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謎のメッセージを受け取った後、俺は足早に駅に向かい、チーズケーキを心待ちにしているであろう知花を探した。
だが幾ら見渡してみても、あのチョコレートブラウン色は見つからない。
仕方なしに俺はチーズケーキ片手に、人の流れに逆らうように家へと帰った。
けれど、それがいけなかった。
知花の精一杯のSOS。
あの日、何があっても、どんなに時間が掛かっても、知花を見つけ出しておかなければいけなかったのだ。
***
「太一、その……昨日はごめんね。急に、パパの迎えが来ちゃって」
翌日の放課後、体育館へ向かう渡り廊下の途中で、制服姿のままの知花に呼び止められた。
今日、知花が学校にやって来たのは、6時間目のチャイムが鳴る寸前。
その上、授業が終わると知花はすぐさま教師に呼び出され、結果、言葉を交わすのはこれが初めてだった。
「……怒ってるよね?」
知花が遠慮がちに俺の表情を窺う。
ドタキャンされた後、LINEの既読もつかず、今の今まで何のフォローも無かったのだから、普通の人間なら怒って当然だと思う。
正直、俺も知花を見るまではそのつもりだった。
感情のまま怒って、知花が困るほどに問いただして、俺の気の済むまで謝らせてやろうなんて、意地の悪いことまで考えた。
でも、今はそんな気持ちは何処かへ消え去っている。
「もういい。昨日、駅にいなかった理由は何となく分かったから。……それが原因だろ?」
俺は静かに知花を指差す。
けれど、指差した先には、普段の知花には無いものがある。
白く柔らかそうな頬に出来た『何か』を、隠すように貼られた大きなガーゼ。
俺はそれを指差した。
目を凝らせば、ガーゼに隠しきれなかった赤紫色が覗く。
「えっと…ちょっと、転んで……アザ作っちゃっ……」
「知花、嘘つくの本当に下手だからやめた方がいいぞ」
言い訳をピシャリと断ち切る。
溜め息混じりで突き放した声に、知花の目が微かに揺らいだ。
追及されると予想していたのなら、もう少し気の利いた言い訳を考えていて欲しかった。
まぁ、フォローも無かった今回に限っては、そんな余裕さえも無かったんだろうが。
知花はそれ以上の言い訳を止めはしたが、口元は頑なに閉じたまま動く気配を見せない。
(怖いくせに、本当のことは言えないって事か……それとも)
今の俺の心は知花に隠し事をされるだけで、いとも簡単に荒れ果てる。
「……心配されるのは迷惑か?」
「……違う。そうじゃない!」
知花が泣きそうになりながら、力いっぱい顔を横に振る。
「だったら、教えてくれてもいんじゃねぇの」
「……言いたく無い。太一には迷惑掛けたくない……」
「そ。知花って結構、強情だよな」
迷惑なら掛かった時にどう対策するか考えれば良いだけだ。
それよりも、こちらが知りたいと言っているのに答えて貰えない方が、余程苦しい。
正直、今まで俺と知花の間には無かった『線引き』をされたような気がした。
しかし、知花の言うことも一理ある。
だって、俺にはそんな権利なんか、無い。
(恋人だったら、あったんだろうか……)
困っている知花を助けてやれる権利が。
(悔しい……)
ギリギリと胃が締め付けられる痛みの中、今一番聞きたく無い声が響いた。
「知花っ!」
校舎側から走ってくる、グレージュの髪の男。
――知花の『恋人』の高槻颯太だ。
「知花、昨日はごめん。そんな酷い怪我になるなんて思わなくて……痕、残らないと良いんだけど」
まるで俺など最初からその場にいなかったように、間へと割り込み知花の肩に手を触れる。
知花の身体が少し強張ったように見え、少しの間をおいて、知花が答えた。
「……いいえ、親が過保護だっただけです。気にしないでください」
さっきまで泣きだしてしまいそうなほど、苦い表情をしていたのに、その感情はいつの間にか知花の顔から消え失せている。
「怒ってるよな?謝るよ。あんな事するつもりじゃなかったんだ。恋人同士なら普通のことなんだから、もう許してくれ」
高槻が知花を優しく抱きしめ、その背を宥めるように撫でていく。
どう見ても、心優しい彼氏が、彼女を慈しんでいるようにしか見えない。
けれど、知花の表情は安堵するどころか歪んでいくように見えた。
「知花、いい加減、機嫌なお……」
「別に許すのは知花のタイミングでよくないですか?何で謝ったらすぐ許して貰える前提なんすかね?怒らせたなら、相手の怒りが収まるのを待つのが礼儀ってもんでしょ」
沸々と湧き上がる怒りを、どう処理していけばいいのだろう。
自分で自分が短気だと自覚している。
