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残された傷痕③
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記憶の一部が消えていると気付いた日から、知花が悩み続けた頭痛はやわらぐ兆しを見せた。
無理に思い出そうとするとやはり酷い頭痛は起こるが、太一から聞いた二人の話は消えることなく、ちゃんと知花の頭の中に残っている。
そうすると次に知花が考えることは、何故こんな事態に陥っているのかだ。
彼等が何処の誰なのかも見当もつかないけれど、彼等に関するものが見つかれば、元の自分に戻るのではないかと思った。
だが彼等がいなくなってから、知花が半年も過ごした部屋だ。痕跡など無いに等しい。
実際、空き部屋となっていた部屋にも、私物はおろか埃一つ落ちてはいなかった。
残った場所は知花の部屋だ。
目星しいものなど一番無さそうではあるが、手掛かりを求め部屋の中を探り始めた。
(こういう時、日記とか付けてたら良かったのかな…)
太一には『スマホに旅行のアルバムを作っていた』と言われすぐに開いてみたものの、中身は綺麗さっぱり消えていた。
何が写っていたかも覚えていないのに、何故だが知花の心の奥はちくちくと痛んだ。
尚も知花は自分の持ち物を探る。が、有力そうな机とチェストにはそれらしい物は見当たらなかった。
残るはクローゼットだが普段の使用頻度も高いため、変わった物が有ればすぐに気付く筈だ。
「…けど一応見るか…」
ゆっくりと腰を上げクローゼットを開いた時、足元に置かれた三段の桐箪笥が目に留まった。
「…そういえば…何で桐箪笥なんて運び込んだんだっけ…」
思い出そうにも、そもそも大学生になってから着物や浴衣を着た覚えがない。
だがそこで太一の言葉がよぎった。
「…あ、お祭り!」
知花はしゃがみ込み、一番下の段の引き出しのつまみを力いっぱい引っ張る。
(ここは小物ばかり…帯揚げ…枕…小物系なら一番仕舞いそうな所だけど、全部、前から持ってるやつ)
小さく溜め息をついて引き出しを押し戻すと、次に引っ張ったのは二番目の段だ。
(…あった!浴衣!!ワインレッドのと…紫陽花柄はこれ麻衣の…?何でここに??)
だが、二段目にも特に変わったものはない。
残るは一番上の段。だがそこで、知花の指先が止まった。
(…ここに無かったら、絶望的だよね…)
二人と過ごした日々も、知花の記憶も空白のままになるということが、怖い。
(…でも…この恐怖はきっと、自分にとって大事だったからそう思うんだ…!)
知りたい、思い出したいと自分の心は願っている。
知花は大きく深呼吸をした後、最後の引き出しを引っ張った。
最後の段には訪問着が入っていた。
たとう紙に包んだままの藤色の着物をそっと取り出す。
一枚取り出すとその下から出て来た、桜色の着物に胸がざわつき始める。
(…やっぱり、無い…、…ん?)
着物の下に何かが隠してある。
桜色の着物を取り出すと、そこに現れたのは古い木箱だ。
知花は驚き思わず手に取った。これには見覚えがあったからだ。
(これ、おじいちゃんのコレクションの箱だよね?)
