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「あれ、和泉君まだ残ってた」
テスト準備期間に入り部活も禁止になった放課後、俺は教室に一人残り日誌を書いていたが、その声に頭を上げた。
「今日、日直だったから」
「あ、そか」
黒板に消し残された『和泉』の文字。
それを確認した彼女は自分の席へと向かうと、ゴソゴソと中を探り「あった」という声とともに、数学の教科書を引っ張り出す。
「忘れ物か。数学1日目だもんな」
「そうっヤバいの!!赤点とりそうだから勉強時間全部充てたい」
「……そんなに?」
焦っていると言いつつもヘラヘラと笑ったまま、扉とは反対方向の俺の元へと跳ねるようにやって来る。
「あ、和泉君、名前忘れてる」
スッと指をさした先の名前の欄は空欄。
「忘れてた」
言われたままシャーペンを走らせ名前を記す。
「……和泉太一、良い名前だよね」
優しい声色で彼女がそう言った。
「……そうか?地味っていうか、古風っていうか……なんか字面も」
「えー、だって……“太一”」
突然の呼び捨てに身体がびくりと震え、その場で硬直した。
さっきまで忙しなく動いていたシャーペンもピタリと止む。
動かなくなってしまった首をそのままに、ゆっくりと視線だけを彼女に向けると、白く柔らかそうな両頬に、人差し指を当てたまま笑ってこっちを見ていた。
「た・い・ちぃ。ほら絶対名前呼ぶ時、口角上がるもん。いいなぁ。呼ばれる時、皆から笑顔向けられるって素敵じゃない?」
そう笑った彼女を、窓から差し込む光がキラキラ照らす。
身体の内側から込み上げる熱を、俺は必死に首の下で押さえていた。
「なん……で」
「私、ち・か……だから、何か……ぽかーんってしちゃうんだよね。嫌いじゃないけど……普通過ぎて……」
知花、知花……
そう言われ、何度も自分の中で彼女を呼んでみる。
するとある事に気付いた。
「……そんなことないだろ」
「え?」
「知花、知花って何度も呼ぶと……まるで、キラキラ光ってるように聞こえる……」
(何言ってんだ俺ーー!!!!!)
思ったことを口に出しておきながら、俺は心の中で絶叫した。
クサい台詞にもほどがある。
せっかく首の下で押しとどめていた熱が、遂に限界を迎え顔へと押し寄せた。
(これは、流石に引かれた……!)
好きでもない男にこんなセリフを言われた日には、鳥肌モノ……いや、気持ち悪さで吐かれてしまっても、文句は言えない。
軽蔑の目を向けられる覚悟でもう一度彼女を見る。
すると――
「本当に……?そんな風に言ってもらったの初めて」
大きい目をより大きくして、羽曳野知花が俺を見つめていた。
(……綺麗な色だな)
ヘーゼル色。
日本人らしくない明るい虹彩が、まるで宝石のように輝いていた。
すっかり見つめ合う形になっていたが、俺は羞恥心すら忘れて彼女の目に魅入る。
「ねぇ、これから和泉君のこと、太一って呼んでもいい?」
「え……」
「私のことも、知花って呼んで欲しい!ありがとう、こんなに自分の名前、好きって思わせてくれて!」
目の前の女の子が眩しい。
何度、その名を呼んでも足りないほどに――
(……ヤバい。可愛い……)
激しく脈を打ち続けた心臓が、また速度を上げる。
だが、今はそれも心地良い。
……あの日、俺は呆気なく知花に恋をした。
知花に恋をして以来、俺は知花の隣にいることが多くなった。
俺が他の友達と同じノリで揶揄っても、最終的に知花を甘やかすので、知花以外のクラスメイトには一瞬で俺の恋心は広まった。
だが、都合は良かった。
「流石に和泉みたいなイケメンには勝てないっしょ」
知花を可愛いと言っていた男達は、苦笑いをしながら振り向いて貰えない言い訳に俺を使った。
(話し掛ける度胸もないくせに)
でもリスクを減らす事は大事だ。
知花は愛想が良い。
話し掛ければ初対面でも気さくに答えてくれる。
そのため当然、勘違いする輩もいた。
いつも、どんな時も、知花の傍を離れず、牽制し続けた。
だが、肝心の俺の恋の方はというと――
「知花、もうちょい離れて」
「ふぇ?」
部活の帰り道、喉が渇いたからと近くのコンビニでお茶を買うことにしたのだが、気がつけばレジの隣の唐揚げ棒まで握りしめて知花は出てきた。
唐揚げ棒を頬張るために、近くの小さな公園のベンチに座ったが、拳一個分が入るか入らないかの近さで知花は隣に腰掛けた。
(距離感、バグってるんだよな……)
まるで女同士の距離感。