当然、自ら喧嘩を売るなんて馬鹿のする事だとも分かっている。
そう分かっているのに、つい、口が出た。
次の瞬間には、知花に触れる高槻の手を引き剥がしていた。
「……何するんだ。和泉?今、俺は知花と喋ってるんだけど?」
「は?先に割り込んで来たのは、てめぇだろうが」
まるで地獄の淵から這い上がるような低い声が出る。
知花も驚いていたが、高槻はそれ以上だ。
「……太一?だめ……、やめて」
「前から思ってたんだけど、和泉鬱陶しいんだよね。一応、俺は先輩なんだけど?その言葉使いどうにかなんねぇの?」
「尊敬に値する先輩には、もちろん敬語を使ってますよ?あぁ、どっかの誰かさんは部活に女探しに来てただけで上手くもなくて、おまけに人柄も大したことなかったので、敬意を払う必要がないだけですが?」
「……お前っ!」
余程頭にきたのだろう。
爽やか王子様の化けの皮が剥がれるのは、あっという間だった。
高槻の右手が俺の胸ぐらを勢いよく掴んで引き寄せ、額と額がぶつかり合いそうな距離で睨み合う。
「待って……!」
叫ぶ知花の小さな身体が、俺達の僅かな隙間を引き剥がそうと滑り込む。
押された高槻の手が離れ、俺も2歩後ろへ下がると、知花は俺を背に隠すように立った。
「ごめんなさい、先輩。昨日、私が太一に酷いことしたから機嫌悪いだけなんです。言い過ぎたとは思いますが、大目に見てください」
そっと知花が高槻に頭を下げると、高槻は黙る。
先程の会話を聞く限り、奴は奴で知花に対して後ろめたい事があるのだろう。
(……でも、何で先に折れるのが俺の方なんだよ)
「もう……いい」
「太一?」
「……余計なことして悪かったよ」
酷い敗北感を感じながら、俺は踵を返す。
さっきまで怒りで溢れていたのに、残ったものは虚無感だ。
「待って!太一……!違うの!そういうつもりで言ったんじゃなくて……!」
逃げるように突き進む俺の後を、知花が何かを訴えながら付いてくる。
俺の歩幅は知花には大きく、いつもならその歩幅すら愛しく、合わせることだって出来ていたのに、今はその距離も縮まらなくなってしまった。
(どうせ、俺は彼氏になれなかった男だよ)
謝る決意も、優しくしたい気持ちも、全部、全部踏み躙られた気分だった。
「太一っ……たい……ちっ……!」
知花が何度も俺の名前を呼ぶ。
いつも笑って呼んでくれていた声は、今はもう涙に濡れ果てていた。
だが幾ら見渡してみても、あのチョコレートブラウン色は見つからない。
仕方なしに俺はチーズケーキ片手に、人の流れに逆らうように家へと帰った。
けれど、それがいけなかった。
知花の精一杯のSOS。
あの日、何があっても、どんなに時間が掛かっても、知花を見つけ出しておかなければいけなかったのだ。
***
「太一、その……昨日はごめんね。急に、パパの迎えが来ちゃって」
翌日の放課後、体育館へ向かう渡り廊下の途中で、制服姿のままの知花に呼び止められた。
今日、知花が学校にやって来たのは、6時間目のチャイムが鳴る寸前。
その上、授業が終わると知花はすぐさま教師に呼び出され、結果、言葉を交わすのはこれが初めてだった。
「……怒ってるよね?」
知花が遠慮がちに俺の表情を窺う。
ドタキャンされた後、LINEの既読もつかず、今の今まで何のフォローも無かったのだから、普通の人間なら怒って当然だと思う。
正直、俺も知花を見るまではそのつもりだった。
感情のまま怒って、知花が困るほどに問いただして、俺の気の済むまで謝らせてやろうなんて、意地の悪いことまで考えた。
でも、今はそんな気持ちは何処かへ消え去っている。
「もういい。昨日、駅にいなかった理由は何となく分かったから。……それが原因だろ?」
俺は静かに知花を指差す。
けれど、指差した先には、普段の知花には無いものがある。
白く柔らかそうな頬に出来た『何か』を、隠すように貼られた大きなガーゼ。
俺はそれを指差した。
目を凝らせば、ガーゼに隠しきれなかった赤紫色が覗く。
「えっと…ちょっと、転んで……アザ作っちゃっ……」
「知花、嘘つくの本当に下手だからやめた方がいいぞ」
言い訳をピシャリと断ち切る。
溜め息混じりで突き放した声に、知花の目が微かに揺らいだ。
追及されると予想していたのなら、もう少し気の利いた言い訳を考えていて欲しかった。
まぁ、フォローも無かった今回に限っては、そんな余裕さえも無かったんだろうが。
知花はそれ以上の言い訳を止めはしたが、口元は頑なに閉じたまま動く気配を見せない。
(怖いくせに、本当のことは言えないって事か……それとも)
今の俺の心は知花に隠し事をされるだけで、いとも簡単に荒れ果てる。