美しい骨董品が好きだった祖父。自分が気に入りさえすれば、安かろうと高かろうと何でもコレクションしては眺めている人だった。
父はそんな祖父の趣味には興味が無かったため『気に入ったものがあれば勝手に持っていくと良い』と、祖父は遺言を残して死んでいったのだ。
知花は桐箪笥の香りが移った木箱の蓋を、そっと持ち上げた。
保存のために入れられたであろうベルベットには丸い型が残り、その形と大きさから入っていたのは懐中時計だと推察できた。
しかし、そこに肝心の懐中時計はなく、代わりに入っていたのは男物の小さなピンだ。
知花は指先でそれを摘む。
そのピンには鮮やかで混じり気のない、大粒のエメラルドが一石はめ込まれている。
だが祖父は骨董品は好きだが、アクセサリーなどの宝石類には興味が無かった筈だし、知花自身もねだった覚えがない。
「凄い高そう…何でこれが入って……?」
エメラルドの透明度を見ようと、光を当てたその瞬間、鮮やかな緑が脳裏に浮かんだ一人の男性の瞳の色と重なった。
「っ…!!」
突如襲ってくる激しい痛みに、知花は蹲る。
だがそれと引き換えに、まるで霧が晴れるかのように、忘れていた記憶が色鮮やかに舞い戻ってきた。
『これを君に』
黒い艶やかな髪に長い睫毛。
低く優しい声。
そして新緑のような美しいエメラルドの瞳。
「…そうだ…これ…規則で駄目なのにヒューズさんがくれたんだ…。だから、私…ソフィアちゃんに見つからないようにって…ここに隠したんだ…」
やがてしっかりと思い出される二人の顔。
天使のように可愛らしくて、いつも可憐に笑っていたソフィア。
その隣で見守るように穏やかに微笑んでいたヒューズ。
出会いの瞬間から、旅行の思い出、日々の生活、まるで一つの物語を見たかのように、知花の脳内で再生されていく。
その情報量の多さに、処理しきれなくなった心は悲鳴を上げ、床の上には涙の痕が幾つも出来ていた。
「…ソフィアちゃん……っ…ヒューズさん!!」
けれど思い出したことは、知花にとって良いことばかりではなかった。
知花が思い出した最後の記憶は、誕生日にあった花火大会のことだ。
甘い笑みを浮かべたヒューズが告げた言葉。
『俺も好きだよ』
懐かしい声が告げる言葉は、知花にとって一番の宝物になった筈の言葉。
「…っそうだ、私…ヒューズさんが好きだったんだ…!!」
知花はエメラルドのピンを握りしめ、咽び泣いた。
記憶を消されてしまったことも、さようならも言って貰えなかったことも、ただ悲しい。
あの幸せな日々を大切に守っていこうとしていたのに、全て無かったことにされてしまった。
(…私の気持ちは…邪魔…だった…?)
そうではないと信じたい。きっと何か理由があったのだ。
けれど彼に問いたくても、どんなに声を張り上げようとも、知花の声は決して彼には届くことは無い。
無理に思い出そうとするとやはり酷い頭痛は起こるが、太一から聞いた二人の話は消えることなく、ちゃんと知花の頭の中に残っている。
そうすると次に知花が考えることは、何故こんな事態に陥っているのかだ。
彼等が何処の誰なのかも見当もつかないけれど、彼等に関するものが見つかれば、元の自分に戻るのではないかと思った。
だが彼等がいなくなってから、知花が半年も過ごした部屋だ。痕跡など無いに等しい。
実際、空き部屋となっていた部屋にも、私物はおろか埃一つ落ちてはいなかった。
残った場所は知花の部屋だ。
目星しいものなど一番無さそうではあるが、手掛かりを求め部屋の中を探り始めた。
(こういう時、日記とか付けてたら良かったのかな…)
太一には『スマホに旅行のアルバムを作っていた』と言われすぐに開いてみたものの、中身は綺麗さっぱり消えていた。
何が写っていたかも覚えていないのに、何故だが知花の心の奥はちくちくと痛んだ。
尚も知花は自分の持ち物を探る。が、有力そうな机とチェストにはそれらしい物は見当たらなかった。
残るはクローゼットだが普段の使用頻度も高いため、変わった物が有ればすぐに気付く筈だ。
「…けど一応見るか…」
ゆっくりと腰を上げクローゼットを開いた時、足元に置かれた三段の桐箪笥が目に留まった。
「…そういえば…何で桐箪笥なんて運び込んだんだっけ…」
思い出そうにも、そもそも大学生になってから着物や浴衣を着た覚えがない。
だがそこで太一の言葉がよぎった。
「…あ、お祭り!」
知花はしゃがみ込み、一番下の段の引き出しのつまみを力いっぱい引っ張る。
(ここは小物ばかり…帯揚げ…枕…小物系なら一番仕舞いそうな所だけど、全部、前から持ってるやつ)
小さく溜め息をついて引き出しを押し戻すと、次に引っ張ったのは二番目の段だ。
(…あった!浴衣!!ワインレッドのと…紫陽花柄はこれ麻衣の…?何でここに??)
