【転移先〜番外編】さよならのゆくえ【本編完結済・後日談漫画連載中】

原案:トウキ汐・作画:猫倉ありす

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「あのね太一、私、妊娠したの」

 バイトが終わった後「話したいことがある」と知花に呼び出され、店の隅の席に二人で座る。

 世間話から入る訳でもなく、唐突に告げられた言葉。

 遂にこの日が来たと思った。

 ずっと好きだった女の子が、他の男の子供を妊娠してしまう日が……。

「そ、そうか……おめでとう」

 掠れた声が出たが、震えなかっただけまだマシだと何度も自分に言い聞かせる。

「……ありがとう」

 別に祝いの言葉を沢山告げた訳でもないのに、目の前の知花は少しホッとしたように笑った。
 その顔が優しく、懐かしく、知花に恋をした時と酷く重なる。

(痛い……)

 微かに上げ続けている口角が、じんと痛んだ。

 ***

 知花と出会ったのは高校一年生の春。
 クラスの自己紹介で彼女は一際目を引いていた。
 見た目が派手という訳ではない。
 けれど、チョコレートブラウンのゆったりと波打つ綺麗な髪と澄んだヘーゼル色の瞳が、彼女の整った顔に良く合っていた。

「羽曳野知花です。星南女子中等部出身です」

 彼女がそう自己紹介をした時、周囲は騒ついた。
 お嬢様校出身と言うことだけではない。
 彼女の苗字、この街では知らぬものはいないであろう企業グループ……しかもトップと一緒だったからだ。

(うちの取引先じゃねぇか……)

 実家は不動産屋を営んでいる。
 よって様々の企業様には何かと御縁があるので、クラスメイトにそのご子息がいることは今までにもあった。
 だが、今回ばかりはちょっとばかり規模が違う。

(これは、関わらんようにしないと……)

 家業は兄が継ぐ…だが、父は虎視眈々と彼女の実家と思しき会社に俺を就職させたがっていた。

(確かに優良企業…でも…面倒くさい)

 そのうち出来るだろうと思っていた将来の夢は、今も空っぽのまま。
 でも、何かに縛られて生きていくのだけは嫌だった。

 挨拶を終えた彼女が椅子に腰を下ろすのを確認すると、俺はこの一年、彼女には関わらないことを心に誓った。

 ――そのはずだったのに

「あ、和泉君だ」

 俺の決心は僅か3日で終わりを告げた。

 体育館で行われていたバスケ部の見学を終え、渡り廊下へと出ようとした瞬間、目の前にふわりと飛び込んできたのは見覚えのあるチョコレートブラウン。

 そう、関わらないと決めた筈の羽曳野知花だった。

 少し見下ろす先に、キラキラと大きなヘーゼル色の眼がジッと俺を見ていた。

「……あれ?和泉、太一君で合ってるよね?」

(名前、覚えられてる……)

「……合ってる」

 そう答えると彼女は眉間に寄せていた皺を緩め、反対に目尻を思いっきり下げ微笑んだ。

「良かった!間違って覚えてたかと思った!で、和泉君はバスケ部に入るの?」

 彼女はひょっこりと頭だけを俺の体から出すようにし、体育館内を覗き込んだ。
 中では男女のバスケ部が練習中で、ポツポツと制服のままの生徒がいる。
 同じ新入生の見学者達だ。

「そのつもり。別に上手くはないけど、小学校の頃からやってるし…」

「すごっ!そっか、背も高いしピッタリだね!」

 ピッとつま先立ちになり、俺の背に近付こうとする彼女を見下ろす。

 夕日に当てられ金糸のように淡く光る髪と、甘い香水の匂い、袖がまだ少し長いジャケットから覗く細い指先は、教師に咎められないようにピンクベージュのネイルが塗られているだけだ。

(…まぁ、他の男子が騒ぐだけはあるな…)

