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おまじない
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「あけましておめでとうございます…今年もよろしく…」
全くめでたくなさそうな泣き腫らした目で、バイト先へとやって来た知花は、バックヤードで帰り支度をしていた太一に新年の挨拶をした。
だが、太一はというと、知花の顔面の惨状にどう返すべきか迷っているようだ。
「…何が…あった…?」
「記憶戻りました…」
「あぁ…なるほど」
普通ならば接客どころの精神状態ではないが、知花としては家にいる方が辛かった。
ご飯を作る時もいつも一緒に作っていた人も、美味しいと可愛く笑ってくれる人もいない。
食器も、ダイニングテーブルも、タオルの数でさえ、部屋にある物全てが三人居ることを考えた大きさや数だった。
それが何処にいても、何をしていても、今の知花が独りぼっちである事実を突き付けてくるようで、何とか人前に出られる顔面なのを確認すると、知花は家から逃げるように出て来た。
「じゃあ、あの保護者とは連絡取れそうか?」
知花は小さく首を横へと振る。
「何で!!??」
事情を知らない太一は驚くのは当然だ。
『理由は、彼等は異世界人だからです。連絡の取りようがありません』
知花は心の中で理由を呟いたが、二度と会えないという事実を、自らの口で再確認させられる怖さに、その言葉を口にすることを拒んだ。
口をぐっと一文字に引き結び黙り込んだ知花に、太一がその頭をぽんぽんと撫でる。
「…知花、後で迎えにくるから話そう。バイトが息抜きになるんなら、とりあえず頑張ってこい」
ゆっくりと頷いた知花を確認すると、太一はコートを羽織り、足早にバックヤードから出ていく。
知花の記憶は戻ったが、未だに心の整理が追いつかない。
特に湧きだすようは寂しさだけはどうしようもなく、紛らわす方法ばかり探してはもがいている。
(…笑え)
知花はロッカーに付いた小さな鏡の前で、両手の人差し指で口角を引っ張った。
その人差し指を離すと、口角は元の下がった位置へと戻る。
映るのは今にも泣き出しそうな自分だ。
「…私って、こんなに笑うの下手くそだったっけ…?」
***
知花はこの日のバイトを、大きな失敗をせずに終えることが出来た。
普段の底抜けに明るい彼女を見ていた店長や他のスタッフには、いつもと様子が違うことは隠しようもなく心配されたが、それでも接客では合格点が貰える位には笑えていたと思う。
シフトを終えると真っ先に太一に連絡を取り、店を出る。
今日は朝から一際寒かったせいか、雪が降り出していた。
知花が空へ向かって息を吐くと、真っ白に色を付け、薄灰色の空へと上る。
「お疲れ」
その声に知花は振り返った。
迎えに来た太一は、バイトを終えた後と格好が変わっていない。
きっとこの時間までこの辺で時間を潰していたのだ。
「…ごめん、待っててくれたんだ」
「家に帰ってもすることないしな」
二人は知花の自宅マンションの方向へと向けて歩き出す。
「…で、何で連絡先すら知らないんだよ」
「…笑わない?」
「お前のその状態で笑い話が出るなら、興味しか湧かない」
知花はピタリと足を止めた。
急に口籠った知花を見守るように、太一はただ黙って待っている。
「…ソフィアちゃんと、ヒューズさんは…」
一瞬、知花は言い淀んだが、その後は吐き出すように告げた。
「…異世界人なんです…」
「…………は?」
当然の反応だ。
太一の呆けた顔が辛い。
きっと彼のこんな表情は、今後、一生、金輪際、見ることはないと断言できる。
「太一、漫画好きでしょ?…それによくネタにされる異世界…」
ここまで補足すると、聞き間違いでは無いと理解したのか、腕を組み天を仰ぎながら唸りだした。