「……心配されるのは迷惑か?」
「……違う。そうじゃない!」
知花が泣きそうになりながら、力いっぱい顔を横に振る。
「だったら、教えてくれてもいんじゃねぇの」
「……言いたく無い。太一には迷惑掛けたくない……」
「そ。知花って結構、強情だよな」
迷惑なら掛かった時にどう対策するか考えれば良いだけだ。
それよりも、こちらが知りたいと言っているのに答えて貰えない方が、余程苦しい。
正直、今まで俺と知花の間には無かった『線引き』をされたような気がした。
しかし、知花の言うことも一理ある。
だって、俺にはそんな権利なんか、無い。
(恋人だったら、あったんだろうか……)
困っている知花を助けてやれる権利が。
(悔しい……)
ギリギリと胃が締め付けられる痛みの中、今一番聞きたく無い声が響いた。
「知花っ!」
校舎側から走ってくる、グレージュの髪の男。
――知花の『恋人』の高槻颯太だ。
「知花、昨日はごめん。そんな酷い怪我になるなんて思わなくて……痕、残らないと良いんだけど」
まるで俺など最初からその場にいなかったように、間へと割り込み知花の肩に手を触れる。
知花の身体が少し強張ったように見え、少しの間をおいて、知花が答えた。
「……いいえ、親が過保護だっただけです。気にしないでください」
さっきまで泣きだしてしまいそうなほど、苦い表情をしていたのに、その感情はいつの間にか知花の顔から消え失せている。
「怒ってるよな?謝るよ。あんな事するつもりじゃなかったんだ。恋人同士なら普通のことなんだから、もう許してくれ」
高槻が知花を優しく抱きしめ、その背を宥めるように撫でていく。
どう見ても、心優しい彼氏が、彼女を慈しんでいるようにしか見えない。
けれど、知花の表情は安堵するどころか歪んでいくように見えた。
「知花、いい加減、機嫌なお……」
「別に許すのは知花のタイミングでよくないですか?何で謝ったらすぐ許して貰える前提なんすかね?怒らせたなら、相手の怒りが収まるのを待つのが礼儀ってもんでしょ」
沸々と湧き上がる怒りを、どう処理していけばいいのだろう。
自分で自分が短気だと自覚している。
当然、自ら喧嘩を売るなんて馬鹿のする事だとも分かっている。
そう分かっているのに、つい、口が出た。
次の瞬間には、知花に触れる高槻の手を引き剥がしていた。
「……何するんだ。和泉?今、俺は知花と喋ってるんだけど?」
「は?先に割り込んで来たのは、てめぇだろうが」
まるで地獄の淵から這い上がるような低い声が出る。
知花も驚いていたが、高槻はそれ以上だ。
「……太一?だめ……、やめて」
「前から思ってたんだけど、和泉鬱陶しいんだよね。一応、俺は先輩なんだけど?その言葉使いどうにかなんねぇの?」
「尊敬に値する先輩には、もちろん敬語を使ってますよ?あぁ、どっかの誰かさんは部活に女探しに来てただけで上手くもなくて、おまけに人柄も大したことなかったので、敬意を払う必要がないだけですが?」
「……お前っ!」
余程頭にきたのだろう。
爽やか王子様の化けの皮が剥がれるのは、あっという間だった。
高槻の右手が俺の胸ぐらを勢いよく掴んで引き寄せ、額と額がぶつかり合いそうな距離で睨み合う。
「待って……!」
叫ぶ知花の小さな身体が、俺達の僅かな隙間を引き剥がそうと滑り込む。
押された高槻の手が離れ、俺も2歩後ろへ下がると、知花は俺を背に隠すように立った。
「ごめんなさい、先輩。昨日、私が太一に酷いことしたから機嫌悪いだけなんです。言い過ぎたとは思いますが、大目に見てください」
そっと知花が高槻に頭を下げると、高槻は黙る。
先程の会話を聞く限り、奴は奴で知花に対して後ろめたい事があるのだろう。
(……でも、何で先に折れるのが俺の方なんだよ)
「もう……いい」
「太一?」
「……余計なことして悪かったよ」
酷い敗北感を感じながら、俺は踵を返す。
さっきまで怒りで溢れていたのに、残ったものは虚無感だ。
「待って!太一……!違うの!そういうつもりで言ったんじゃなくて……!」
逃げるように突き進む俺の後を、知花が何かを訴えながら付いてくる。
俺の歩幅は知花には大きく、いつもならその歩幅すら愛しく、合わせることだって出来ていたのに、今はその距離も縮まらなくなってしまった。
(どうせ、俺は彼氏になれなかった男だよ)
謝る決意も、優しくしたい気持ちも、全部、全部踏み躙られた気分だった。
「太一っ……たい……ちっ……!」
知花が何度も俺の名前を呼ぶ。
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