 入学式以来、彼女とお近付きになりたがっている男子は多かった。

 高校デビューでおしゃれに気を遣っている女子は多い。
 でも、まだ小慣れている感じは出てはいなかった。

 その中でも彼女――羽曳野知花は、メイクは派手ではなくとも、自分に似合う色を理解して、日によって僅かにメイクを変え、己を最大限可愛く見せる技量は持ち合わせていた。

 そんな訳で彼女は人懐っこい性格にも関わらず、あっという間に、男子生徒の高嶺の花ポジションに堂々と居座ることになった。

「やっぱり未経験な私なんかが、バスケ部はだめかな?」

 不安げな彼女の声を聞いたのは初めてだ。

「中学ではやってなかったのか?」

「うん。親に怪我したら困るから駄目って言われてて。けど、バスケってカッコイイからやってみたいの」

(カッコイイで興味持つんだ)

 見た目は可愛い……いや、どちらかと言うと綺麗系の彼女が、格好良さに憧れているのが意外だった。

「別に良いだろ。どうせ、ここの女バスでバスケ本気でやりたがってる奴いねぇから」

 親指をクイっと振り、もう一度、体育館内を見るように合図する。

 その先はネットに張り付き、反対側のコートを眺める女子の集団。
 そんな女子から黄色い声援を送られるのは、グレージュの髪色をした男子バスケ部のキャプテンだ。

「あれ、高槻颯太先輩。女子の殆どはあれ目当てで入部する」
「おぉ!イケメンがいる」

 その反応に、ぴくりと耳が動く。

(あぁいう男が趣味なのか……)

 全女子イケメンは好きだろう。
 だがイケメンにも種類はあり、それぞれ初見での好感度の高さはバラバラだ。

 そんな中、高槻先輩は正に王道の爽やかイケメン。
 色素が薄く王子様感も相まって、第一印象では間違いなく一番人気をとるタイプだ。

 好印象な声色を発していた彼女をちらりと見やると、その視線は先輩ではなく、いつの間にか俺へと向いていた。

「……和泉君もイケメンだよね」

「は!?俺っ!?」

 咄嗟のことに自分でも信じられない程でかい声が飛び出す。
 しかも心臓もその声に引きずられたのか、バクバクと激しく脈打っていた。

「クラスの男子の中で一番人気だよ。あと、クールなのに、困ってるとすぐ手を貸してくれるって、女子の皆が褒めてた」

「え?あーー……」

 俺はその女子達の評価に、ここ数日の己の行動を振り返る。

 入学式から今日までの僅かな期間に、重そうな荷物を持ったり、誤って散らかした物を片付ける手伝いは、正直、した。
 普通なら誰でもやる行動だろうが、まだクラスにも慣れていない者同士、更に思春期なら新しく出会った女子との距離感に遠慮をした結果、その役目はほぼ俺が請け負った。

(緊張するタイプじゃないから、普通にしてられるってだけなんだが……)

 それでも素直に褒められるのは少し恥ずかしく、何故かニヤニヤと嬉しそうにしている彼女から目を背けた。

「俺が気になるから自分でやっただけだ。手伝ったつもりはない」

 これも事実だ。
 異性からの好感度を上げたい訳でも、良い人ぶるつもりもなかった。
 ただ、せっかちな性格のせいで、人がもたもたと動くのを見ているのが嫌いだから、自身の精神衛生を優先しただけにすぎない。

「仮にそうだったとしても、出来る人の方が少ないよ。私なんか、声掛けようかな、どうしようかなって迷ってる間に終わっちゃうこと多いもん」

「……あぁ、何となく想像つく……」

「あ、ひどーーー!」

 口では抗議しているが、その口を大きく開けカラカラと笑う。
 世間一般が想像しているお嬢様とはかけ離れている笑い方だ。

 だけど、俺はそんな笑い方が嫌いじゃなかった。

 それ以来というもの、俺の中で唯一無駄話をする女子のポジションに、堂々と羽曳野知花は居座るようになったのだ。
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