俺はこれに心底、頭を悩ませていた。
鼻をくすぐる知花の匂い。
運動後の汗の匂いに混じった香水は更に甘く、かぐわしく、そして、もどかしさを生む。
(何で女子の匂いって、こんなに甘いんだ……)
男子だったら素直に喜ぶべき距離感だが、正直、俺は余り嬉しくは無い。
もっと近くで思いっきり嗅ぎたい欲求をただただ我慢する。
(きっと信頼はして貰えているから、この距離なんだよな)
けれど――
(特別ではない)
自分の中で一気に男女の関係になってしまいたい本能と、このまま穏やかに過ごしたい理性がせめぎ合っている。
なりたいのは友人ではない。
知花に男として意識して貰いたい。
けれど、この関係が崩れるのは、怖い。
この距離を縮める事も、離れる事も出来ずにいた。
はふはふと熱い唐揚げ棒にかじり付く知花の口元をジッと見つめる。
色気がない筈の唐揚げの油分が唇に付けば、まるでグロスをつけたように艶やかに見せ、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「……うまそう」
その言葉に知花はすかさず威嚇する。
「一個だけなら考えなくもない」
どうやら俺が唐揚げを欲し、更に「ひと口」で何個も食べる奴だと思ったようだ。
「……そういう意味じゃねぇ」
知花は安心したのか、また唐揚げ棒にかじり付く。
俺もまたその様子を眺める。
「……」
止まぬ視線を感じた知花は、再度動きを止めると、上目遣いでこちらを窺う。
「そんなに欲しい……?」
「…………欲しい」
知花が欲しい。
「しょーがないなぁ」
唐揚げ棒に付いた最後の一個を、串のまま目の前に差し出す。
「いいよ。一個だけあげる」
何故か得意気に胸を張る知花が可愛くて、別に食べたくもなかった唐揚げ棒を受け取り頬張った。
(一個だけ……か)
たった一つ貰えるのならば、知花の心が欲しい。
俺に恋して欲しい。
温かい唐揚げが喉奥を通り過ぎ、じわりと温かさが広がる。
俺が咀嚼し終えたのを確認すると、知花はぴょんと跳ねるようにベンチから立ち上がった。
「じゃ、そろそろ帰る!またね!」
太陽を背に大きく手を振る。
日はかなり長くなったが、もう空は藍色に染まり始めていた。
「あぁ……またな」
それなのにまだ日が眩しいかのように、俺は目を細めて小さく手を振った。
テスト準備期間に入り部活も禁止になった放課後、俺は教室に一人残り日誌を書いていたが、その声に頭を上げた。
「今日、日直だったから」
「あ、そか」
黒板に消し残された『和泉』の文字。
それを確認した彼女は自分の席へと向かうと、ゴソゴソと中を探り「あった」という声とともに、数学の教科書を引っ張り出す。
「忘れ物か。数学1日目だもんな」
「そうっヤバいの!!赤点とりそうだから勉強時間全部充てたい」
「……そんなに?」
焦っていると言いつつもヘラヘラと笑ったまま、扉とは反対方向の俺の元へと跳ねるようにやって来る。
「あ、和泉君、名前忘れてる」
スッと指をさした先の名前の欄は空欄。
「忘れてた」
言われたままシャーペンを走らせ名前を記す。
「……和泉太一、良い名前だよね」
優しい声色で彼女がそう言った。
「……そうか?地味っていうか、古風っていうか……なんか字面も」
「えー、だって……“太一”」
突然の呼び捨てに身体がびくりと震え、その場で硬直した。
さっきまで忙しなく動いていたシャーペンもピタリと止む。
動かなくなってしまった首をそのままに、ゆっくりと視線だけを彼女に向けると、白く柔らかそうな両頬に、人差し指を当てたまま笑ってこっちを見ていた。
「た・い・ちぃ。ほら絶対名前呼ぶ時、口角上がるもん。いいなぁ。呼ばれる時、皆から笑顔向けられるって素敵じゃない?」
そう笑った彼女を、窓から差し込む光がキラキラ照らす。
身体の内側から込み上げる熱を、俺は必死に首の下で押さえていた。
「なん……で」
「私、ち・か……だから、何か……ぽかーんってしちゃうんだよね。嫌いじゃないけど……普通過ぎて……」
知花、知花……
そう言われ、何度も自分の中で彼女を呼んでみる。
するとある事に気付いた。
「……そんなことないだろ」
「え?」
「知花、知花って何度も呼ぶと……まるで、キラキラ光ってるように聞こえる……」
(何言ってんだ俺ーー!!!!!)
思ったことを口に出しておきながら、俺は心の中で絶叫した。
クサい台詞にもほどがある。
せっかく首の下で押しとどめていた熱が、遂に限界を迎え顔へと押し寄せた。
(これは、流石に引かれた……!)