だが、二段目にも特に変わったものはない。
残るは一番上の段。だがそこで、知花の指先が止まった。
(…ここに無かったら、絶望的だよね…)
二人と過ごした日々も、知花の記憶も空白のままになるということが、怖い。
(…でも…この恐怖はきっと、自分にとって大事だったからそう思うんだ…!)
知りたい、思い出したいと自分の心は願っている。
知花は大きく深呼吸をした後、最後の引き出しを引っ張った。
最後の段には訪問着が入っていた。
たとう紙に包んだままの藤色の着物をそっと取り出す。
一枚取り出すとその下から出て来た、桜色の着物に胸がざわつき始める。
(…やっぱり、無い…、…ん?)
着物の下に何かが隠してある。
桜色の着物を取り出すと、そこに現れたのは古い木箱だ。
知花は驚き思わず手に取った。これには見覚えがあったからだ。
(これ、おじいちゃんのコレクションの箱だよね?)
美しい骨董品が好きだった祖父。自分が気に入りさえすれば、安かろうと高かろうと何でもコレクションしては眺めている人だった。
父はそんな祖父の趣味には興味が無かったため『気に入ったものがあれば勝手に持っていくと良い』と、祖父は遺言を残して死んでいったのだ。
知花は桐箪笥の香りが移った木箱の蓋を、そっと持ち上げた。
保存のために入れられたであろうベルベットには丸い型が残り、その形と大きさから入っていたのは懐中時計だと推察できた。
しかし、そこに肝心の懐中時計はなく、代わりに入っていたのは男物の小さなピンだ。
知花は指先でそれを摘む。
そのピンには鮮やかで混じり気のない、大粒のエメラルドが一石はめ込まれている。
だが祖父は骨董品は好きだが、アクセサリーなどの宝石類には興味が無かった筈だし、知花自身もねだった覚えがない。
「凄い高そう…何でこれが入って……?」
エメラルドの透明度を見ようと、光を当てたその瞬間、鮮やかな緑が脳裏に浮かんだ一人の男性の瞳の色と重なった。
「っ…!!」
突如襲ってくる激しい痛みに、知花は蹲る。
だがそれと引き換えに、まるで霧が晴れるかのように、忘れていた記憶が色鮮やかに舞い戻ってきた。
『これを君に』
黒い艶やかな髪に長い睫毛。
低く優しい声。
そして新緑のような美しいエメラルドの瞳。
「…そうだ…これ…規則で駄目なのにヒューズさんがくれたんだ…。だから、私…ソフィアちゃんに見つからないようにって…ここに隠したんだ…」
やがてしっかりと思い出される二人の顔。
天使のように可愛らしくて、いつも可憐に笑っていたソフィア。
その隣で見守るように穏やかに微笑んでいたヒューズ。
出会いの瞬間から、旅行の思い出、日々の生活、まるで一つの物語を見たかのように、知花の脳内で再生されていく。
その情報量の多さに、処理しきれなくなった心は悲鳴を上げ、床の上には涙の痕が幾つも出来ていた。
「…ソフィアちゃん……っ…ヒューズさん!!」
けれど思い出したことは、知花にとって良いことばかりではなかった。
知花が思い出した最後の記憶は、誕生日にあった花火大会のことだ。
甘い笑みを浮かべたヒューズが告げた言葉。
『俺も好きだよ』
懐かしい声が告げる言葉は、知花にとって一番の宝物になった筈の言葉。
「…っそうだ、私…ヒューズさんが好きだったんだ…!!」
知花はエメラルドのピンを握りしめ、咽び泣いた。
記憶を消されてしまったことも、さようならも言って貰えなかったことも、ただ悲しい。
あの幸せな日々を大切に守っていこうとしていたのに、全て無かったことにされてしまった。
(…私の気持ちは…邪魔…だった…?)
そうではないと信じたい。きっと何か理由があったのだ。
けれど彼に問いたくても、どんなに声を張り上げようとも、知花の声は決して彼には届くことは無い。
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