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嵐はいつも突然だ。
『聞いた?高槻先輩、彼女出来たって』
今日の夕方から天気は酷く荒れるらしく、俺が学校に着くなり部活の中止が決まった。
『相手の女の子、女バスの一年で羽曳野って名前の子らしいよ』
夏が近づいている匂いが教室全体に広がるように、噂はまだ登校時間だというのにあっという間に広まっていく。
その何とも言えない空気感の中、俺は自分の席に座ったまま知花を待つ。
ほどなくするとカラりと扉が開き、一斉にクラスメイトの視線が動いた。
その先にいるのは、その渦中の人物である知花だ。
「お、おはよー……」
珍しく大人しい挨拶をする知花に返事を返す者はいない。
俺は小さく溜息をついて、その空気を蹴散らすように大きい声をあげた。
「知花、おはよう!」
皆が気まずそうな表情をしている原因は、間違いなく俺だろう。
当然だ。
昨日まで俺が知花の隣に張り付いていたのだから。
なぜこんな噂が出たのか見当もつかないが、教室に鞄を置いたばかりの知花を無言で引っ張り、教室を出た。
その間、知花は手を引かれるまま、大人しく付いてくる。
道中、他の生徒達の好奇の目に晒されるが、立ち止まることなく人気の無い部室近くの花壇へとやって来た。
「……」
「どうした?何かあったのか?」
くるりと向き合うなり、俺は知花に訪ねる。
けれど、決して責めているように聞こえないよう、声色に細心の注意を払う。
それでも知花の表情は教室に来た時よりも曇り、少し青く見えた。
知花は何度も瞬きを繰り返し、唇を引き結ぶ。
(……焦っちゃ駄目だ。知花が自分から話せるまで、待つんだ)
自分のせっかちさを奥へ奥へと押し込める。
長い沈黙の後、ようやく知花が口を開いた。
「……高槻先輩と付き合うことになった」
か細い声で告げられた言葉の威力は絶大だった。
(事実かよ)
ガツンと殴られたような衝撃を受けてはいるが、足元はふらつくこともなくちゃんと立っている。
それだけで俺は自分を褒めた。
「……知花が先輩を好きなの知らなかった」
登校するなり耳に入った噂。
正直、俺は全く信じていなかった。
以前、先輩をイケメンだと賞賛こそしていたが、入部してからの知花は他の女子のように先輩に入れ込むこともなく、普通に部活を楽しみ、あくまで先輩後輩関係を続けていたからだ。
どう見ても知花が先輩に恋をしていた様子は欠片も、微塵も、これっぽっちも無かった。
「……好きじゃない」
「は?」
「好きじゃないけど、何度断ってもしつこくて……他の女の子に相談したら“別れればいいだけなんだから、とりあえず付き合ったら?”って言われて……」
(何だそれ……何だそれ!!)
沸々と怒りが込み上げた。
「実はこっそり好きでした」とカミングアウトされた方がまだマシだ。
そんな理由だけで付き合ったなら、俺と……!
言いかけて、慌てて言葉を飲み込む。
「……気をつけろよ。散々、弄ばれて捨てられる可能性のほうが高いぞ」
付き合ってすぐ友人から言われる言葉ではない。
嫉妬からでた言葉だった。
(……ダセェ)
知花が眉を下げ、俺に何かを言いかけ、止める。
ギュッと握りしめていた小さな手が震えていた。
「……太一、今日から一緒に帰れない。……ごめん」
「別に。今までも約束してたわけじゃねぇし、いいよ」
いいよと言いながら、完全に拗ねていた。
口を開けば開くほど、刺々しい言葉が溢れ出そうで、俺は知花をその場に残して教室へと戻る。
(悔しい……)
高槻先輩が知花を狙っている事は知っていた。
でも『彼女』にするとは思っていなかった。
何故なら今まで遊ぶだけだったからだ。
女の子とデートしている所は頻繁に目撃したが、やはり彼女ではないから、すぐにそのポジションは他の女の子に代わっていた。
けれど、知花だけは例外だったらしい。
(しつこく知花に何度も……)
気が付かなかった。
知花も何も言わなかった。
男子の中では一番仲が良いと自負していたのに。
クラスメイトにも部員にも、どんなに笑われても、今はもう、言い返せる自信がない。
(……どうせ、すぐ別れる)
俺は心の中で悔し紛れの悪態をついた。
***
結論から言うと、知花と高槻先輩はすぐに別れなかった。
一緒にいる所を見るのはせいぜい下校時。
部活の時ですら二人で何処かに抜け出したりしない“健全”なカップルだった。
「太一!」
部活を終え帰ろうとした時、女バスの部長である御堂筋香苗に呼び止められた。
「お疲れ様です」
「ごめん、太一。これ、知花に渡しといてくんない?忘れててさ。集合時間変わってるから、絶対渡してね」
手渡されたのは明日の公式戦のスケジュールが書かれた一枚のプリント。
「いや、こんなのLINEで送れば……」