好きでもない男にこんなセリフを言われた日には、鳥肌モノ……いや、気持ち悪さで吐かれてしまっても、文句は言えない。
軽蔑の目を向けられる覚悟でもう一度彼女を見る。
すると――
「本当に……?そんな風に言ってもらったの初めて」
大きい目をより大きくして、羽曳野知花が俺を見つめていた。
(……綺麗な色だな)
ヘーゼル色。
日本人らしくない明るい虹彩が、まるで宝石のように輝いていた。
すっかり見つめ合う形になっていたが、俺は羞恥心すら忘れて彼女の目に魅入る。
「ねぇ、これから和泉君のこと、太一って呼んでもいい?」
「え……」
「私のことも、知花って呼んで欲しい!ありがとう、こんなに自分の名前、好きって思わせてくれて!」
目の前の女の子が眩しい。
何度、その名を呼んでも足りないほどに――
(……ヤバい。可愛い……)
激しく脈を打ち続けた心臓が、また速度を上げる。
だが、今はそれも心地良い。
……あの日、俺は呆気なく知花に恋をした。
知花に恋をして以来、俺は知花の隣にいることが多くなった。
俺が他の友達と同じノリで揶揄っても、最終的に知花を甘やかすので、知花以外のクラスメイトには一瞬で俺の恋心は広まった。
だが、都合は良かった。
「流石に和泉みたいなイケメンには勝てないっしょ」
知花を可愛いと言っていた男達は、苦笑いをしながら振り向いて貰えない言い訳に俺を使った。
(話し掛ける度胸もないくせに)
でもリスクを減らす事は大事だ。
知花は愛想が良い。
話し掛ければ初対面でも気さくに答えてくれる。
そのため当然、勘違いする輩もいた。
いつも、どんな時も、知花の傍を離れず、牽制し続けた。
だが、肝心の俺の恋の方はというと――
「知花、もうちょい離れて」
「ふぇ?」
部活の帰り道、喉が渇いたからと近くのコンビニでお茶を買うことにしたのだが、気がつけばレジの隣の唐揚げ棒まで握りしめて知花は出てきた。
唐揚げ棒を頬張るために、近くの小さな公園のベンチに座ったが、拳一個分が入るか入らないかの近さで知花は隣に腰掛けた。
(距離感、バグってるんだよな……)
まるで女同士の距離感。
俺はこれに心底、頭を悩ませていた。
鼻をくすぐる知花の匂い。
運動後の汗の匂いに混じった香水は更に甘く、かぐわしく、そして、もどかしさを生む。
(何で女子の匂いって、こんなに甘いんだ……)
男子だったら素直に喜ぶべき距離感だが、正直、俺は余り嬉しくは無い。
もっと近くで思いっきり嗅ぎたい欲求をただただ我慢する。
(きっと信頼はして貰えているから、この距離なんだよな)
けれど――
(特別ではない)
自分の中で一気に男女の関係になってしまいたい本能と、このまま穏やかに過ごしたい理性がせめぎ合っている。
なりたいのは友人ではない。
知花に男として意識して貰いたい。
けれど、この関係が崩れるのは、怖い。
この距離を縮める事も、離れる事も出来ずにいた。
はふはふと熱い唐揚げ棒にかじり付く知花の口元をジッと見つめる。
色気がない筈の唐揚げの油分が唇に付けば、まるでグロスをつけたように艶やかに見せ、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「……うまそう」
その言葉に知花はすかさず威嚇する。
「一個だけなら考えなくもない」
どうやら俺が唐揚げを欲し、更に「ひと口」で何個も食べる奴だと思ったようだ。
「……そういう意味じゃねぇ」
知花は安心したのか、また唐揚げ棒にかじり付く。
俺もまたその様子を眺める。
「……」
止まぬ視線を感じた知花は、再度動きを止めると、上目遣いでこちらを窺う。
「そんなに欲しい……?」
「…………欲しい」
知花が欲しい。
「しょーがないなぁ」
唐揚げ棒に付いた最後の一個を、串のまま目の前に差し出す。
「いいよ。一個だけあげる」
何故か得意気に胸を張る知花が可愛くて、別に食べたくもなかった唐揚げ棒を受け取り頬張った。
(一個だけ……か)
たった一つ貰えるのならば、知花の心が欲しい。
俺に恋して欲しい。
温かい唐揚げが喉奥を通り過ぎ、じわりと温かさが広がる。
俺が咀嚼し終えたのを確認すると、知花はぴょんと跳ねるようにベンチから立ち上がった。
「じゃ、そろそろ帰る!またね!」
太陽を背に大きく手を振る。
日はかなり長くなったが、もう空は藍色に染まり始めていた。
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