移者であっても出来ない。
それなりの地位にいるヒューズですら、何かしらの褒章として王に願わない限り無理だ。
本来お互いの世界は干渉しあわない。
してはならない。
だからこそ、知花を向こうに連れて行くことは、永遠にこの世界を捨てさせるのと同義だ。
今日まで共に暮らして、彼女の世界を見てきた。
彼女の家族も、友人も、皆が彼女を愛し、必要としている。
それを奪う権利は自分には微塵も無い。
「……ねぇ、もし、知花が貴方を好きだと言ったらどうするの?」
焦げ付いた匂いが鼻をつく。
「その時は…」
ヒューズはおもむろに近くのゴミ箱を開く。
そして、焦げ付いた物をその中へとバサリと棄てた。
「全て無かったことにするだけです」
***
「知花…あんた、机と一生そうしてるつもり…?」
大学の講義を終えた知花は凛の冷ややかな声で、むくりと起き上がった。
「…帰りたくない」
「その台詞、男を落とす時に使う台詞でしょ…。私に言ってないで太一に言いなよ」
凛は冗談のつもりなのだろうが、今の知花には分かる。
その相手は、今も、これからも冗談でも言ってはいけない相手だ。
「ねぇ…凛はさ…どうやって今の彼氏が好きになったの?どうやって付き合った?」
「やだ、知花が恋愛に興味持つとか!!やめて!!天気荒れるどころか、冬に逆戻りすんじゃん!!」
「…そこまでなんないよ…多分」
だけど正直、逆戻りなんてことが出来るならしたい気分だ。
知花はまた講義机へ突っ伏した。
(何も知らなかった、何も気付いてなかったあの頃に戻りたい…)
学校やバイトに行けば太一が居て、家に帰ればヒューズが居る。
今の知花は心休まる暇がない。
一言も話さなくなってしまった知花を見下ろした凛は、隣の椅子に音を立て座った。
「…本気で悩んでるみたいだから、真面目に答える。けど、あんまり参考にならないよ。今の彼氏はさ、たまに話す程度の友達だったんだ。けどその人に好きな人がいるって知った時、『その子が羨ましい』って思った。こんな優しい人に大事にされたら、きっと幸せなんだろうなって。でも同時に失恋したことに気付いた」
知花はその言葉に目を見開いた。
(…失恋…私の状況に似てる…)
「…頭では分かってるけど、好きになったら最後じゃん?自然と目が追って行って、どんどん好きになっちゃうじゃん?これ以上は我慢できない!無理!って思った時、口に出しちゃった『好き』って」
「…好きな人がいるって知ってたんだよね?絶対この人と結ばれないって分かってても、何で言えたの?」
言えない、言いたくない、けど言いたい。
恋を知った今の知花の中には色んな感情が渦巻いて、持て余している。
まるで答えを知りたがる子供のように凛へと詰め寄り、頬を突かれた。
「言うのはタダでしょ?まあ…彼女がいる相手に言うのは反則だし私も嫌いだけど、まだ好きな人の域だったら他の人に文句を言われる筋合いないでしょ」
「……離れ離れになるって分かってて、好きでいるなんて馬鹿だなとか思わない?」
「思わない。だって、損得勘定で恋愛して何がいいの?悩むこともなくて、苦しくなることもない。相手からのちょっとしたアクションで一喜一憂するのが楽しいんでしょ?」
心にストンと落ちる。
(そうだ、私は気持ちが一緒じゃなきゃ嫌な訳じゃない)
ただ、知花は想っていたい。
決してこの想いを棄てたりせず、最後の日まで彼を想って、そして精一杯見送りたい。
(私はヒューズさんを好きでいたい…!)