「頼んだよー」
最近、こういうのが多い。
先週の練習試合も知花だけが集合時間をずらして伝えられ、結果、知花は遅刻しコーチ達に怒られる羽目になった。
(しょーもない、嫌がらせだな)
女バスの部員は一気に減った。
理由は高槻先輩が彼女を作ったから。
御堂筋先輩も過去は高槻先輩目当てで入り、一時期は猛アタックしていたほどらしい。
だが、結局フラれた。
(女って面倒くせぇ……)
たかが男に振られた位で、嫌がらせなんて……と思いつつ、最近の自分の拗ね具合を思い出し唇を噛みしめた。
(……いや、俺も変わんねぇだろ……)
あの日から、知花とはぎこちない。
なぜ、俺を頼ってくれなかったのだろうと思ったが、知花なりに同じ部活の俺と高槻先輩との関係を心配したのだろう。
(なのに……俺は拗ねるだけなんて)
きつく当たってしまった事も謝れていない。
あの時の「ごめん」もちゃんと受け取らなかった。
どこまでも自分の行動に嫌気がさすが、心の中は罪悪感で埋まりそうになっていた。
手渡されたプリントを眺め、それを「チャンス」と考える。
(……惚れた弱みだ。ちゃんと会って謝ろう)
ようやくついた決心が揺らいでしまわぬうちに、スマホを取り出し、指先を動かし知花とのメッセージルームを開く。
【今どこ?御堂筋先輩からあずかりもん】
するとすぐに既読がついた。
【た】
「た?」
たった一文字だけ送られてきたメッセージ。
【すぐ、来れる?】
「いやどこにだよ。何処か俺が聞いてんだけど!ってか【た】ってなんだ【た】って!」
けれど、返信前にも関わらず、知花からのメッセージは止まらない。
【ケンタおじさんのチーズケーキ食べたい】
「????いや、買えばいいだろ?何だよ唐突に」
【手持ちないから買ってきて、駅で待ってるから】
「いや……今日、普通に学食で金払ってただろ?ってかどうせ先輩もいるんだろうし、借りればいいじゃん……」
掴めない知花のペースに困惑しながらも、俺は早急に荷物をまとめ、学校を出る事にした。
途中チーズケーキを買い、知花の待つ駅へと向かう。
――けれど到着した時には、知花はもう、そこに居なかった。
『聞いた?高槻先輩、彼女出来たって』
今日の夕方から天気は酷く荒れるらしく、俺が学校に着くなり部活の中止が決まった。
『相手の女の子、女バスの一年で羽曳野って名前の子らしいよ』
夏が近づいている匂いが教室全体に広がるように、噂はまだ登校時間だというのにあっという間に広まっていく。
その何とも言えない空気感の中、俺は自分の席に座ったまま知花を待つ。
ほどなくするとカラりと扉が開き、一斉にクラスメイトの視線が動いた。
その先にいるのは、その渦中の人物である知花だ。
「お、おはよー……」
珍しく大人しい挨拶をする知花に返事を返す者はいない。
俺は小さく溜息をついて、その空気を蹴散らすように大きい声をあげた。
「知花、おはよう!」
皆が気まずそうな表情をしている原因は、間違いなく俺だろう。
当然だ。
昨日まで俺が知花の隣に張り付いていたのだから。
なぜこんな噂が出たのか見当もつかないが、教室に鞄を置いたばかりの知花を無言で引っ張り、教室を出た。
その間、知花は手を引かれるまま、大人しく付いてくる。
道中、他の生徒達の好奇の目に晒されるが、立ち止まることなく人気の無い部室近くの花壇へとやって来た。
「……」
「どうした?何かあったのか?」
くるりと向き合うなり、俺は知花に訪ねる。
けれど、決して責めているように聞こえないよう、声色に細心の注意を払う。
それでも知花の表情は教室に来た時よりも曇り、少し青く見えた。
知花は何度も瞬きを繰り返し、唇を引き結ぶ。
(……焦っちゃ駄目だ。知花が自分から話せるまで、待つんだ)
自分のせっかちさを奥へ奥へと押し込める。
長い沈黙の後、ようやく知花が口を開いた。
「……高槻先輩と付き合うことになった」
か細い声で告げられた言葉の威力は絶大だった。
(事実かよ)
ガツンと殴られたような衝撃を受けてはいるが、足元はふらつくこともなくちゃんと立っている。
それだけで俺は自分を褒めた。
「……知花が先輩を好きなの知らなかった」
登校するなり耳に入った噂。
正直、俺は全く信じていなかった。
以前、先輩をイケメンだと賞賛こそしていたが、入部してからの知花は他の女子のように先輩に入れ込むこともなく、普通に部活を楽しみ、あくまで先輩後輩関係を続けていたからだ。
どう見ても知花が先輩に恋をしていた様子は欠片も、微塵も、これっぽっちも無かった。
「……好きじゃない」
「は?」
「好きじゃないけど、何度断ってもしつこくて……他の女の子に相談したら“別れればいいだけなんだから、とりあえず付き合ったら?”って言われて……」
(何だそれ……何だそれ!!)