居心地の悪さを感じつつ、知花は待つ。
やがて太一はそんな知花を見据え、笑った。
「…分かった。知花がそう言うんなら信じる」
「へ?信じてくれるの?」
「はぁ?信じて欲しいの、欲しくないのどっちだよ。っていうかお前が、あの二人のことを綺麗さっぱり忘れてるのを俺は見てるんだから、信じるに決まってるだろ」
さっきまでの優しい笑顔は何処へやら。
途端につっけんどんな態度に変わるが、言葉は優しさに満ちていた。
滲みだした涙が零れぬよう、何度も瞬きを繰り返す。
否定なんかしない。
馬鹿にしたりもしない。
ただそれだけのことが、こんなに有難く嬉しく、救ってくれる。
知花は泣いてはいけないと、無意識に歯を食いしばっていた。
だが、そんなことはずっと知花だけを見てきた、太一にはお見通しだ。
「泣きたきゃ泣け。我慢したって、得なこと一個も無いだろうが。誰かに迷惑かけたりしないんだったら、好きなだけ喚けばいいし、神様に願ったってバチは当たらねえよ。遠慮すんな」
「っ…!!」
大きく唇を震わせた知花は、ハンカチで顔を押えると、声を殺してただ泣いた。
「…太一は…迷惑じゃない…?」
「…もう慣れた」
「…記憶消したのって…やっぱり、私の気持ちが重かったからだと思う…?」
「…そうだとしたら、俺はあいつをぶん殴りたい」
「……またいつか…会えるかな?」
その言葉に太一は、白い雪が降り続ける薄灰色の空を見上げて言う。
「……知花を取られたく無かったら、帰ってこいって言ったら、あいつ…すっ飛んでくると思う」
きっと、いつもの太一だったら『そんなこと知るか』って突っぱねただろう。
それなのにまるで、おまじないを掛けるかのように空に放った言葉に、太一の優しさを感じ、また泣いた。
「…太一」
「ん」
「…ありがとう」
精一杯の感謝を込めたありがとうを友人へと送る。
「どういたしまして」
その声がほんの少し、嬉しそうに聞こえたのは、きっと、気のせいじゃない。
全くめでたくなさそうな泣き腫らした目で、バイト先へとやって来た知花は、バックヤードで帰り支度をしていた太一に新年の挨拶をした。
だが、太一はというと、知花の顔面の惨状にどう返すべきか迷っているようだ。
「…何が…あった…?」
「記憶戻りました…」
「あぁ…なるほど」
普通ならば接客どころの精神状態ではないが、知花としては家にいる方が辛かった。
ご飯を作る時もいつも一緒に作っていた人も、美味しいと可愛く笑ってくれる人もいない。
食器も、ダイニングテーブルも、タオルの数でさえ、部屋にある物全てが三人居ることを考えた大きさや数だった。
それが何処にいても、何をしていても、今の知花が独りぼっちである事実を突き付けてくるようで、何とか人前に出られる顔面なのを確認すると、知花は家から逃げるように出て来た。
「じゃあ、あの保護者とは連絡取れそうか?」
知花は小さく首を横へと振る。
「何で!!??」
事情を知らない太一は驚くのは当然だ。
『理由は、彼等は異世界人だからです。連絡の取りようがありません』
知花は心の中で理由を呟いたが、二度と会えないという事実を、自らの口で再確認させられる怖さに、その言葉を口にすることを拒んだ。
口をぐっと一文字に引き結び黙り込んだ知花に、太一がその頭をぽんぽんと撫でる。
「…知花、後で迎えにくるから話そう。バイトが息抜きになるんなら、とりあえず頑張ってこい」
ゆっくりと頷いた知花を確認すると、太一はコートを羽織り、足早にバックヤードから出ていく。
知花の記憶は戻ったが、未だに心の整理が追いつかない。
特に湧きだすようは寂しさだけはどうしようもなく、紛らわす方法ばかり探してはもがいている。
(…笑え)
知花はロッカーに付いた小さな鏡の前で、両手の人差し指で口角を引っ張った。