今の知花が願うことは、それだけだった。
太一を恋人にと勧めて泣かれた。
その事実に恋愛音痴なヒューズでも、知花の気持ちに薄々と勘付き始めていた。
(…知花は…俺のことがひょっとして、好きなのだろうか…)
しかし心の中は、そうであって欲しい自分と、それだけは避けなければという自分がせめぎ合っている。
「…ヒューズ、焦げてるわよ…」
「!!」
料理をしたまま考え込んでしまっていたヒューズは、慌てて火を消すが、フライパンの上の金平牛蒡は無残な姿を晒している。
「…どうせ知花のことでしょ?知花も昨日帰って来てからも様子が変だったし…」
隠し事が下手な者同士が、幾ら誤魔化そうとしたところで時間の無駄である。
ヒューズは観念して白状した。
「……知花が太一に、想いを告げられたらしいです」
「そう。何処かの誰かさんより男気あるものね」
ソフィアはだらしなく頬杖をついて、近くに置いてあったヒューズのおやつである煎餅に齧り付いた。
「……俺だってこの世界の人間だったら、知花にちゃんと伝えてます」
「…あら、貴方が本音を漏らすなんて珍しいわね」
だから伝えないのではない。伝えられないのだ。
(……自分の気持ちを優先してはいけない。知花が…知花が苦しむのだけは絶対に嫌だ)
幼い頃、ヒューズは穏やかな祖父が好きだった。
いつも祖母と仲睦まじく過ごしていたから、日本からきた転移者であっても幸せなのだろうと、信じて疑わなかった。
だが祖父には日本に残した婚約者がいた。
知ったのは、鍵付きの机の奥へと隠された祖父の手記だ。
転移魔術を使える者を必死に探し、帰ろうとしたこと、曽祖父から祖母との結婚を勧められ、二人の女性の間で罪悪感に苛まれたこと、そして、家族も友人にも、誰一人として別れを告げられなかったこと。
いつも穏やかに笑っていた祖父の、誰にも言えずにいた苦悩がそこに記されていた。
精霊が住むエクシアルは、被害にあった転移者への保護は手厚い。
仕事にも困ることはないし、平穏な暮らしを約束される。
だが異世界を渡るのだけは、転移者であっても出来ない。
それなりの地位にいるヒューズですら、何かしらの褒章として王に願わない限り無理だ。
本来お互いの世界は干渉しあわない。
してはならない。
だからこそ、知花を向こうに連れて行くことは、永遠にこの世界を捨てさせるのと同義だ。
今日まで共に暮らして、彼女の世界を見てきた。
彼女の家族も、友人も、皆が彼女を愛し、必要としている。
それを奪う権利は自分には微塵も無い。
「……ねぇ、もし、知花が貴方を好きだと言ったらどうするの?」
焦げ付いた匂いが鼻をつく。
「その時は…」
ヒューズはおもむろに近くのゴミ箱を開く。
そして、焦げ付いた物をその中へとバサリと棄てた。
「全て無かったことにするだけです」
***
「知花…あんた、机と一生そうしてるつもり…?」
大学の講義を終えた知花は凛の冷ややかな声で、むくりと起き上がった。
「…帰りたくない」
「その台詞、男を落とす時に使う台詞でしょ…。私に言ってないで太一に言いなよ」
凛は冗談のつもりなのだろうが、今の知花には分かる。
その相手は、今も、これからも冗談でも言ってはいけない相手だ。
「ねぇ…凛はさ…どうやって今の彼氏が好きになったの?どうやって付き合った?」
「やだ、知花が恋愛に興味持つとか!!やめて!!天気荒れるどころか、冬に逆戻りすんじゃん!!」
「…そこまでなんないよ…多分」
だけど正直、逆戻りなんてことが出来るならしたい気分だ。
知花はまた講義机へ突っ伏した。
(何も知らなかった、何も気付いてなかったあの頃に戻りたい…)
学校やバイトに行けば太一が居て、家に帰ればヒューズが居る。
今の知花は心休まる暇がない。
一言も話さなくなってしまった知花を見下ろした凛は、隣の椅子に音を立て座った。
「…本気で悩んでるみたいだから、真面目に答える。けど、あんまり参考にならないよ。今の彼氏はさ、たまに話す程度の友達だったんだ。けどその人に好きな人がいるって知った時、『その子が羨ましい』って思った。こんな優しい人に大事にされたら、きっと幸せなんだろうなって。でも同時に失恋したことに気付いた」
知花はその言葉に目を見開いた。
(…失恋…私の状況に似てる…)
「…頭では分かってるけど、好きになったら最後じゃん?自然と目が追って行って、どんどん好きになっちゃうじゃん?これ以上は我慢できない!無理!って思った時、口に出しちゃった『好き』って」
「…好きな人がいるって知ってたんだよね?絶対この人と結ばれないって分かってても、何で言えたの?」
言えない、言いたくない、けど言いたい。
恋を知った今の知花の中には色んな感情が渦巻いて、持て余している。
まるで答えを知りたがる子供のように凛へと詰め寄り、頬を突かれた。
「言うのはタダでしょ?まあ…彼女がいる相手に言うのは反則だし私も嫌いだけど、まだ好きな人の域だったら他の人に文句を言われる筋合いないでしょ」
「……離れ離れになるって分かってて、好きでいるなんて馬鹿だなとか思わない?」
「思わない。だって、損得勘定で恋愛して何がいいの?悩むこともなくて、苦しくなることもない。相手からのちょっとしたアクションで一喜一憂するのが楽しいんでしょ?」
心にストンと落ちる。
(そうだ、私は気持ちが一緒じゃなきゃ嫌な訳じゃない)
ただ、知花は想っていたい。
決してこの想いを棄てたりせず、最後の日まで彼を想って、そして精一杯見送りたい。
(私はヒューズさんを好きでいたい…!)
今の知花が願うことは、それだけだった。
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