沸々と怒りが込み上げた。
「実はこっそり好きでした」とカミングアウトされた方がまだマシだ。
そんな理由だけで付き合ったなら、俺と……!
言いかけて、慌てて言葉を飲み込む。
「……気をつけろよ。散々、弄ばれて捨てられる可能性のほうが高いぞ」
付き合ってすぐ友人から言われる言葉ではない。
嫉妬からでた言葉だった。
(……ダセェ)
知花が眉を下げ、俺に何かを言いかけ、止める。
ギュッと握りしめていた小さな手が震えていた。
「……太一、今日から一緒に帰れない。……ごめん」
「別に。今までも約束してたわけじゃねぇし、いいよ」
いいよと言いながら、完全に拗ねていた。
口を開けば開くほど、刺々しい言葉が溢れ出そうで、俺は知花をその場に残して教室へと戻る。
(悔しい……)
高槻先輩が知花を狙っている事は知っていた。
でも『彼女』にするとは思っていなかった。
何故なら今まで遊ぶだけだったからだ。
女の子とデートしている所は頻繁に目撃したが、やはり彼女ではないから、すぐにそのポジションは他の女の子に代わっていた。
けれど、知花だけは例外だったらしい。
(しつこく知花に何度も……)
気が付かなかった。
知花も何も言わなかった。
男子の中では一番仲が良いと自負していたのに。
クラスメイトにも部員にも、どんなに笑われても、今はもう、言い返せる自信がない。
(……どうせ、すぐ別れる)
俺は心の中で悔し紛れの悪態をついた。
***
結論から言うと、知花と高槻先輩はすぐに別れなかった。
一緒にいる所を見るのはせいぜい下校時。
部活の時ですら二人で何処かに抜け出したりしない“健全”なカップルだった。
「太一!」
部活を終え帰ろうとした時、女バスの部長である御堂筋香苗に呼び止められた。
「お疲れ様です」
「ごめん、太一。これ、知花に渡しといてくんない?忘れててさ。集合時間変わってるから、絶対渡してね」
手渡されたのは明日の公式戦のスケジュールが書かれた一枚のプリント。
「いや、こんなのLINEで送れば……」
「頼んだよー」
最近、こういうのが多い。
先週の練習試合も知花だけが集合時間をずらして伝えられ、結果、知花は遅刻しコーチ達に怒られる羽目になった。
(しょーもない、嫌がらせだな)
女バスの部員は一気に減った。
理由は高槻先輩が彼女を作ったから。
御堂筋先輩も過去は高槻先輩目当てで入り、一時期は猛アタックしていたほどらしい。
だが、結局フラれた。
(女って面倒くせぇ……)
たかが男に振られた位で、嫌がらせなんて……と思いつつ、最近の自分の拗ね具合を思い出し唇を噛みしめた。
(……いや、俺も変わんねぇだろ……)
あの日から、知花とはぎこちない。
なぜ、俺を頼ってくれなかったのだろうと思ったが、知花なりに同じ部活の俺と高槻先輩との関係を心配したのだろう。
(なのに……俺は拗ねるだけなんて)
きつく当たってしまった事も謝れていない。
あの時の「ごめん」もちゃんと受け取らなかった。
どこまでも自分の行動に嫌気がさすが、心の中は罪悪感で埋まりそうになっていた。
手渡されたプリントを眺め、それを「チャンス」と考える。
(……惚れた弱みだ。ちゃんと会って謝ろう)
ようやくついた決心が揺らいでしまわぬうちに、スマホを取り出し、指先を動かし知花とのメッセージルームを開く。
【今どこ?御堂筋先輩からあずかりもん】
するとすぐに既読がついた。
【た】
「た?」
たった一文字だけ送られてきたメッセージ。
【すぐ、来れる?】
「いやどこにだよ。何処か俺が聞いてんだけど!ってか【た】ってなんだ【た】って!」
けれど、返信前にも関わらず、知花からのメッセージは止まらない。
【ケンタおじさんのチーズケーキ食べたい】
「????いや、買えばいいだろ?何だよ唐突に」
【手持ちないから買ってきて、駅で待ってるから】
「いや……今日、普通に学食で金払ってただろ?ってかどうせ先輩もいるんだろうし、借りればいいじゃん……」
掴めない知花のペースに困惑しながらも、俺は早急に荷物をまとめ、学校を出る事にした。
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