その人差し指を離すと、口角は元の下がった位置へと戻る。
映るのは今にも泣き出しそうな自分だ。
「…私って、こんなに笑うの下手くそだったっけ…?」
***
知花はこの日のバイトを、大きな失敗をせずに終えることが出来た。
普段の底抜けに明るい彼女を見ていた店長や他のスタッフには、いつもと様子が違うことは隠しようもなく心配されたが、それでも接客では合格点が貰える位には笑えていたと思う。
シフトを終えると真っ先に太一に連絡を取り、店を出る。
今日は朝から一際寒かったせいか、雪が降り出していた。
知花が空へ向かって息を吐くと、真っ白に色を付け、薄灰色の空へと上る。
「お疲れ」
その声に知花は振り返った。
迎えに来た太一は、バイトを終えた後と格好が変わっていない。
きっとこの時間までこの辺で時間を潰していたのだ。
「…ごめん、待っててくれたんだ」
「家に帰ってもすることないしな」
二人は知花の自宅マンションの方向へと向けて歩き出す。
「…で、何で連絡先すら知らないんだよ」
「…笑わない?」
「お前のその状態で笑い話が出るなら、興味しか湧かない」
知花はピタリと足を止めた。
急に口籠った知花を見守るように、太一はただ黙って待っている。
「…ソフィアちゃんと、ヒューズさんは…」
一瞬、知花は言い淀んだが、その後は吐き出すように告げた。
「…異世界人なんです…」
「…………は?」
当然の反応だ。
太一の呆けた顔が辛い。
きっと彼のこんな表情は、今後、一生、金輪際、見ることはないと断言できる。
「太一、漫画好きでしょ?…それによくネタにされる異世界…」
ここまで補足すると、聞き間違いでは無いと理解したのか、腕を組み天を仰ぎながら唸りだした。
居心地の悪さを感じつつ、知花は待つ。
やがて太一はそんな知花を見据え、笑った。
「…分かった。知花がそう言うんなら信じる」
「へ?信じてくれるの?」
「はぁ?信じて欲しいの、欲しくないのどっちだよ。っていうかお前が、あの二人のことを綺麗さっぱり忘れてるのを俺は見てるんだから、信じるに決まってるだろ」
さっきまでの優しい笑顔は何処へやら。
途端につっけんどんな態度に変わるが、言葉は優しさに満ちていた。
滲みだした涙が零れぬよう、何度も瞬きを繰り返す。
否定なんかしない。
馬鹿にしたりもしない。
ただそれだけのことが、こんなに有難く嬉しく、救ってくれる。
知花は泣いてはいけないと、無意識に歯を食いしばっていた。
だが、そんなことはずっと知花だけを見てきた、太一にはお見通しだ。
「泣きたきゃ泣け。我慢したって、得なこと一個も無いだろうが。誰かに迷惑かけたりしないんだったら、好きなだけ喚けばいいし、神様に願ったってバチは当たらねえよ。遠慮すんな」
「っ…!!」
大きく唇を震わせた知花は、ハンカチで顔を押えると、声を殺してただ泣いた。
「…太一は…迷惑じゃない…?」
「…もう慣れた」
「…記憶消したのって…やっぱり、私の気持ちが重かったからだと思う…?」
「…そうだとしたら、俺はあいつをぶん殴りたい」
「……またいつか…会えるかな?」
その言葉に太一は、白い雪が降り続ける薄灰色の空を見上げて言う。
「……知花を取られたく無かったら、帰ってこいって言ったら、あいつ…すっ飛んでくると思う」
きっと、いつもの太一だったら『そんなこと知るか』って突っぱねただろう。
それなのにまるで、おまじないを掛けるかのように空に放った言葉に、太一の優しさを感じ、また泣いた。
「…太一」
「ん」
「…ありがとう」
精一杯の感謝を込めたありがとうを友人へと送る。
「どういたしまして」
その声がほんの少し、嬉しそうに聞こえたのは、きっと、気のせいじゃない。
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